春一番
お白湯
春一番
午前で終わった部活帰りの私は浮かれていた。
3月下旬の河川敷の道は日がよく差していて、春の訪れに景色は微笑んでいる。
アスファルトを歩くスニーカーの数が1つまた1つと減る度に、少しずつ胸をほんのりと染めるような感情が、沸き立ってくるのを感じる。と言うのも、帰り道が同じ方向の先輩と2人きりになる事があるからだ。
多分、その感情は桜色のように柔らかい色だと思うし、嬉しさもありどこか気恥しさもある。
別れの挨拶と共に、2足のスニーカーだけが道を歩いていた時である。川に波紋が出来るほどの春一番が吹いたのだった。
「うわぁ、風つよっ!」
私は部活終わりで緩く縛っていたポニーのシュシュが解けるのを感じて、すぐさま髪に手を当てたが崩れてしまった。
「春一番だね〜。」
先輩のぼんやりとした声を聞きながら髪型を直すと、私は体をさすった。
「まだ3月だから寒いですね。あぁ、もう髪ボサボサ。」
「でも、俺は嫌いじゃないかなー。」
「なんでですか?」
「ちょっと、頭見せて?」
「はい。」
私を見つめる先輩の視線が髪を覗き込む。先輩の急接近に動揺しながらも俯いていた。
普段こんなに近くに来ないし、ボサボサの髪が恥ずかしい。てか、素直か、私。
でも、ひとつ違うだけでほかの男子とはなんか違うんだよな。すごく大人びて見えるとことかあるし。
そんな事を頭の片隅に考えながらも待っていると彼は「もういいよ。」と声かけた。
少しの間ぼーっとしてしまっていたようだ。
「これ、付いてたよ。」
先輩の指先には早咲きの桜の花びらがあった。
「あ、ありがとうございます。」
私はおもむろにそのひとひらを受け取ると、ようやく心臓の音が激しくなっている事に気が付いた。
「それにいい香りだから、嫌いじゃないんだよね。髪の香りって…。」
その言葉を聞いた瞬間、動揺していた私の口からは、思いもしない事が飛び出てしまった。
「そ、そういうの良くないと思います!」
何を言っている私は。いや、先輩も先輩だ。
「…そうかな?」
「不可抗力かのように匂いを嗅いでいる、あわよくば感がかなり宜しくないかと思います!」
あぁ、よく口回るなー、私!顔が熱い。
頭の中は整理出来てないのに嬉しいはずの心とは反対に、否定の言葉は理路整然と私の口は言ってのける。
「結構思い切った方なんだけど、ダメだったかな?」
先輩もこっち見ようとしてないよ。どうするよ、私!
「ダメです。」
ダメなんかーい!
「そっか。…じゃあ、どう言えば良かった?」
私は自分の発言に思考を追いつかせるように無理やりにでもと、口を動かす。
「まずは、髪の匂いを嗅いでいいか訊ねてください。もしもそれで了承を得たならば、その後に改めて嗅ぎましょう。」
普通、そんな男いねーだろ!何言ってんだ!?
「分かった。今度はちゃんと嗅いでいいかな?」
お前も不自然に思えよー!
「分かりました。良いでしょう。」
えぇい!どうにでもなれぇ!
「ちょっと待ってくれないか。ここで改めて嗅ぎに行ったら、俺なんかとても変態みたいじゃないか?」
そうだ!お前は出来る男だ!よく気付いたよ!でも、どうするんだ?この会話の流れ。気付いちゃったお陰で、私の立場は上から目線の勢いで匂い嗅がせようとしてる変な女だよ?
「変態か変態じゃないかと言えば、変態かもしれませんが、極少数に入る変態ですよ。言わばマイノリティさんって訳です。」
言い換えただけで、なんのフォローにもなってない!少なけりゃいいってもんじゃないわー!むしろ、度し難いレベルのマニアックな変態みたいな言い回しになってしまったじゃねーか。上手いことオブラートに包みたかっただけなんだよー!
「マイノリティさんな。そうだな。俺は若干名の変態さんかもしれない。それは認めよう。」
変態にさん付けしちゃったよー!うへぇ!なんかもう楽しくなってきたー!
違う違う!そうじゃない。お互いの名誉に傷が付かない方向性にシフトしていかなければ。
「まだ嗅ぎに来てないから、変態さんではなく匂いのスペシャリストです。マエストロです。」
おおお!我ながらすげぇ変な返しになった。栄誉な言葉で呼んだら、呼んだだけ逆に地に落ちた!もう解けない誤解のオンパレードに賞賛しかないよ!
「巨匠か。うん。その響きだけで、今日は帰る事にするよ。」
これは気に入ったのか?もしかして。いや、もしかしなくても、この人ちょっとおかしいかもしれないけど、多分いい人だと思う。
背中を見せて歩き出す先輩に私は声をかけた。
「先輩。忘れ物です。」
近づいて、先輩の掌にひとひらの花びらを渡して私は言い放つ。
「了承しましたから、今度は風任せじゃなくて来てくださいね。」
春一番 お白湯 @paitan
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