12話 vs.2級魔族リリ①

・9月15日・ 昼  ……4つめの盗賊のアジト……


 マリンのいるであろう方向に走るが、凄まじい魔力と衝撃だ……マリンの方が押され気味なのがわかる。


 俺が行っても歯が立たないかもしれないが、マリンを見捨てることは絶対にできない。

 それに、前にリリに会った時よりも俺は強くなった。

 あの時の無力な俺とは違う。

 ……アリスは今、どのような気持ちなのか、自分の仇であるリリとまた戦う機会ができた。

 嬉しいのだろうか、辛いのだろうか、アリスから流れてくる感情は複雑に混ざり合ってわからなくなっている。


(お兄さん! 上!!)


 不意にアリスの声が脳内に響き渡る。

 アリスの声と同時にその方向を見ると、高速で何かが落ちてきているのがわかる。


「マリン!?」


(アリス! "ブースト"頼む!)

(いや、あれは"ダブル・ブースト"じゃないと、間に合わない!)

(仕方がない! 使うぞ!)

(分かった! 中級太陽魔法"ダブル・ブースト")


 アリスの詠唱により、体に力が湧いてくる。

 やはり"ブースト"よりも遥かに強力で、今の数倍早い速度で走れる。

 マリンが落ちてくる位置に向かい、なるべく優しく受け止める。


 マリンは……無傷ではない、至る所から出血しており、両腕には黒いあざが広がっている。


「これは……?」

 俺が疑問に思っていると、上空から声がする。

 


「当たらなければ意味がないですよ、失敗作。……あら、ごきげんよう、生きていらしたのですね」


 見上げると、真っ白な肌にサラサラの銀髪。それとは対照的な全身真っ黒の服に黒い羽、先程の魔族たちとは違い、異質なオーラを放っているように感じる。


「おい……マリンに何をしやがった!」


 俺の興味は腕の黒いあざの方にあった。

 マリンの魔力が腕を中心に集まっているのがわかる。だがそれも不安定だ。


「あら、その子は自分でその不完全な姿になりましたわ。ま、無意識でしょうけど」


「自分で……!?」


「素質はあったのに、残念ですわ。失敗作じゃなければ、1級魔族にもなれたと思いますわ……」

 

 と、言いながら、リリは地上に降り立ち、羽をしまう。


「グルルル」


 マリンが目を覚まし、近づいてくるリリを威嚇する。


 マリンはリリが5メートルほどに来たところで、リリに向かって拳を突き出す。

 黒いあざによって強化された両腕の威力はとてつもないもので、地面にくぼみができるほどだ。

 だが、やはりリリには当たらない。


「いくら強力な攻撃でも、そんな遅いと当たりません……っよ!!」


 リリはマリンの攻撃を避けながら、マリンの腹に蹴りを食らわす。

 マリンは数十、数百メートルほど飛ばされ、見えなくなってしまった。


「マリン!!」


 俺はマリンのところへ行こうとしたが、リリが立ち塞がる……


「くそっ!」


(アリス!)

(任せて! 初級太陽魔法"リャーマ"!!)


 手を前に出し、小さい火の玉をマシンガンのように何十発も放つ。その後に、とても大きな火の玉を作り、それをリリにぶつけた。

 リリはそれらに全て当たる。


「少しくらいはダメージ負ってくれてるとありがたいが……」


 砂埃からリリが現れ、蹴りをぶつけようとする。

 ……無傷だ。

 陽太はすぐ防御姿勢を取ろうとするが、


「遅い!!」


 リリの強烈な蹴りが腹に直撃し、マリン同様吹き飛ばされる。

「ぐはっ!!」


 骨がみしみしと音を立てている。

 飛ばされ、木に何回かぶつかり、やがて止まる。

「"ダブル・ブースト"状態の速さでも間に合わないのか……」


 "ダブル・ブースト"の効果がなかったらと思うと……恐ろしい。

 体が弾け飛んでいたのではないだろうか


(お兄さん! 大丈夫!?)

(あぁ、なんとかな……)


 正直やばい。

 "ダブル・ブースト"状態でこのダメージ、そしてこの魔法も後半分の時間で切れる、というところまで来てしまった。

 それに魔力も少ない……あと中級魔法2発打てるかどうか……


 強いのは分かっていたが、まさかここまでとは


(……すまんアリス、嘘だ。死ぬかもしれない)


「おかしなことをしますね……詠唱なしの魔法なんて、常識外れじゃないですか……まぁ、私には関係ないんですけどね」


 リリがもうすぐそこまで迫ってきている。


 どうすればいい、どうすればいい、このまま死んでいいのだろうか、アリスとの約束も、親父との約束も全て破ることになってしまう……だがこのままでは確実に死ぬ。


 どうすれば……

(お兄さん)

(なんだ?)

(体……憑依してもいい?)

(だめだ)


 基本、俺とアリスは感覚を共有している。

 だが、1つだけ共有できていないものがある。

 それは触覚だ。

 つまり、体を操作しない魂は痛覚がないのだ。


 なぜ痛覚だけが、遮断されているのか、それは俺自身がアリスに怪我をして欲しくないから、と無意識に思っているかららしい。


 例えば、あの寝る時の白い空間で見るアリスは本当は形のない魂だが、具現化しているように見えるのも無意識によるものだ。


 アリスが俺の中にいることで、アリスには暇が増えた。

 その時間を使ってアリスは俺の中を調べていた。

 恥ずかしいからやめろ、と言っていたが、それも聞かなかったので放置していた。

 調査の結果、わかったことが、アリスという存在は俺の無意識による影響を受けているということだった。


 そんなこともあり、アリスの考えていることはすぐわかった。

 俺に死ぬ時の痛みを感じて欲しくないのだろう。


(なんで! 少し変わるだけでいいから! 私が必ず倒すよ!)

(アリス、お前の考えはもうわかっている。だから絶対にダメだ)


(……!! お兄さんだけが辛い思いをして死ぬのはやだよ!! 辛い思いをしていいのは私だけでいいから! だから代わってぇ!!)


(……)


 涙声になっているのを感じる。

 アリスのさまざまな感情が流れてくる。

 その中で1つ気になるものを感じた。

 '好き'という感情。

 ただ、今まで俺は兄弟的な、家族的な好きだと思っていた。

 だが、これはライクではなく、ラブだ。

 自分をここまで慕ってくれる存在がいる。


 ……なのに、俺は何しているんだ、こんな健気な子を泣かせてしまっている。辛くさせてしまっている。


 約束を守れず、アリス自身も本当に死ぬのに、「ふざけんな!」の一言もなく、ただ、「代わって欲しい」と言うばかり


 ……死ぬわけにはいかない。

 いや、アリスを死なせるわけにはいかない。

 健気で、優しくて、思いやりがあって、嫉妬深くて、重くて、俺のことが大好きなアリスを殺させるわけにはいかない。


 なんとしても生き延びなければいけない。

 約束があるから? 死ぬのが怖いから……いや、違う。

 

 俺の大好きな人を守るためだ。


 俺は駆け出した。

 マリンのこともリリのことも何も考えていない。

 ただ、生き延びることを考えて


 なんとしても、この"ダブル・ブースト"が切れる前に逃げなくてはいけない。


 ……だが、


「無駄ですわ……」


 目にも留まらぬ速さで、リリは俺の前に姿を表す。


 死ぬわけにはいかない、絶対に!


「くっそおおおおおおお!!!」


 思い切り殴ろうとするが、


「はぁ……少しは面白い人間だと思ったのですが、ここまでのようですね」


 リリに避けられ、カウンターがくる。


(や……)


 瞬間、リリが吹き飛ばされる。


 呆気に取られながら、原因の方向を見ると……

 

 全身に黒い模様が浮かびでているマリンが立っていた。


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