第10話
学園が長期の休業期間となりボクたちは一度ウェンドリアへと戻った。もう何度も歩いた道。街の中は久しぶりだというのに懐かしいとすら思っている。そんな出店のエリアを抜け、先ほどまでとは比べものにならないくらい静かな場所まできた。立ち止まり、一度周りを見渡す。なるほど。ここはどうやら教会がある場所。噴水もある。その噴水の近くには数えられるほどではあるが、噴水を囲うように背中側を噴水の方に向け設置されている。
ボクはその静かなまさに休息地と思える場所をゆったりと歩きながらおそらく初めて入る教会へと入っていく。中は先程の広場と同じくらい……いやそれ以上に静かで、どこか静謐さがあった。ボクは多少の衣擦れの音を上げつつも歩を進める。礼拝堂とおもしき場所は長椅子が等間隔に左右同数で置かれている。前の列から三番目くらいのその長椅子の背の縁を撫でるように触れる。
初めて来たのに……なんだろう……この違和感は。
はじめそう抱いた。その思いを考えつつも目前の大きな十字架を眺めていると声をかけられる。
「初めて見る顔ですね」
ボクは身を震わした。いきなりのものだから驚いたのだ。心臓が激しく脈動しながらも声のした左側の通路に目をくべる。そこには恐らく黒髪であろう。しかしシスターのヴェールをかぶっているためか正確にはわからない。そしてその女性の顔は不思議と初対面とは思えなかった。その顔は微笑みを柔らかく浮かべているのに瞳孔が、目が黒く暗くどことなく影があるように見える。そのシスターは精錬された綺礼と呼べる所作で近づいてくる。
「驚かせてしまったみたいですね。申し訳ありません」
漸く全身が把握できる距離に来たシスターはそう言い頭を下げる。
「あ、い、いいえ。べつに謝らなくても良いんです。勝手にびっくりしたのはb…私ですし……」
両手を振りつつも言う。
「お優しいのですね……賢者様は」
「………え?」
シスターは頭を上げてボクの目を見るように顔を合わせる。ボクは瞼をパチクリとさせつつもそのシスターを見る。
「どうやらお気づきではない様子……まぁそれも仕方ありませんね」
わからない。この言葉しか出てこない。いつ、どこで目にしたのだろう。そんな悶々としているボクに彼女はこう続けた。
「私は貴女自身です」
と。
「…………え?」
理解が追いつかなかった。このシスターはボク?そう言った。はっきりと。ボクは混乱する。一体何がどうして………そして理解した。
「……………もしかして最近見る夢……」
「お分かりいただけたようですね」
同一人物……ということは……
「じゃああの本に書かれてた『賢者は不幸を呼ぶ』って……」
「はい……正確には『賢者は不幸にされる』と言った方がよろしいかもしれません」
ということはボクは……
「…………きみはボク自身だと言った」
「えぇ、言いました」
「………………ボクは……裏切られる……んだね………」
「はい。時期はこの時期。とても暑く、そしてとても最悪な天気……」
ボクは理解してしまった。理解せざるを得なかった。わずかに息が揺れる。もはや立ってなどいられず、崩れ落ちるように長椅子に座る。
「……まさか自分に会うなんて思わなかった」
「ご安心を。ここの教会だけは異質なだけ。救いは求められず、求めたものは……救済。それは救いではありません。もはや私には救いなどというものは赦されない。あるのは破滅だけ。それでも」
「それでも歩まなければならない、だね?」
「えぇ。その通りです」
乾いた笑いが出る。目の前が揺れるようだ。ボクは顔を伏せる。
「………どうしたら良いのかな」
自然とそう口に出た。
「どうにもできません。どうにもなりません。どうすることもできません」
そっか……賢者とは……愚者でもあるのか。賢者であろうとしたものがいつからか愚者であった。そういった文言の本を読んだ。
「ですので」
シスターは一度言うのをやめる。ボクは意識が落ちる感覚がした。体は揺れ、長椅子に横になるように倒れ込む。落ちて行く意識の最中、シスターは………
「貴女に神のご加護があらんことを」
微笑みを浮かべた顔でしかしながらその目は同情を憐憫を浮かべていた。
そして、過去と
目を開けるとそこは日の届かない場所だった。壁に寄りかかりながらも寝ていたみたいだ。そうか…全部……夢だったのか。ボクは人知れず自分を憐れむように笑った。
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