第7話 お菓子屋ですの


テーナ広場は朝早いというのに、多くの出店が所狭しと並んで市場を形成していた。

その中でも、少し路地裏に入ったところにあるお菓子屋さんにボクはいた。

そこにいたのはいかにも優しそうな顔のおじさんだった。


「おじちゃん、ちょっといい?」


だが、ボクが子供だというのに嫌そうな顔をして舌打ちをした。


「悪いが、子供にかまってる暇は「アメちょうだい」


ボクは笑顔でおじさんに言う。

少しためらいながらもおじさんはボクの目を見た。


「……。アメだけでいいのか?」


「チョコもガムもいらない。アメだけしてほしいの」


そう言うとおじさんはため息をついて「世も末だな」と、つぶやくのだった。


「先払いだぞ」


「はい」


ボクは懐に入れていた硬貨が入った麻袋を渡す。

おじさんは中を確認すると、一度頷いた。


「なるほど、お客様か。何個欲しいんだ?」


その前まではお客さんとも見ていなかったのか。

やっぱり幼いというのは不利益しかないな。

お客と認められたのなら、後は指定するだけでお終いだ。


「赤いのが一つ、青いのが四つ」


「誰にあげるんだい?」


「お父様!!」


「そうかい。でも悪いな、物がもうないんだ。どこに届ければいい?」


「もうすぐ王都のお父様が来るの。そちらで探して、渡してほしいの」


ボクの言葉におじさんは悲しそうな顔をする。

だが、ボクが家紋を見せると理解してくれたようだ。


「……。後悔はないか?」


「コウカイ? なにそれ」


そんなものがあるならこんな所には来ない。

おじさんには悪いが中身は二十歳以上だし、小さい子供に夢は見ないでほしい。


「いや、いい。分かった」


ボクは路地裏から出てくるとアンネが待っていた。

アンネにはお菓子屋さんには来てほしくなかったのでここで待つように言ったのだ。

変に情報を持たせるとアンネはどこで漏らすかわからないし、正直信じ切っているわけではなかったからだ。

もしかしたら、この状況もお父様に報告するかもしれない。

でも、このお菓子屋さんは裏の人間しか知らない。


「お嬢様、何を話されていたのですか?」


「お土産の話よ」


「そうですか」


ボクが墓場まで持っていけばまずバレることはない。

さて、それじゃあ。


「さて、もう帰りましょうか」


「え!? まだ、出てきたばかりですよ。それにお嬢様の目的もまだ果たされていないのでは?」


アンネは遊びたかったのだろう。

だが、もうお金はないし、ここで何かを買っても無駄になるだけだ。

それに。


「目的は終わったわよ」


「い、いつのまに」


アンネは見てわかるほど肩を落とした。


「でも、明日もありますし」


「明日には領に帰るわよ」


「早いですよ」


「何度も言うけど観光じゃないのだから」


何度も言っていたはずなのに、本当にアンネは馬鹿だ。

もしかして、そういう演技でもしているのだろうか?

そうだとすれば、ハ〇ウッド女優も目指せるだろう。

さあ、帰ろう。


「おいしいスイーツのお店、調べてきたのに」


「す、スイーツ?」


アンネの言葉にボクの足が止まる。

甘いものは前世のころから好きだった。


「はい。今流行りのショコラティエのお店があるらしいですよ」


なるほど、チョコか。


「いきたい」


「え?」


「何をもたもたしていますの? 早く行きますわよ」


ボクはアンネの手を掴み、彼女に道案内を催促する。


「はい!」


アンネは嬉しそうにボクの手を引くのだった。

結果から言えば、最高だった。

人を堕落させるような甘みの中にキリッとさせるようなコクのある苦さが混ざり、魅了するような香りが鼻の中を通り抜けたのだ。

至福としか言えないような一品でした。


「持ち帰りができないのが、唯一の欠点ね」


「作りたてじゃないとおいしさが落ちるって考え方なのだと思いますよ」


なるほど、確かにチョコは溶けたり硬くなったりする。

その時の最高の状態を食べてほしいというのは一つの境地なのかもしれない。


「きゃっ!!」


先ほど食べたチョコの数々を考えていたせいで路地裏から誰かが出てくるのに気付かなかった。

そして、衝突し倒れてしまうのだった。


「い、いたーい。ちゃんと前を見てよ!」


「そっちがぶつかってきたんだろ!?」


路地裏から出てきたのは不自然なほど大きなコートを着て深いフードをかぶっている子供だった。

声や話し方から少年だろう。

だがその前に。


なに?

どう考えても路地裏から出てきたこの男の子の方がぶつかってきたでしょ?

それに、いつまでもボクを転ばせたまま怒鳴ってくる彼が頭に来た。


「なによ! 裏路地から走ってきたのはあんたでしょ! ボクは悪くない!」


アンネに助けてもらって立ち上がるとその男の子はほくそ笑んでいた。

謝る気はないようだ。


「女性がボクとかおかしい」


は!? 急に何言ってる!?

ボクがボクって言って何が悪い。

それに。


「論点をずらすな。そういうことするってことはあんたの方が悪いって自分で言っているようなものよ」


「な! 僕に向かって、なんて口の利き方」


クソガキが!

コートの中はずいぶんと高そうな服を着こんでいる。

随分と親に甘やかされたタイプの、貴族の令息ってところだろう。

うざっ。


「ふん。悪いけどあんたがどこのだれかなんて知らない。けど、女の子にぶつかっておいて、謝罪もないなんて紳士としてどうかと思うわよ」


ガキに紳士がどうのこうのなど話しても意味がないだろうが。

でも、男の子はボクの言葉が正しいことぐらいは理解できたのだろう。

随分と小さな脳みその割にはそれぐらいは理解できたのね。

拍手をあげたいわ。


「くっ! どうも、すみませんでした」


男の子は謝罪の意思など全く感じない、ふてぶてしさマシマシの謝罪をするのだった。


「この、可愛げのない」


かわいらしい顔立ちなのに中身はとんだクズのようだ。

こんなのが大人になった後、貴族の跡取りになろうものなら発狂するわ。

この子が跡取りになった領はお先真っ暗だろう。


「もういいわ」


「お前、その紋章どこかで」


ボクが服の奥に隠していた家紋を見て男の子が目を細める。

そして、にやりと笑うと男の子はボクに指をさす。


「絶対で後で後悔する! お前なんて絶対に選んでやるものか!!」


何のことを言っているのだろうか?


「は!? ボクはあんたみたいなおこちゃまには興味ありませ~ん。他をあたってくださ~い」


こっちこそ、願い下げだ。

どうせ、社交界とかそういうことでしょ?

ボクはまだ八歳なので社交界デビューは二年後だ。

そのころにまで、ネチネチと言ってこようものならボクたち女性内の連携で逆にっ孤立させてやる。


「こ、この僕を、こ、子ども扱い、だと!!」


「お嬢様、人が集まってきています。それに口調が」


いつの間にか人が集まってしまったようだ。

こんなガキのせいで悪目立ちするのはまずい。


「それでは、失礼いたしますわ」


ボクはスカートをつまみ上げ、頭を下げながら別れの言葉を済ませる。

だが、男の子は怒りは収まらないようで、ボクの肩を掴んでくる。


「逃げるのか!!」


「レディに向かって、その言動はどうかと思いますわ」


「さっきまでボクとか言ってた女に言われたくない!!」


そう言いながらもボクの肩を放す。

ボクは別れの挨拶を済ませたので、近くに止めていた馬車に乗る。


「いいのですか?」


馬車が動き始めたころ、アンネはボクに聞いてきた。


「何が?」


「あれ、たぶんですけど。王族ですよ」


確かに王家はきれいな金髪に燃えるような赤い瞳をしている。

彼もそうだった。

だが、普通王家の者が市中に出てくることは絶対にない。

それこそ、初代「フォーセルの聖女」の庶民育ちの主人公と第一王子の出会いの時くらいだろう。

それがいつだかわからないし、ぶつかるのは主人公だ。

ボクじゃない。


「いいわよ。もう会うこともないし」


これが終わったら領に引きこもるつもりだから、問題なし。

どこか苛立ちを残したまま宿に戻るのだった。

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