アポ無し

 ロシーボが朝一番にウィーナの執務室へ行こうとしたら、ウィーナ直属の部下・ファウファーレに行く手を阻まれた。


「一体何の用?」


 ファウファーレがロシーボを見下ろして言う。


「あの、ウィーナ様に話したいことが」


「だって面会の予定ないでしょ?」


「緊急だから」


「私が聞くわ」


「いいよ。ウィーナ様に直接話したいんだよ」


 ロシーボがムッとして言った。


「私が取り次ぐから。ルールは守ってちょうだい」


「あの、俺、一応君より先輩で上司なんだけど……」


「何?」


 ファウファーレがゴミを見るような見下した目つきで凄む。


「いや、何でもない」


 ロシーボは困ったような顔つきのまま、そそくさとその場を去っていった。




 しばらくして、今度はヴィクトが足早にやってきた。


「おはようございます。どのようなご用件でしょうか?」


 ファウファーレはにっこりと綺麗な笑顔を浮かべ、ヴィクトの行く手を塞いだ。


 ヴィクトは軽く笑顔を浮かべ挨拶を返した。


「ちょっとウィーナ様に」


「ヴィクト殿は……本日面会のご予定はありませんが、どのようなことでしょうか?」


「ああ、大丈夫大丈夫。ウィーナ様に直接話すから」


「申し訳ありませんが、事前の予定にないとウィーナ様はお会いになられません」


 ファウファーレは笑顔を作ったままヴィクトを拒絶する。


「大丈夫大丈夫。俺が言えばウィーナ様会うから」


 ヴィクトが足早に通り過ぎようとするところをファウファーレがディフェンスする。


「緊急のご用件なら、私が取り次ぎます」


「いや、緊急ってわけじゃあないんだけどね……」


 ヴィクトはコートのポケットに両手を突っ込み、ばつが悪そうに漏らした。


「ならルールを守って頂かないと困ります。朝はウィーナ様はご多忙ですので」


「分かった……。申し訳ない。また改めて」


「伝言よければお伝えしますが?」


「いや、大丈夫」


 ヴィクトは会釈してきびすを返した。


 彼は内心、組織が大きくなり過ぎて仕組みが窮屈になってしまったと思っていた。


 しかし、実際ファウファーレはウィーナの側で上手くサポートしているのであまり文句も言えなかった。




 この僅かな時間に、ファウファーレは平従者のビートを呼びつけた。


 ビートは、ウィーナの給仕や護衛(意味なし)、魔動車まどうしゃの運転手、その他身の周りの雑用など、付き人的な仕事を担っている男だ。


「もうすぐ身支度終わるから、ウィーナ様の車、裏口につけといて」


「分かりました」


 ビートは足早に階段を下りていった。




 そうこうしている内に、またロシーボがやってきた。


 今度は自称ロシーボ隊の副隊長であるシュドーケンを伴って。


「一体何? アポなしじゃダメだって言ってんでしょ? ウィーナ様は、超っ! 忙しいの!」


 ファウファーレが腕を組んで仁王立ちした。


 ロシーボが先程と同じく困った顔つきでシュドーケンを見る。


 するとシュドーケンは眉間にしわを寄せて一歩前へ出てきた。


「おい、一体何の権限があってウィーナ様への対面を制限してる」


「権限も何も、ウィーナ様のご命令よ」


「何勝手なこと……」


「あら? このことに関してはウィーナ様から各隊長へ伝わってるはずだけど。幹部会議で」


 ファウファーレがロシーボの方を見た。『まずい』と言わんばかりに目を逸らすロシーボ。


 これに関してはファウファーレは決して嘘は言っていない。


 この間発せられた辞令によって、ファウファーレはウィーナの『秘書官』に任命され、正式にその肩書きが付いた。ウィーナが多忙極まるため、ファウファーレのところで要件を取りまとめ、重要度に応じて取り次ぎを行うのだ。


 また、面会のスケジュール管理もファウファーレが組むこととなる。


 結局、組織が大きくなるにつれてウィーナに会おうとする者も増えていき、彼女自身がパンクして間違いや記憶違いを連発するようになったため、仕組みを変えたのである。


 勝手に通したら叱責を受けるのは寧ろファウファーレの方であった。ファウファーレとしてはこの仕組みをしっかりと組織に定着されなければならない。


「そうだったんですか……?」


 シュドーケンが面食らってロシーボに尋ねた。


「ごめん、忘れてました!」


 ロシーボは気まずい思いを胸いっぱいにして答えた。勢いを削がれるシュドーケン。


「で、一体何があったの?」


 ファウファーレが問う。


「お前に話すようなことじゃない」


 シュドーケンは何とか気を取り直して言う。


「私はウィーナ様の耳になるよう仰せつかってるのよ。何か問題あって?」


 ファウファーレが反論する。するとシュドーケンが本格的に苛立ち始めた。


「……お前、管轄にスピード出世したからっていい気になるなよ。俺をただの管轄従者だと思ったら大間違いだ。俺だってウィーナ様の信任を受けて、直々にロシーボ隊の副隊長に任命されてるんだ。お前が隊の運営を不当に阻害してるって問題にする力だってあるんだぞ、この俺には」


 それを聞いたファウファーレは面倒臭そうに溜め息をついた。


「その手の嫉妬ややっかみにはもう慣れてるわ。いい歳したオッサンがこんな小娘相手に……。自分で情けないって思わないの? 先輩?」


 ファウファーレが本心からの言葉を吐いた。それに、ウィーナからは『このウィーナの秘書をやるからには、売られたケンカは買うように』と厳命されていた。


「な、何だと貴様!?」


 シュドーケンは禿げた頭頂部を真っ赤にし、青筋を立てて怒り始めた。


「ま、まあまあ二人とも! 落ち着いて。よく考えたらそんな緊急の話じゃなかった! 出直そう出直そう!」


 慌ててロシーボが二人の間を取り持つが、両者聞く耳を持たない。


 そのとき、いがみ合う彼らの脇をスッと一人の人影が通り過ぎた。


 ヴィクトである。


「あ」


「あ」


 ファウファーレとシュドーケンが気付いたときはもう遅かった。


「ウィーナ様、失礼します!」


 ヴィクトは扉を開け、颯爽とウィーナの執務室に入っていった。


「シュドーケンさん……」


 ロシーボの弱々しい呼びかけに応じ、シュドーケンは唇をへの字に結んで「まあ、分かりました……」と言ってロシーボと共に足早に去っていった。




 すぐに執務室からヴィクトが出てきた。


「あの、勝手なことをされては」


「お疲れ! 頑張れよ!」


 ヴィクトはファウファーレの話を最後まで聞かずにそそくさと行ってしまった。


<終>

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