第20話




 唐突に扉が開かれた。そうした後に一人の血に濡れたシスターが入ってくる。


 「ど、どなたですか!?」


 ディーンは発破をかける。


 「………ま、マコト……ちゃん…?」

 「……誰でしょうその方は。これで二度目ましてですねアイリス皇女」


 顔を上げたシスターの顔もまた血に汚れていた。





 「……一体何を」

 「イッシュバーン伯爵及びスヴェン辺境伯を救済してきました。それと……………「貴方のお父様」を」

 「なんですって……?」

 「そ、それは本当なのですか」

 「私が嘘を申すとお思いで?ふふっ、これが嘘であれば私はここにはいませんよ」


 私はくすくすと微笑む。


 「ど……して……」

 「どうして?理由はお分かりでしょうに。復讐、ですよ」

 「だ、だからってお父様を殺さなくてもっ!?」

 「いいえ……救済は必要ですよ。だって……」


 両手を口許に運びただ微笑う。


 「私たちをお見捨てになられたんですから。いくら洗脳された〜とはいえ、それは罪に加担したことにもほかなりません。ですから救済しました。ご安心を。国王様には苦しむことのないようたった一度首をお切りしただけですので」


 私の言葉に二人は何もいうことができず、ただ私を凝視するだけだった。


 「今回、こちらに伺ったのには理由がございます。あと一つで完成するからです。そう……「アイリス皇女殿下が私を殺す」ことでこの復讐劇はこの国の悲劇として終わるのですから」


 素晴らしいでしょう?そんなふうに宣う。アイリス皇女殿下はただ俯き私の言葉を聞くだけだった。ふと彼女は顔をあげる。


 「ま、リアさん……貴方はかつてのご友人方を覚えてらっしゃいますか?」

 「………………………………」


 長い沈黙だった。私は……言えなかったのだ。何故?ただそれが頭を支配した。


 「……やはりそうでしたか。こうなることは薄々わかっていました。ディーン。少し二人だけにしてくれるかしら?」

 「で、ですが……」

 「お願い」

 「わ、わかりました……では部屋の外にいますので何かあれば声をお声かけください」

 「わかったわ。それとお父様たちの確認を頼むわね」

 「畏まりました」


 そう言ってディーンは退室した。


 「……マリアさん、もうやめましょう?こんなことをしたとしてもヨウタさんたちは」

 「わかってますよそれくらい。死を覆すことはできない。ましてや過去に戻ることもできない。これは完全に私の自己満足に過ぎません」

 「それでも、ヨウタさんたちのお名前も顔も思い出せますか?こんなことで喜ぶと思っているんですか!?」

 「思っていたらどれだけ良かったんでしょうね……私はもう戻れないんですよ。この計画だって私が体を……処女を冒険者様に捧げてから思いついたんです。私は赦せなかったから救済した。この国があの人たちを許したとしても、民が面白おかしく見ていたとしても私が、私自身が赦さない。赦しておけるわけがないんです。だからこの手で救済しました。ナイフを何度も突き立て、飛び出る臓腑。その全てが私の復讐心を満たしてくれました。それだけで十分ですよ」


 噛み合うようで噛み合わない会話。私はただ微笑う。目が微笑っていなくとも。


 「どれだけの犠牲を……したんですか」

 「さぁ?もう忘れました。肉塊になったんですもの一々気にしている暇はないですも」

 「わ、悪びれることも、ないんですね……」

 「えぇ、ありませんよ。さぁ、早く終わらせてくださいませんか?あとは貴方が私を殺すだけですから」


 ナイフをごとりと彼女の目の前に置く。アイリス皇女殿下はただそのナイフを見る。


 「これをすることで何か変わりますか?」

 「さぁ?それは神のみぞ知るということですわ。私はとうに命を捨てています。何も惜しむことはありませんよ。あぁ、でも」

 「……?」

 「言えることがあるとしたら、来世では裏切られることのないそんな人生を歩みたいものですね」


 私はふふっと微笑みそう言葉を落とす。


 「……狂ってますよこんなの……!」

 「そうでしょうか?人は誰だって憎しみ合っています。今もどこかで殺し合っていたりするでしょう。それが今目の前であったに過ぎませんよ」


 部屋の外が騒然としてきた。私は扉を見ることなく察した。


 「なるほど。時間稼ぎをしていたんですね。そうですか……貴方もそんな人だったんですね」

 「違います!貴方には罪を償って」

 「償ったからといってなんになるというのでしょうか。それを汚職を、私欲を至福を肥している人たちに言えますか?貴方にはそんなことを言える資格はあるんでしょうか?」

 「そ、それは……」

 「できる、とは口にできないですよね……それが人間の悪性なんですよ。悪いことを悪いことだと言えない。ましてやそれを弾糾さえできない。だから私はそんな人たちの代わりにしてきたのです」

 「それは……神になったかのようにいうんですか……」

 「私は神だなどと口にした覚えはないですね。私は復讐に燃えた残忍な殺人鬼のシスターに他なりませんから」


 私は扉が開けられたと同時に懐に隠し持っていた銃を自分の顳顬こめかみに当てる。


 「なので私は許しを得る必要はありません。(あなた方に)裁かれるなら(自分で)裁くまでですから。さようならアイリス皇女殿下………いいえ。アイリスさん」

 「……っ!?待っ!」


 ゴォンという銃声と共に私の頭は吹き飛んだ。ごとりと銃が落ちるのと同時に私は息絶えたーーーーーーーーーーーー。


 「い……いや、いやよそんなの……いやああああああぁぁぁぁああぁぁぁああぁあぁぁぁっ!!!!!!!」


 後にとある古びた教会の一室からはシスター・マリアの手記が見つかり、世に出ることなく、たった一人の皇女の手によって静かに沈静された。


 これはその手記の中からの抜粋である。


 『この手記を読んでいるということは私はもうこの世にいないか誰かに処罰されたかのどちらかなのでしょう。私が犯した最大の罪は、いつしか恋情を抱いていた人のことを忘れていったということでしょう。あんなにも心躍らせ、毎日が楽しかったあの日々がある瞬間に打ち砕かれました。今でもあの瞬間が目に浮かんできます。あの方達が血涙を流す姿、壊れていく様、死にゆく様を。私は……ボクはもう何も望めなかった。望むことすらおかしいほどに。けれど何か一つでも叶うならーーーーーーー









 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーもう一度甘い思い出がほしかった』

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