第5話 演技ですの!


瞳を閉じたまま聞き耳を立てる。

すると、扉が開く音とともに二人の足音が聞こえる。

その足音はボクが寝ているベッドの横まで来て止まった。


「また、寝たままになってしまったのだな」


聴きなれないおっさんの低い声が聞こえてきた。

こいつがボクの今の父親というわけか。

前世でのボクのパパはもっと明るい声で、やさしい声だった。

だが、この男からは暖かさを感じなかった。


「はい、このままでは」


続いてアンネの声が聞こえた。

緊張しているのか声が震えているし、セリフが棒読みすぎる。

先ほど十分に練習したのに意味がなかったようだ。

しばらくの静寂が部屋を包む。


バレたか?


「……。それで、王都に、か?」


バレなかったようだ。


「今の私では、今の状況を打破するだけの力がありません」


「優秀とい言っていた割にはなかなかの結果ではないか」


お父さん、いや。

おっさんは皮肉交じりにアンネに言う。

その瞬間、舌打ちが聞こえた。


アンネ、やめなさい!!


「申し訳ありません」


すぐにアンネは謝ったが、ボクはもう冷や汗ものである。

そういう、アドリブを入れるのはやめなさい。


「これが使い物にならなくなると、今までの苦労が無に帰す。王都に行くのを許可しよう」


目的は遂行した。

でも、実の娘を“これ”扱いですか。

ボクはさらに腹が立った。


「ありがとうございます」


「だが、くれぐれも必要以外にこれをいじるなよ」


おっさんが釘をさす。


「重々承知しております」


「ふん。その言葉もどれだけ信用できるかわかったものではないがな」


やはり、おっさんもあまり信用していないようだ。

このゲームの設定でも、貴族はおろか平民にすら魔境と魔法研究会の二つの団体は危険視されていた。

前世でいう危ない宗教的な扱いだったと思う。

でも、前三シリーズ内ではその団体の正体は明らかにならなかった。

なるべくボクも深くは関わらないようにしよう。

そして、一つの足音が部屋お出ていった。


「……」


出てったのはおっさんだよな?


「……、これでよかったのですか?」


アンネの声が聞こえる。

もう目を開けていいようだ。


「ばっちり。じゃなくて、ご苦労様でしたわ」


危ない。

今のボクは悪役令嬢だ。

しゃべり方は気を付けないと。


「はあ」


アンネが深いため息をつく。


「なんですの?」


なにか、失敗があっただろうか?

確かに先ほどのアンネの演技は、子供のお遊戯の方が幾分かましなレベルだったと思うけど。


「お嬢様、王都に何しに行くのですか? それ以前に王都に行ったことはあるのですか?」


シセリーナはどうだったか知らないが。


「ないですわよ」


「は!? それじゃあ何しに行くんですか?」


「あなたは知らなくていいの」


アンネは信用したくないし、こいつポンコツそうだからどこで情報が洩れるかわからない。

できれば、知らせる情報は制限しておきたい。

まあ、知的好奇心の塊みたいな存在ではあるはずだから、時を見て教えてあげないと何をするかわかったものではないが。


「……。今からでも、本当の事を」


本当にこういう所よ。

大局を見切れないから、ポンコツなんだよ。


「言ったら、魔術が失敗してたことあいつに言いますわよ」


「なに?」


アンネはボクの失敗という言葉に反応する。

怒っているようだ。

まあ、研究員として失敗を認めたくないのかもしれない。

大学でもそういうタイプの教授や同級生もいたし。

面倒くさいタイプ。


「だってそうでしょ? 本当のシセリーナは死んで、中身が入れ替わってるのですもの。そんなことになれば、どちらの立場が悪くなるのかは分かりきっているのでは?」


あの厳格そうなおっさんがそんな事を許すとは思えない。

だとすれば、追い出されるだけでは済まない。

失敗の責任はもちろん、口封じのために何をするかわからない。


「本当に悪魔のようだ」


本当にアンネは馬鹿だ。


「何度も言ってるけど、わたくしは悪役ですのよ」


「確かに、劇とかに出てくる悪役そのものだな」


この世界にも劇があるのか。

でも、二作品目の主人公と攻略対象がデートに劇を見に行く話があったはず。

忘れていた。


「それよりも、今のあなたはまだ給仕でしてよ。言葉遣いが変ですわ」


先ほどの失敗といわれたあたりからアンネは言葉が崩れていた。

本来はその方が彼女そのものの話し方なのかもしれない

でも、今は給仕。

仕事とプライベートくらいは分けてもらわないと。

変にボクとアンネが仲がいいと思われても困るし。


「それを言うなら、お嬢様だって。何なのそのしゃべり方?」


ボクの悪役令嬢風のしゃべり方にケチを入れてくる。


「こんなしゃべり方しませんの?」


前三部作を見ても、一人はこんな話し方のライバル令嬢がいたはず。

よくは覚えていないけど。

そこまで、悪役令嬢に関心が持てなかったし。


「何十年も前に上流階級の貴族様にはやったって、聞いたことはあるけど」


なるほど、前時代的なしゃべり方だったのね。

ママとか電話するとたまに「シモシモ」とか言って出るのと同じような物かな?


「……。でも、悪役令嬢はこのしゃべり方といったらこれでしょ?」


「はい、できてない~」


ボクの中で何かが切れる。

ああ、こいつは前世の世界だと出世できないタイプだな。

一言多い。


「さっさと王と息の用意をしなさい。明日の朝には出ますわよ」


「え!? なんでそんなに早く出るの!?」


本当は数日開けようと思っていたが、ちょっとした罰を与えてやろう。

それに、早ければその分余裕ができる。

何かあった時にすぐに対応できるだろう。


「あなたの言う通り、初めての王都ですもの。目的の場所にいけなければ困りますから。それと、ついてくるのはあなただけですわ。早く準備しないと一晩では終わりませんわよ」


「そんな~」


アンネは肩を落として部屋を出ていく。

さて、それでは。


「さあ、復讐を始めましょう」


自然と笑みが出る。


「悪役令嬢風にね」


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