MEETS A EATS Ⅱ

 こうして僕と塚瀬さん、初めてのバトルが始まった。

 ルールは三十分間で多くの<タクハEATSイーツ>配達員を目撃した方が勝ちというシンプルなもの。

 <タクハEATS>発見時には、都度メッセージで相手に連絡する。

 そして、敗者は勝者にお昼ご飯をご馳走すること。

 本当に発見したかの証拠がない件については……信頼関係でカバーする。


「じゃあ、十二時五分、開始ね!」

「うん」


 僕が開始を告げると、塚瀬さんはさっさと歩き始めた。県道沿いの道を、久川中央駅方向に向けて進んでいくようだ。

 僕は塚瀬さんとは逆の、住宅地側へと進んでいく。まるで西部劇の決闘のように、互いを背中で感じながら勝負が開始された。

 僕は県道沿いから折れて、更に集合住宅のある方へと向かって行く。もうここまで来てしまうと、振り返っても目視で塚瀬さんの姿を確認出来ない。


「フフッ、塚瀬さん、早計だよ」


 などと独り言ちる。

 これは僕の予想通りに事が運んでいるからだ。この勝負の鍵は<タクハEATS>の特色を捉えること。そしてその答えは単に「人通りが多い場所に行く」ことではないと考えられる。

 確かに塚瀬さんの向かう駅前には人が多い。しかし、宅配先となり得る住宅は、駅に向うにつれ明らかに少なくなっていく。

 その点、僕のいるこの辺りは新興の高層マンションが立ち並ぶ人口の密集地。このあたりの道で張っていれば、自ずと<タクハEATS>は現れると踏んだのだ。

 ――その時、僕のスマートフォンが振動する。塚瀬さんからだ。


『1EATS』


 何だその単位。EATSて。

 要するに一人目の配達員を発見したということだろうか。

 まあ塚瀬さんは交通量の多い県道沿いを歩いている訳だし、ある程度の<タクハEATS>を目撃する可能性はあるだろう。僕はもっと群れを狙っているのだ。


『2EATS』

『3EATS』


 え、多くない?

 メッセージ画面が忙しなく塚瀬さんのラッシュを報告してくる。

 まずい、思った以上に県道沿いを配達員が走っているらしい。でもまだ焦らない、県道にいるということは、こちらに向かってくる配達員もいるはずさ。

 そうしていると県道を折れてこちらに入ってくるバイクが一台。その背には例の大きなリュックが見える。来た。


『1タクハEATS』


 送信っと。ちょっと塚瀬さんとは単位を変えてみた。

 ついでに時計表示に目を遣ると、まだ開始して五分が経過したところだった。


 だがそこからの五分間、互いに報告がストップした。停滞期である。

 そして勝負開始から十分が経過した十二時十五分、勝負は急に動き始める。

 まず発見したのは僕。高層マンション前に乗り付けた自転車を発見。


『2タクハEATS』


 これで差は一つ。ここからが勝負だ。

 今度は、まるで僕のメッセージに返信するかのようなタイミングで塚瀬さん。


『4EATS』


 やるな。相手にとって不足なしと言ったところ。

 時間的には塚瀬さんはもう駅前に着いているだろうな。


『5EATS』


 え? まさか、駅前になんでそんなに……。


『6EATS』

『いっぱいいる』


 なんかコメントまで挟んでくる余裕っぷりなんだけど、なぜ塚瀬さんの方にそんなに<タクハEATS>が存在するのか。

 塚瀬さんは久川中央駅に向かったはず。もしかして、そう見せかけて別のホットスポットに向かったとか? いや、そんな場所はないはずだ。


『7EATS』

『まだやる?』


 まずい、塚瀬さんに圧倒されている。

 事実上の勝利宣言みたいなのも飛び出してきた。

 悪いけど、負けを認められないよ、時間はまだあるんだ。残り時間は十分じっぷんといったところか、確かに戦況は悪いけどまだ勝負は捨てない。

 きっともうすぐ、ここらの住宅に配達員が群れを成して現れるはずだ、そうまるで溜まり場であるかのように!



 ……溜まり場?



 僕はハッとした。そして塚瀬さんの真意に気付いてしまった。

 この勝負、僕の負けだ。


 何で気付かなかったのか、考えてみれば当たり前のことだったのに。

 勝負の鍵は<タクハEATS>の特色を捉えること。僕はそれを認識していたはずなのに、それを正しく理解していたのは塚瀬さんだった。


 <タクハEATS>は根本的に拠点を持たない。だが必ず行く場所がある。

 それは飲食店だ。まずはそこに行って注文の品を買う必要があるから。

 そして飲食店が多く建ち並ぶのは、この辺りでは圧倒的に久川中央駅前だ。つまりは塚瀬さんが向かった先。

 僕のいる集合住宅地など配達先のほんの一部である。しかし久川中央駅で買ったものを運ぶ先は、駅周辺は基より、久川南や北など、より多く存在している。


 要するに、この辺りの<タクハEATS>配達員にとって最も効率がいいは、久川中央駅前なのだ。

 考えてみれば当然のことなのに、僕は図書館周辺であることに固執こしゅうするあまり、視野が狭くなってしまっていたと言わざるを得ない。


 何にせよ、勝機は失せた。

 ここは潔く敗北宣言といこうか。


『僕の負けだよ。今どこにいる?』


 不本意な送信っと。

 駅前にいるんだろうな。でも詳細を聞かないと、そこに行けないし。


『<パストロング>の前』


 そうか。あのパスタ屋か。

 塚瀬さんは久川中央駅のバスターミナル脇にある、レストラン<パストロング>の名を出した。

 やはり駅周辺にいたようだ。というか、もうお昼ご飯のお店を確定済みか。


『そっちに行くよ、十分後に<パストロング>で』

『わかった』


 この暑いのに嫌だが、急いで行くとするか。待たせるのも悪い。

 僕は自分の身体とメンタル双方に鞭を打って、小走りに駅へと向かった。


*****


 駅前に着く。もう汗はえらいことになっているが、きっと止まってからが本番だ。

 こんな姿はあまり彼女には見せたくないな、洗顔ペーパー的なものを持っておくべきだった。夏の注意事項として記憶しておこう。

 自らの胸倉を掴んでシャツをばたつかせ、空気を入れようとしたが、既に汗でべちゃっとしており、大した効果は得られない。


 会いたいような、会いたくないような、そんな気持ちで<パストロング>の前にたどり着いた。しかし、塚瀬さんの姿はない。

 スマートフォンを見ると、数分前にメッセージが届いていた。


『中で名前書いてる』


 そうか、日曜日だからこの時間は混んでいるんだ。

 そこで塚瀬さんは食事が首尾よく進むよう先に入店を済ませてくれた訳だ。つくづく、今日の塚瀬さんは積極性があるというか、僕とは正反対に効率的だ。

 外階段を上り、重いガラスの引き戸を開けると、涼しい空気を感じる。人を待たせている手前、ここで気持ちよくなっている場合ではない。

 待合所となった入口のレジ前には、数人の若者が座っていた。だが、そこにも塚瀬さんの姿は見られなかった。

 僕は待合所の中央に立つ、譜面台のような物に取り付けられた紙を見る。

 数行目に『ツカセ』と書かれた文字があり、それは既に取り消し線で消されていた。もう呼ばれたらしい。


 何となく、待合所の方々に申し訳ない気持ちと優越感との両方を感じながら、レジ前を通り、塚瀬さんのいるだろうフロアに進む。

 各席は家族連れやカップルで賑わっている。汗だくの僕だけど、この雰囲気ならばさして自意識を過敏にさせなくて済むから助かる。

 さっと店内を一瞥いちべつし、窓際のテーブル席にその姿を見つけた。

 さっき会ったばかりなのに、他人の群れの中に存在している塚瀬さんは、より愛らしいというか、大切な感じがする。


「ごめん、お待たせ」


 僕が声を掛けると、困ったような眉で笑顔を見せた。どういう感情なのだろう。

 正面に腰かけると、塚瀬さんはすぐに僕の前にメニューを出してくれた。


「私、決まった」

「そうか、わかった、僕もすぐに決めるよ」


 ウエイトレスが運んできた冷水を喉に通しながら、メニューを眺め始める。

 すると、塚瀬さんは小脇にあった呼び出しベルのボタンを躊躇なく押した。

 え……早くない? まだ全然決まってないんだけど。


「……決まった?」

「……あ、うん。まあ……大体は」


 ……逆じゃない? 聞くのと行動とがさ。結果的に時短にはなったかもだけど。

 その成果か、すぐに店員がやってきて注文を聞き始めた。塚瀬さんがメニューを指差しながら注文する。

 

「あさりの、和風パスタを」

「あ、僕は――」


急いでメニューに目を走らせる。


「――このトマトとオクラの冷製パスタ、で」

「承知致しました、アサリの和風パスタがお一つ、トマトとオクラの冷製パスタがお一つですね、少々お待ち下さい」

 

 トマトとオクラか……あんま食べたくないなあ。

 焦って目に付いた季節ものメニューを口走ったことを少し後悔する。


「そういうの、好きなの?」

「いや……まあ今日暑かったから」


 不思議そうに小首を傾げた塚瀬さんに本音なんて言えまい。

 とりあえずは一息といったところか。僕はポケットからハンドタオルを取り出す。もう充分に水分を吸ってしまっており、あまり気持ちの良いものではないが、それで額の汗を拭った。その様子を見て塚瀬さんが訊く。


「どこにいたの?」

「駅と逆方面の、集合住宅の方だよ」

「ああ。人、いっぱい住んでそう」

「でも、負けたよ。塚瀬さんの考えの方が正しかった」

「……私の、考え?」


 キョトンとした表情は悪くないけれど、時にそれは嫌味だよ。

 最初から迷いなく駅方面に歩いて行った塚瀬さんには、それなりの考えがあったはずだ。そこは「どうよ私の知略は」と横柄に接してくれた方が、敗者としても気持ちが良いのだけれど。僕は敗者なりに敗因を述べる。


「駅前の方が、品物を買いに来る配達員が多いと思ったんでしょ?

 僕は需要先を押さえていたけれど、塚瀬さんは供給元をマークしていた。

 その差が勝敗を分けたんだよね」

「ああ……そう、そうだったんだ」


 塚瀬さんは勝因を聞いて納得した様子だった。

 どういうことだ? 狙っていた訳じゃないのか?


「それが狙いじゃなかったの?」


 塚瀬さんは困った様子でかぶりを振る。


「じゃあ……単純に人が多そうだから駅前に?」


 その問いかけにも同じ反応をした。じゃあ一体何なんだ?

 腕を組み仔細を考え込む僕に対して、塚瀬さんは照れくさそうに口を開いた。


「あの……私ね――」


 そう言いながら微笑むと、お腹のあたりに手を置いた。


「――すっごく……お腹が減ってたの」

「へ?」

「だから最初から、ここに向かってた」


 ……あ、そうか。

 なるほどだ、これではっきりした。けれど、僕は大いに反省しなくてはならない。


 事の発端は『時間』なのだ。

 今日は約束をした時点で十一時。もう昼前じゃないか。

 僕はだらだらと朝食を食べたからお腹は減っていなかったけど、普通に学校のある日ならば、小腹が減ってくる時間だ。

 きっと塚瀬さんは今日も規則的な生活を送っていたんだろう。だから僕と会った時点で十一時半頃、もう既にお腹が減っていたんだ。

 再確認するが、塚瀬さんは口下手だ。

 だから今日『暇』に込められたメッセージを正しく読み解くには、その時間を加味してやらなくてはならなかったのだ。こんな風に。


『お昼ご飯を食べに行かない?』


 失態だ。

 我ながら、今日はとことん、視野が狭い。自分本位の考えになってしまっていた。

 今なら分かる、今日の塚瀬さんがやけに積極的だったことや、効率的だったこと。気付かない僕を早めに動かして、早くご飯が食べたかったんだ。

 『じゃあ言ってくれればいいのに』なんて言葉はナンセンス。そこに気付いてこその僕なのだから、反省する他ない。


「ごめん。そうだよね、そういう時間だったもんね……」

「ううん、いいの」


 塚瀬さんは首を振る。そして嬉しそうに口元を緩ませた。


「葉山君に、勝てた」


 そうだね。完敗だよ。

 今日の塚瀬さんは実に効率的だった。EATSを探す勝負の景品はお昼ご飯。

 となれば結局、飲食店の多い駅前に来ることになる。だから最初から駅前の店に向かったのだ。そして結果的には品物を買い求める多くのEATSに出会うことが出来た。完全勝利と言って差し支えないよ、まったく。


「……でも、やっぱり、気付いてあげられなくて、ごめん」


 なんか謝ってばかりで嫌になる。でもそれしか言えなかった。

 今日は気付かないことばかりなんだ。


 でもさ、ちゃんと気が付いたこともあるよ。


「前髪、切ったよね? 似合ってるよ」


 塚瀬さんは悪戯っぽく微笑むと、


「それ、気付いてくれたから、いい」


 と発した。

 僕の鈍感なイメージが、これで少しでも払拭されたならいいんだけど。

 髪型に関しては、気付かない方がおかしい。今日顔を見た瞬間に分かったよ。

 いつもよりしっかり目と眉が見えて、それが新鮮で、可愛いと思ったから。


 僕の前に座る女の子は、とても口下手だけど、顔には出るらしい。

 嬉しそうにウエイトレスを目で追いながら、あさりの和風パスタを心待ちにしている姿は、絵本を見ている時のように純真で、見てると胸がきゅっとなる。

 怒っている様子もなくて、少し安心した。


 程なくして運ばれてきた、塚瀬さん念願のパスタと、僕にとって不本意なパスタ。

 僕にとっては「反省しろ」と言われているような、酸味のある夏の味だった。

 ……意外と、悪くない。パスタにこのオクラの食感は癖になるかも。


 でも食べながら気付いたんだ。

 自転車が……図書館にある。また炎天下を歩くことになる。

 トマト味の溜息をきそうな僕とは対照的に、満足げな塚瀬さんが、パスタを巻きながら呟く。


「図書館…………食べてから」

「え?」

「また、行きたい」


 ……今日の塚瀬さんはすごい。

 僕はやられっぱなしだ。


「そうだね、今度はゆっくり見よう」


 午後の予定も決まって、何だか幸せな気分の日曜の昼だった。

 これで期末テストさえなけりゃあ、もっといいのに。

 でもそれは、高望みし過ぎなんだろうな。きっと。


―― つづく ――


 

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