やるせなき脱力神番外編 ロシーボ隊 断片集

伊達サクット

特別研修

 冥王軍がとある地方領主の屋敷の敷地を借り受けてしつらえた処刑場には、ぞくぞくと見物人が集まってきていた。


 悪霊グレートペコポヨの家族、親類縁者一同を処刑するための処刑場。


 その処刑場の前に集まる六名の男達。


 工兵服姿でバイザーの付いたヘルメットを被った男・ロシーボ。


 その脇に立つ、禿げた頭頂部に側頭部の髪を長く伸ばし、ゴーグルを装着した、左腕が金属製のギミックアームである中年男性・シュドーケン。


 シュドーケンはロシーボ直属の管轄従者で、自称『副隊長』。隊長としての能力に欠けるロシーボの代わりに部隊運営のほとんどを取り仕切っている。


 その二人の前に集まるのは四人の平従者達。みんな揃って沈鬱な顔をしている。


「……では、そろそろ参りましょうか」


 シュドーケンがロシーボに目を流すと、ロシーボは「うん、そうだね」と返し、平従者達に向き直った。


「じゃあ、行こうか」


 ロシーボが険しい表情を作って言うと、平従者達は静かにうなずき、中庭の周りを幕で囲った処刑場へと歩みを進めた。


 今回、この処刑場まで足を運んだ趣旨は、冥界人が悪霊になった場合、その家族達はどのような目にあうのか。それを平従者達に戒めとして見せるためだった。


 これは一部の幹部従者と管轄従者しか知らないことだが、ワルキュリア・カンパニーの戦闘員が悪霊化した。ジョブゼ隊のレミファという女だった。


 すぐさまジョブゼ自らが討伐に当たり、何とかその霊魂は冥王軍に気取られることなくウィーナの元に運ばれ、浄化されるに至った。レミファの身内は処刑を免れた。


 ロシーボは自分の隊で似たようなことが起こったら大問題だと心配になり、改めて冥界人が悪霊になることの恐ろしさを部下に伝えて悪霊化の予防を図ろうとした。


 今回の目標である悪霊グレートペコポヨの退治に関しては、ロシーボ隊が担当した。そしてロシーボは部下を引き連れグレートペコポヨと戦闘、これを捕獲し、難なくミッションを成功させた。


 しかし、精神的にきついのは、どちらかというと悪霊グレートペコポヨとの戦闘より、この後の身内の処刑だ。こちらの方がよっぽど精神的にくるものがある。


 繰り返しになるが、悪霊グレートペコポヨは冥界人が悪霊化したものである。もちろん、すぐさまグレートペコポヨの家族や親戚達は冥王軍によって捕えられ、処刑場に引きたてられた。


 自分達が達成させた任務がどのような影響を及ぼすのか。それを見せる為にロシーボとシュドーケンは平従者達を引き連れてここにやってきたのだ。



 ~二週間前~


「シュドーケンさん、この前の、ジョブゼ隊のレミファって人が悪霊になっちゃったってやつ……」


「ロシーボ殿、声が大き過ぎます」


「あ、ごめん」


「で、それが?」


「今度の任務、冥界人が悪霊化した奴じゃん?」


「はい」


「グレートペコポヨの身内は全員処刑されることになる。それを新人に見せようと思うんだ。冥界人が悪霊になったらどうなるかってとこを」


「う~ん、それを見せたからといって、あまり効果があるとは思えませんが……。それに、ロシーボ殿に悪意はないってことは分かってますが、部下からしてみれば自分達が任務で死ぬこと前提で『悪霊にはなるなよ』って言われてるのかと受け取られかねません」


「そうか……、それまずいな。じゃあやめとこうか」


「いや、冥界人の悪霊と戦うってことは滅多にありませんから、いい機会だとは思います。まあ、社会勉強って感じで、希望者には見せてもいいんじゃないですかね。少数であれば」


「なるほど」


「ときに、ロシーボ殿はもしウチの隊から悪霊が出たらと心配なのですよね?」


「うん……少し」


「悪気があって仰ってるわけではないのは重々承知ですが、隊長として、その気持ちは見せないようにしなければなりませんぞ。あくまで、今度の任務をきっかけにして、自分達が達成した任務でどのような影響があるか、と。要は伝え方ひとつです」


「了解」



 冥王軍の兵士達によって処刑は執り行われた。


 連行されてきたのは悪霊グレートペコポヨの家族と親戚、計十八人。


 刑場の幕の中には、言い様の知れぬ熱気と寒気が共存していた。


 ロシーボや平従者達は思わず息を飲んだが、シュドーケンだけは平然とした様子を崩さない。


 周囲で見学するのは、残虐な刺激を求めてやってきた金持ちの好事家、冒険者や浪人の類、近場の村人、そしてこの場所を軍に提供した領主。


 そして見届け人として中央からやってきた軍の騎士や政府の中級役人。


 後は、同じく中央から派遣された執行後の祭事を取り扱う神官と、それに率いられた現地で駆り出された神父達。


 何の落ち度もない十八人が兵士達に連れられてきた。


 幕の中に響く阿鼻叫喚。悪霊はごく普通の百姓の生まれだった。よって十八人の家族・親戚もごく普通の百姓の一族。


 斬刑は処刑人である兵士達の手によって次々に執行された。首が次々に落とされ血しぶきが刑場を染める。兵士達は皆、見事な太刀筋で寸分の狂いなく首を切り落としていった。


 だが、中には腕の悪い兵士もおり、振り降ろした剣が首の骨の硬い部分に当たって弾かれてしまい、綺麗に首が落ちて即死できず、苦痛に呻きのたうち回る者もいた。腕の悪い兵士はその様子を見て、転げまわる受刑者の全身を五回も六回もやたらめったらブスブスと刺しまくり、ようやく殺すことができた。


 他の処刑人達は一滴の返り血も浴びずに受刑者の首を刎ねていたが、この兵士だけは全身が真っ赤に染まっていた。 


 あのように剣が下手くそな兵士に当たってしまった者は不運としか言いようがない。様子を見届けている騎士の一人が「ギロチン使えばよかった」と、渋い顔つきでぼやいていた。




 全員の首が落とされた後、神官達は彼らが悪霊にならないよう、厳重に祈りを捧げ、丁重に弔いの儀を行っていた。




 自分達が悪霊を捕獲したせいでこうなったという事実をまざまざと見せつけられた平従者達は、結局この後、組織を離れていった。


「あまり得策ではありませんでしたなぁ……」


 ある日、シュドーケンが溜め息混じりに、ロシーボにこう言った。


 処刑を部下に見せたことでロシーボは少し落ち込んでいたのだが、以外にも、シュドーケンはもっと落ち込んでいたようだった。


<終>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る