第19話




 姿を隠蔽魔術で隠しつつ城に侵入する。だがこれのデメリットは触れられたらアウト、つまり術が解けてしまうことだ。それと気配察知能力が高い人も要注意だ。

 私はそれを入念に気をつけつつ城を散策すること数分と少し。遠見の魔法を使い盗聴、透視する。この部屋のようだ。そして人が二人。一人はイッシュバーン伯爵。もう一人は……?


 「いやはやこうも上手くいくだなんてさすがスヴェン辺境伯様ですなぁ」

 「くくっ。なぁに、それほどでもありますかな。はっはっは!」


 なるほど。元凶はスヴェン辺境伯とかいうクソ野郎だったのか。今の今まで抑え込んでいた黒い澱が淀みが情念が煮えたぎってくる。歯を食いしばり、ぽつりと零す。


 「…………殺す」


 けれど不思議なものだ。こんなにも黒いもので心は支配されているというのに、頭は冷たく研ぎ澄まされている。なんの行動の方がより良いかなどすぐに思いつくほどに。私はこれほどかというほど慎重に扉を開けするりと中に入り、扉を閉め次第防音結界を部屋一面に張り巡らす。静かに歩み寄る。


 「それで?これからいかがなさいますかな?」

 「何。王も洗脳できましたしな。このままのっと……ごぶっ……?」

 「ス、スヴェンへ、辺境伯!?い、いかがなさいま……ァ!?」

 「……もう黙りなさいな外道共」


 スヴェン辺境伯の背中にナイフを突き立てそのまま突き刺した。勿論ただ刺しただけでは物足りないから何度も捻る。その都度スヴェンは苦悶の声を洩らす。


 「………あなた方があの人たちにしたことをお返しして差し上げます、よっ……!」

 「ごふ……が……ァ…ッ!!!!?????」


 ナイフを引き抜き、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も!!!!……それこそ体に穴が空くのではというほどに刺し貫いていく。ザクッ!ブシュッ!まるでそんな効果音がするかの如く返り血なんて気にも留めずにただ執念深く刺していく。すでに出血多量で死んでいたとしても尚も刺していく。やがて、血すらも出てこないとわかり、スヴェンだった肉塊をその場にかなぐり捨てる。対岸に座っていたイッシュバーン伯爵もまた返り血で汚れていた。


 「くっふふ。あら、貴方もお汚れになられたのですねぇイッシュバーン伯爵様?」

 「ひっ!く、来るなァ……ッ!!!」


 イッシュバーンはワタワタと短い手足をはためかせながらソファから転げ落ち、後退りする。私は「笑顔」のままただ近づく。


 「あらあら、騒いではなりませんよイッシュバーン伯爵様」

 「やっ……やめっ……!?」


 恐怖に畏怖に絶望に歪んだ顔のイッシュバーンはさながら滑稽だった。私はくすくすと笑い、その短い足にナイフを突き立てる。


 「イッ〜〜〜〜〜ッ!!!!!????????」

 「奇怪な声をお上げなさりますねぇ。ふふっ、うふふふふふ……あはァ。もっとお見せくださいイッシュバーン……は・く・しゃ・く・さ・ま♡」


 にまぁと口を綻ばせたままナイフを振りかぶる。


 「や……やめっーーーーーーーー!?」






 ほぼ同じ頃。


 「それは本当のことなの!?」

 「はい。確かでございます。わたくしが掴んだ情報ですとこちらでした」

 「そう……そんなことが……?」


 一人の少女が扉を見る。その傍らの執事服を着た初老の男性はその様子に訝しみつつ「いかがなさいましたかお嬢様?」と問う。


 「いえ……なんだか嫌な予感がしたのですけど……気のせい……なのかしら……」

 「は、はぁ……?」


 少女は眉を顰め逡巡した後扉に歩み寄り、ノブを捻り開ける。顔を少し出し周囲を見る。


 「……何もないですわね……えぇ、そうですわね。ごめんなさいディーン」

 「いえ。ところで今日はひどく静かですね外が」

 「えぇ、そうですわね。まるで何か起こりそうね」


 そう少女は独り言ちた。




 ぽたぽた、とナイフの切先から血が垂れていく。ヒュッと血振りをする。


 「…………あぁ、言ってませんでしたね。あなた方に神のご加護があらんことを……そのまま地獄に落ちて仕舞えばいいのに」


 私はナイフをしまいつつ無惨な肉塊になっている二つのモノを見下ろし、そっと息を漏らし部屋を出る。対象はもういない。だがまだ……やり残したことがあるのだ。それを成さねばならない。それをやらなければ死ぬにも死ねない。


 「…………待ってて今行くから」


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