2話 平和な夏休みを

・8月1日・ 昼  ……陽太の家……


「……は?」


 今なんて言った……攫われた?

 震える声を必死に抑えながら声を振り絞る。


「ど、どう言うことだよ!! 攫われたってそんな……」

「事実だ。今、母さんも必死に探している」


 だとしても腑に落ちない点が多すぎる。

「……っ!! け、警察は! 警察はどうしてるんだよ!」

「あぁ、探してるさ……探しているが見つけられないだろうよ」

「……?」

「この事件、雅だけが巻き込まれたわけじゃない。


「なっ!?」

 それが本当だとしたらもはや事件ではない。

 神隠しを疑ってしまうものだ。


「嘘……じょないのか?」

 親父は顔を変えない。

 至って真面目だ。

 普段は茶化したことしか言わないからここまで真面目な顔は初めて見る。


「……だ、誰なんだよ!! 雅を攫った奴は!!!」

「魔族だよ」

「は? まぞ……く? おいこんな時に、冗談はよせよ!!」


 予想外の言葉に一瞬ドッキリを疑った。

 だが、それでもこの殺伐とした空気は変わらない。

「いいか、これが現実だ。厳しいが受け入れろ」

「そんなの納得できねぇ――!?」


 突如激しい地面の揺れがこの家を襲う。

「クソっ! 気づきやがったか……おい、陽太。説明しながら移動する。靴を持ってこっちに来い」


 ズカズカと土足のまま、親父は家の2階へと上がっていった。

「おい、待てよ!」


 戸惑いつつ言われた通り靴を持ち、俺も後を追う。

 ただ、その道中にもその地震は止まらない。

「この世界にはもう1つの別の世界がある。ただそれは本当なら繋がってはいけない世界だ」


 ぶつぶつと、まるでこの揺れを気にしないで歩く父親……少し不気味さを感じながら後を追う。

「"エスパラルダ"……今のお前からすれば非現実的な世界だろう」

「さっきから何を……!!」

「雅を!! ……救いたいんだろう?」

「……っ!!」


 "救う方法がある"そう親父は言っている。

 どれも信じられないことだがそのことだけは信じれる気がする。

「陽太……いいか、よく聞くんだ。今から飛ぶところの近くに太陽の国、サンリスタ王国と言うところがある。そこの国王にこの状況を全て話すんだ。そしたらこの状況もどうにかなる!」


 この曖昧な……けれども謎の自信を感じさせる言葉の数々に陽太は圧倒されていた。


 そしてある扉の前に立つ。

 そこは"開かずの間"と呼んでいる小さい頃から入ったことのない部屋だった。

 鍵が何重にもかけられており、そもそもの鍵の位置を母さんですら知らないと聞く。

 そんな開かずの間……何故今?


「初級封印魔法"デ・シール"」


 何重にもなっていた鍵が重い音を立てて落ちていく。

 何10年も開かなかった扉が今、開いたのだ。

 異様な光景だった。

 言葉を発しただけで扉が開く。

 そうまさしく、ひらけごま。


「ここに立て」

 立たされたのは謎の……魔法陣?のようなもの


「いいか、さっきも言った通り国王にこの状況を話せ。それが雅を助ける唯一の方法だ。そしてお前自身も強くなれ……今みたいな魔法を覚えるんだ。そこの世界では魔法がないとすぐに死ぬ……本当は俺が行きたいんだがな……」

 魔法……本当に現実味のない響き。

 たださっき使っているのをこの目で見てしまった。

 現実だ。


「現実は厳しい……お前の知りたかったことも色々わかってくると思う。だがこれだけは忘れるな。お前は全人類の希望だ。信じてるぞ!」

「ちゃんと説明しろよ! 親父!」


 魔法陣は光はじめ何かが起ころうとしているのがわかった。

 親父は厳しい顔のまま、俺の目をしっかりと見ている。

「すまん、時間がないんだ……最上級転移魔法"エスパラルダ"!」


 そう親父が唱えるとともに俺の視界は白に包まれる。


 地面もわからずまるで浮いているような不思議な感覚。


 川のようにどこかに流されていく感覚。


 そんな初めての感覚……だが懐かしさも感じる。


 どこかで感じたような。

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