5話 出発まで

・8月5日・ 昼  ……アリスの家の外……




「今日こそ杖から魔弾を出してみよう!」




 アリスが手を叩く。


 もうアリスの家にお世話になってから3日目になる。




 杖を構え念じる。


 今まで、1日目は何も感じることができず、2日目は杖に魔力を集めることはできたものの弾を作れなかった。そして3日目は……




「ういっ!」


 白い塊が杖から出てくる。


 その白い塊は勢いよく目の前の木に向かっていく。


 木に衝突した後、木は少し揺れた程度だった。


「できたのはいいけど……思ったより威力ないな」


「そんなもんだよ、とりあえず攻撃はできなくてもこれで相手を怯ませたり、隙を作らせることくらいはできるよ」


「そう言われると安心だけれど……それにしてもこれ疲れるね」


「まぁずっと使ってなかった力を急に動かしたから体がびっくりしてるだけだと思うよ」


「なるほど、まぁ、これからだな」




         ***






 ・8月6日・(出発まであと10日)




 この日から魔法は杖なしになった。


「なんで杖なしにするんだ?」


「2つ理由があって、1つは杖頼りになってしまうと折られた時に対処できないから。もう一つは杖は注げる魔力が決まっているの。中級魔法士は魔力のコントロールが強くも弱くもできるから、もし中級魔法士になった時、大きい魔力が出せずに差が出るね。そもそも杖持ちで魔法士を名乗る人はあまり聞かないみたい」




「なるほどなるほど、杖なしは必須か……よし、とりあえずやってみる」




 杖の場合だと魔力を集める先が目に写っていたのでまだやりやすかったが、杖なしだとどこに魔力を集めていいかがわからない。手の腹?指先?手の全体?どこに集中すべきだろうか、これに悩んでいると魔力が分散してしまう。……思ったよりも難しい。


 アリスは「杖の感覚を思い出して!」くらいしか言わない。


 ……いや、それしか言うことがないんだろう。


 こう言うのは細かく説明するより、コツを掴んで自分で探っていくのが一番いいって考え方なんだろう。




 初日にできないのはわかってたが、まさかここまでとは……


 今日はこのくらいでいいだろう。




 アリスが「そう言えばお兄さんは教養がなさすぎるね、今日から一般知識も必要少し教えようか」と言ってきた。


 せっかくなので、お言葉に甘えるとしよう。




 アリスは本が好きらしいので、人とは合わないものの知識が豊富にある、のはいいが……


 ……俺、甘えすぎでは?


 ほんとアリスいなかったら俺はどうしてたんだろうな……。




 魔法の常識として、


 杖なしで魔弾を使えるようになったらいよいよ初級魔法を目指すらしい。


 初級を使えるようになれば初級魔法士を名乗れる。


 魔弾の威力も上がる。


 その次の中級を使えるようになれば中級魔法士を名乗れる。


 魔力の細かいコントロールが可能となり、複雑な動きや、魔法の手加減が可能になる。


 その次の上級を使えるようになれば上級魔法士を名乗れる。


 他の人と合体魔法や、1人で複数の魔法を同時に使う連続魔法や混合魔法、他にも色々使えるらしい。


 その次に最上級魔法があるらしいがこれは不明。










 ・8月9日・(出発まであと7日)




 あと1週間で出発する。




 ここに来てからアリスにはもらってばかりだ。


 何故、ここまでしてくれるんだろう。


 そして俺がアリスにしてあげられることは何があるのか、それも考えていた。




 魔法の方は……




 杖なしで魔弾を出せるように特訓する。


 体のどこかにある魔力を体で感じようとするが、感じようとすればするほど、焦りが生まれる。


 俺はこんなところで何をしてるんだろう。


 早く助けに行かなければいけないのに。


 親父、母さん、雅……


 雑念が入ってしまう。


 落ち着け、杖なしは1週間でできるならあと4日ほどで使えるはずだ。


 杖ありで、出来たんだ。


 きっとできる。




 ……そんな俺の思いとは裏腹に時間だけが過ぎていく……










 ・8月15日・ (出発まであと1日)




 結局、明日出発というところまで来てしまった。


 今日こそ成功させねば、王国に行くまでアリスにまた負担をかけてしまう。


 俺が頑張っているのにはもう一つ理由がある。




 最初は流れで魔法を習い始めたが、俺がもしもこの世界に来る前に魔法が使えていたら、魔族たちを追い返せたのではないか。


 もちろん今の魔弾の威力は弱いが、様々な魔法を身につけ、追い返すことができたら、雅も助けることができたのではないか。




 強くならねば誰も守れない。




 非日常になってしまった今、俺は強くなるしかないんだ。




         ***






 ……気がつけば夕方、明日用に近くの井戸に水を汲みに行ってたアリスが戻ってきた。




「お兄さん、まだやってるのね」


「あぁ、だがなかなか出来ない……」


「……焦ってるね」


「わかるか?」


「わかるよ。少しの期間だけどずっとお兄さんの近くにいて、ずっとお兄さんのことを見てたし」


「ねえ、お兄さん。聞かせてくれるかな? お兄さんはどこから来て、なにをしにきたのか……焦りの理由はまぁ、そのことと関係あるでしょ?」


 アリスは俺よりも俺のことを知っているのではないか?


 アリスの察しの良さに驚く。




 俺は今までアリスには自分の故郷のことを話すと言いながらずっとはぐらかして話していなかった。


「……すごいなアリスは……」


「まぁね!」


 ふふんっ! と胸を張る。




 ……話したところで信じてくれるだろうか、何も出来なかった俺は情けなく思われるんじゃないだろうか……




 話したくない理由を無意識に作ろうとしてる。




 俺があーだこーだと悩んでいると……




 バシンッ!!


「!?!?!?」




 音が鳴り響いた。


 前を見ると手を俺の頬に力を入れながら剥れたアリスがいた。




「もぉ! なに悩んでんの! とりあえず! 話してみて! まずはそれからでしょ! お兄さん悩みすぎ! それにアリスもう14なの! 多少のことは相談に乗れると思うの! だからとりあえず悩むより話して!」




 アリスは、


 ……信じてくれるだろうか、いや、ここまで言ってくれたんだ。




「実は……」


 俺はここに来るまでの経緯を簡単に話した。


 俺の世界のこと、魔族のこと、転移のこと。




         ***




「そう……だったんだね……」




 アリスは真っ直ぐ俺の方を見て


「話してくれてありがとうお兄さん……ここ、座って」


 地べたに座らされる


「おい、アリスこんな時にな……!?」




 突然視界が真っ暗になる。


 だが暖かく、柔らかい……これは……。


「よしよし……」


「……おい、アリスこれは……なんだ……?」




 こう真っ正面から抱きしめられるのはいつぶりだろうか。


「お母さんがよくお父さんにやっていたの……」




 頭がぼーっとしてくる。




 瞬間、頭の中に誰かの笑みが思い出される。


 優しい笑みで安心感を覚える。


 今のをどこかで……?




 そんなことを考える暇もなく、


「感想くらい言ったらどうなんですかね……私胸も大きい方だと思いますし」


「……落ち着く……」


「なら、良かった」




 そのままアリスは続ける。


「私、こう言う時気の利いた言葉は言えないけど、こんなふうにお兄さんの重荷を少しだけ背負うことはできるよ」


 どうしてそこまで……




「どうして、とか言わないでね……お兄さんにとってはただの2週間でも私にとっては本当に久しぶりの楽しい時間だったんだよ」


 心読んでいるのではないかと思うような返答に内心びっくりしている。




「このまま、聞いて。まず魔族のこと、魔族には2種類いて、大人しい魔族と過激派、おそらくお兄さん方を襲ったのは過激派の方だと思う。数100年前の戦争で魔族と人族の仲は表向きには仲良くなったけど、裏では過激派のような人族を恨んでいる人がいるの。だからお兄さん方を襲った魔族は過激派と思う」


「……」




「それと、転移魔法だけど……使える人が限られるんだよね、だからお兄さんのお父さんがすごいのか、それとも誰かが作った魔法陣なのか……」




「……」




「まぁどちらにせよあなたのお父さんは何者なんだろね」


「…………」


「あれ?お兄さん?」




 ……胸の圧がすごい。


 俺は気を失いかけていた。


「ごめん! お兄さん!」




 アリスは俺を胸から離し、向かい合って


「とりあえず、王国に行くまでサポートしようと思ってたけど、もう少しだけ付き合うね、お兄さん。ここまで聞いたからには少しでも手伝いたいな……」




 アリスは立ってこちらを振り返り……




「明日は早いよ! もうご飯食べて寝よう!」




 と、ニッコリと笑った。




 ……窒息するかと思った……

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