4話 小物
・9月12日・ 昼 ……ゾル・ダマル砂漠……
「大丈夫か……? 自分の名前わかるか?」
俺は目を覚ました女の子に声をかける。
薄緑の結界の中にいる女の子はこっちを見て、目をぱちくりさせている。
「声が出せなくなっているのかも……」
「……あー、もしかしてこの結界の中の音は聞こえないとかかな?」
そう思い、俺は薄緑の結界を解く。
「これで大丈夫だ……君、大丈夫か?」
俺はその女の子を改めて見た。
肩までかかった水色の髪、幼く愛らしい顔をしているが、それとは対照的に身体中の傷が目立つ体。そしてボロボロの布切れのような服……
返答を待っていると、女の子は俺とソニアを交互に見て……涙を流した。
「え……ちょ、ほんとに大丈夫?」
俺は少し取り乱しながら様子を見るが、女の子は泣き喚くこともなく、静かに泣いていた。
ただ、本人は泣いていることには気づかず、不思議そうな顔をしている。
それを見たソニアは女の子を抱きしめた。
「これ見て……」
「"愛してるわ"……?」
ソニアから言われた箇所――女の子の持っていたボロボロの紙切れを見ると"愛してるわ"そのひとことだけが、書いてあった。
「ねぇ、陽太……多分これはこの子の保護者が書いたものの可能性が高いわよね?」
「普通に考えるならそうだな」
そして、ソニアは何か思い詰めたような顔をして言った。
「私、この子の保護者を探してみようと思う……この子の傷や服、只事じゃないわ……絶対、何か事件に巻き込まれていると思うの」
ソニアの目は本気だ。
「俺もそうしたい……だが問題がある。3人になれば戦闘もこの子を守りながら進むしかなくなる、食糧の確保も3人分となるとこの砂漠ではとても大変なことだ。まだこの砂漠も初日、長くて後1ヶ月以上もかかるこの状況で簡単に判断は出せないよ」
「……じゃあ陽太はこの子を見捨てるって言うの!?」
「……反対なんてしてねーよ、俺もそうしたいって言ったろ? ただ、軽くは決められないことだ。俺らもより危険な旅になるし、何より、関わる以上責任が伴う。だから1番現実的なのが村に、もしくは王国に戻って、ちゃんとした大人に預けることだな」
「そう……だよね、わかってる……わかってるけど、私は私たちで保護者を見つけたい!」
「なんで?」
「村の大人や国の兵士なら保護者を探せると思うわ……でもそのあとはどうするのよ! この子の傷は只事じゃないわ! もし本当に事件に巻き込まれていたとしたら、また狙われるかもしれない。こう言う時、他の人は頼りにならないわ、だったら自分が動くしかないじゃない!」
ソニアの言い分もわかる。
だが実際、俺たちでは探す手段も時間もない。
「お前はどうしたいんだ……? やっぱり話すことは無理か……」
女の子は目をぱちくりさせるだけで、喋ろうとしない。
(なぁにぃ……騒々しいなぁ……)
(アリス……このタイミングで起きるのか……)
(って、うわ、魔族じゃん……あっでも襲ってこないってことは、穏便派なんだね)
え、今とんでもないこと言わなかったか?
(この女の子、魔族なのか?)
(いや、どう見たって魔族だよ……だってほら、なんか雰囲気がさ……)
(いや、わかんねぇよ……)
でもアリスのおかげで少し希望が見えた。
「ソニア、この子の正体がわかった」
「え?」
「魔族だ」
「……魔族! それなら!」
「あぁ、ちょうどいい」
この子が魔族だとすれば、1番保護者がいる可能性が高いところが、魔の国だ。
正直、魔の国に住んでいる魔王以外の魔族がいい奴らなのかもわからないが、そこでならこの子の保護者を探すことができる!
……考えてなかったけど、魔王以外の魔の国に住んでる人たちって、俺たちの敵なのだろうか……? って今考えてもわからないか、とりあえず進むしか道はない
「目的地は……変わらないな! ここで立ち止まってたら時間がもったいない……行こう!」
「当然この子の保護者が見つかるまでは陽太についていくよ!」
「ありがとう、ソニア!」
(ちょっと殺伐な雰囲気になりかけたけど、良いところにおさまってよかった。これもアリスのおかげだな)
(褒めてもさっきのことは許さないよ!!)
(さっきのことって、ソニアとくっついて寝たことか? しょうがないだろ、この砂漠を抜けるまでは我慢してくれ)
(そんな……あれを1ヶ月以上も!?)
あ、そっか、そんなかかるんだったわ、1ヶ月以上……俺の理性、耐えてくれよ……!!
(……ソニアさんに手を出したら呪うからね!)
そこまでか……アリスには結構重いことのようだ。
(大丈夫だ……そんな気はないから)
「えーっと、歩けるか?」
俺は女の子に問いかける
すると、女の子はこくんと頷き、手を前に出してくる
……通じる! さっきまでは反応がなかったけど、今はある。
それにしても……この手は繋げってことか?
「……これで良いか?」
俺が手を繋いで見せると、
にこっ
女の子はにっこりと微笑んだ。
「か、かわいい……」
思わずソニアが言葉を発する
だが、わかる。 それほどの破壊力だ。
「それにしても……名前が分からないのは不便ね」
「まだ喋れないのかな?」
女の子は首を傾げ、目をぱちくりさせている。
分からないのだろうか……?
これでは名前を聞けない
「仮の呼び方を作るしかないか……」
なんて呼ぼうか……俺にセンスはない、と思うからソニアに期待するしかないんだが
「アザトースってどう?」
えぇ……ネーミングセンスとかどうこう言うレベルじゃない、ていうかなんかその名前寒気するからやめていただきたい。
「ほ、他には?」
「クトゥグアとか?」
「……ダメ」
ソニアに頼むよりは俺が決めたほうがよさそうだ。
「マリンなんてどうだ?」
髪が青かったから簡単に決めたけど、まぁ俺にしては良い名前だろう
「センスないね!」
え、ソニアよりは良いと思うのだが、
「君はどっちが良い? 俺の名前かソニアの名前か」
すると女の子は俺の方に指を向ける。
「そ、そんなぁ……」
「まぁ、そうだろうな」
なんでソニアにそこまで自信があるのかわからない……
「良い名前だと思ったのになぁ……」
***
しばらく歩いていると、前から3人の男らが話しかけてくる。
「おっと……ここから先は通行料が必要だぜ」
ここからってどこからだよ……ていうかなんでこんな広い砂漠で通行料が必要なんだよ
「一応聞くが、いくらだ?」
「リュビ20個と金貨5枚だな、置いていけ」
明らかにおかしい。
金貨はそもそも見たことないほど高額だ。
どうしようか、こいつらと、戦うか……?
悩んでいる間に、俺と手を握っていたはずのマリンが前に出る。
「おい、マリン危ないぞ、戻ってこ……い!?」
マリンは手をグーに握りそれを砂の上に振り下ろす。
凄まじい衝撃が加わり、男3人の前にはでかい砂の波が出ていた。
「なんだこれは……」
殴るだけでこの威力……
これが魔族の力なのだろうか?
男3人の姿が砂の中に見えなくなると、マリンはこっちを見てにっこりと微笑んだのだった。
……死んでないと良いけど
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