第11話




 ボクたちは処刑される。いや正確には拷問を受ける。理由はわからない。分かりたくないだけなのかもしれないが。日に日に牢の外から聞こえる悲鳴は大きくなった。それだけでボクの心は廃れていった。ぼーっとしていると人影がボクのいる牢で止まった。ボクは目だけを向ける。そこにはローブを着た誰かだった。その誰かは鍵を開け、中に入ってきてはボクの手を取って牢から出るではないか。ボクは驚きつつもバレるのではと危惧するがバレる気配はない。でも一体誰なんだろう。

 様々な家屋に挟まれた路地裏で立ち止まる。かなり質素なローブを着た人は振り向いてゆっくりとフードを取った。


 「………あ、あい、りす……さん…」


 そう。ボクを牢から出してくれたのはアイリスさんその人だった。ボクの驚いた顔を見つめ、どこか悲壮な表情かおをしていた。


 「ごめんなさいマコトちゃん。とても面倒なことに巻き込んでしまって……」


 アイリスさんは小さく呟いた。面倒なこと?それは一体なんなのだろう。


 「あ、えっと……何が起こってるのか教えてくれる?こっちに戻ってきたらいきなり牢屋に放り込まれるんだもの意味不明だよほんと」


 ボクは「ははっ」と戯けたように笑う。アイリスさんは下唇を噛み締めるようにしてはぽつりと話してくれた。


 「……今、あなた達に降りかかってるのは私達王族とその重鎮たちの醜い権力闘争ですわ。そしてあなた達を牢に入れさせたのは外交官のイッシュバーン伯爵なの……理由はあなた達の力を恐れて、だそうですわ」


 なるほど。そんなことが起きていたんだ。あのシスターが伝えたかったのはこういうことだったんだと理解した。


 「で、でもなんで……なんでボクだけを逃したの?」

 「……リナちゃんやヨウタ様、マサト様の所にも向かいましたわ。けれど、皆さんは口を揃えて『眞琴だけは逃してほしい』と」


 そんな………そんなのって………


 「そんなの自分が代わりに死ぬと言ってるようなもんじゃん!なんで!……なんで……」


 ボクは理解したくなかった。だってこれから待ってるのは死刑だ。ボクが居ないことに気づいたら何されるか分かったもんじゃない。なのにそれを分かっていながら莉奈たちは……


 「……どうしてボクを生かそうとしたの………!?」


 アイリスさんに頭を預けるように額をつけて、小さく嗚咽を漏らしてしまう。アイリスさんはその小さな体を震わせ、ボクの頭を撫でた。


 「悲しい気持ちは痛いほどわかります。けれどきっと、あの方達はマコトちゃんに生きて欲しかったのでしょう。こんなことで終わらしてはいけないと」

 「でもそれなら!……それなら一緒に出ようとか言って欲しかったのに……!」


 どしゃっと泥濘んだ地面にへたり込んでしまう。アイリスさんはそんなボクを支えるように背中に腕を回した。


 「そうですね。確かにマコトちゃんの言う通りです。私だって反対しましたわ。でも、口を揃えて、そう言ったんです。ね、マコトちゃん。この国からお逃げなさい。このまま外に出られるわ。けど、絶対に大通りの方へは行ってはダメ。分かったかしら?」

 「……どうして?」

 「………これから公開処刑が行われるからですわ」


 ボクは息を呑んだ。そんな……街の人たちは……あんなに人あたりの良かった人たちも………


 「………狂ってるよそんなの……勝手に召喚しといて、そんなのってないよ……」


 そう吐き出しつつものそりと立ち上がる。


 「いつ頃公開処刑されるの?」

 「もうそろそろですわ」


 アイリスさんの言葉を聞き、表通りを見る。


 「……見に行かれますか?」

 「………きっと助けられないよね。分かってる。これは無駄なことなんだって。 でも………ごめん」


 だけど疑問に思っていることがある。それは……


 「ねぇ、アイリスさん」

 「なんでしょうか?」

 「どうしてこんなことを国王さんは許したの?」

 「………お父様は洗脳されているのですわ。その魔道具によって」


 アイリスさんの悲痛そうな声を聞いて、ボクはどうしようもない感情が心を支配しかける。ボクはほんの少しだけ表通りの方へ歩みを進め、街を見る。その様子にボクは目を見開く。アイリスさんは傍らに寄り添い、ボクの肩に手を置いた。


 「………街の人たちもおかしいよ。なんで耀樹たちと仲良くしていたはずなのにこんなことを喜んで見られるの?……おかしいよこんなの……」


 耀樹は指を切り落とされ、何度も鞭を打たれ、皮が剥け、血が噴出しようとも痛みに歯を食いしばり声をあげようとすらせずに踏ん張っている。

 聖人は棍棒で背を打たれ、鳩尾を突かれ胃液を吐き出し蹲るにも腕は吊るされているためできるわけもなく、ただひたすらに殴られている。

 莉奈は目に涙を溜めてただひたすらに男共の辱めを耐えている。莉奈はきっとそいつらに壊れるまで犯されるのだろうことが目に見える。ただただ汚され、口は塞がれているため、何か叫んでいることしかわからない。


 ふと、耀樹と目が合った。あぁ、彼もまた壊れていくのだろう。片目は潰れ、もはやもう片方の目すらも危うい。そんな耀樹は目でボクに伝えた。伝えてきた。『早く逃げて』と。ボクは首を振る。逃げられるわけがない。みんなを置いてだなんて逃げられるわけが……


 「……なんで今なのさ……」


 ボクは肩を震わせた。耀樹はもう片方の目も潰される寸前、ボクに告白した。『前から好きだった』と。その瞬間、血潮が撒き散らされた。まるでスローモーションのようだった。耀樹の顔は血だらけになり、もはや息をしているかさえわからない。もう助からない。これだけの血を流していたら助かるはずもない。ボクはもう見ていられなかった。踵を返し、走り出した。


 躓き、転びかける。けれど踏ん張り、再度走り続ける。アイリスさんが用意したのだろう。門の一部が開いていた。ボクはそこを走り抜け、街道を抜け、どこかもわからずただ走った。途中で雨が降ってきた。ボクの体は雨に濡れていく。あの日、莉奈

に整えてくれた髪も濡れ重くなる。毛先から雨粒が落ちる。服もまた重く張り付いてくる。あぁ、走ることすらだるくなる。程なくして立ち止まり、荒い息を整える。木に左手をつけ、泥濘んだ地面に座り込む。けど何故だろう。悲しいのに、切ないのに、涙が出ない。いや、涙は出ているのだろう。然し乍ら、雨で顔すらも濡れ、わからないだけなのかもしれない。


 「………あぁ……そっか……」


 喪った。何もかもが。これが夢であって欲しいと思った。けれど、夢であればと願うほどにこれは夢ではないのだと自覚する。このまま死んでいくのも悪くない。今はまだ耀樹達も生きてはいるのだろう。死にはしていないだけで……自分が先に待っていれば一緒にいられるのかもと思った。けれど……


 「……できるはずない……このまま何もせずに死ぬのはごめんだ」


 ボクは立ち上がる。自分の心が黒く澱んでいくのがわかる。それと同時に自分という自分が壊れていくのがわかる。ボクはあの国のために何かをしようとした。知恵を与えようと思った。仲良くしてくれた人たちのためにも何かを為そうと。でもそれもやめだ。辞めにする。今度は……


 「……ボクが奪う番だ」


 許しは与えない。救いもない。あってたまるか。なんの理由もなく唐突に奪われたのだから同じ思いをすればいい。だから。


 「……私は全てを呪う」


 のそりと歩き出す。この決意に間違いはない。狂っていようが関係ない。あいつらさえいなくなればいい。それまでは私が全てを奪う。奪って奪って奪って奪って奪って奪い尽くして、そして。


 「救済という罰を与えてやる」


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