第32話 猫人、訝しむ
クエスト完了の手続きと報酬の受け取り、素材の売却と
西フルラン郡シレア村近隣に出没する、
今俺は、人化転身を解いたアンベル、エルセ、ヒューホと一緒に、シレア村に向かう乗合馬車の中にいる。幸い他の利用者はいない。四人全員、魔物の姿を見せていても、咎める者はいなかった。
「アンベル」
「どうした、ビト」
そんな中で、俺は憮然とした表情をしながらアンベルに声をかけた。愛用のメイスを磨いている彼女に、俺は小鼻を膨らませながら問いかける。
「なんでこの地方の仕事を受けたんだよ。さっきのことがあるだろう」
俺が話題に上げるのは、もちろん先程遭遇したクラウディア・ディ・サンドレッリのことだ。彼女らが帝都を出発したのと同日の出発、間違いなくこの進行方向の先には、サンドレッリ家の紋章が入った馬車がいるはずだ。
さっきのクラウディアの視線が脳裏によぎる。どこかで出くわしでもして、また嫌な目で見られたらたまらない。
だが、アンベルは何も気にしていない様子で、微笑さえも浮かべながら返した。
「何もないさ。ただ、今回の仕事が実入りが良かった、それだけの話だ」
そう言いながら、再び彼女は手元のメイスに視線を落とす。鈍い色で光るメイスは、よく手入れがされていて大事にされていることが伺える。
彼女の隣で、馬車の座面にぽてんと落ちているヒューホが小さく肩をすくめた。
「しょうがないんだよ、西フルラン郡はお抱えの冒険者を帝都への警護で出している。衛兵だけでは到底魔物への対処には足りない。そういう時に一般の冒険者を頼るのは、何ら不思議な話ではない」
ヒューホの言葉に、俺の隣に座って俺の脚に両前脚を乗せているエルセもうなずいた。大きな耳をぱたぱたと動かしながら言う。
「いろんな領地の魔物への対処の仕事が、冒険者ギルドに持ってこられるのも、そういう理由があってこそなのよ、ビト」
「衛兵は魔物を押し留め、ともすれば押し返すだけで精一杯だ。魔物の討伐を考えるにしては冒険者の力が要る。だが、領主の抱える冒険者だけでは人員が足りない。そこで、ギルドに話が来るわけだ」
アンベルもメイスを磨き終え、俺の方に顔を向けながら話してくる。黒い鼻先がまっすぐに俺へと向けられて、居たたまれなくなって視線を逸らす俺だ。
「まぁ。それは確かに、そうなんだけど」
「そうだろう。加えて西フルラン郡の辺境、中央フルラン郡との境に立つ村の仕事だ。衛兵たちもやりたがらない。こういう仕事にこそ、一般の冒険者のメリットがあるものだ」
俺の言葉にうなずいて、さらに言葉を付け加えるアンベルだ。そのまま視線を馬車の外へと向ける。
彼女の視線の先には中央フルラン郡の辺境地域の、緑豊かな森林が広がっていた。森の中を切り開いた街道は、昼でも少し暗い。その分涼しくて快適だが、しかし安心して馬車に揺られてもいられない事情があった。
ヒューホが座面から頭を持ち上げて言う。
「しかし、厄介だな。西フルラン郡から中央フルラン郡にかけての地域となると、
「だよね。それにこの辺の
そう、今回の依頼の討伐対象にもなっている
獣人だからと言って安心するのは大間違い、知恵が回る分
今回のターゲットである強盗団も、シレア村の倉庫から小麦粉や干し肉などの食料を奪うだけでは飽き足らず、村の女性たちを
だからこそ、俺達が退治に手を挙げたのだ。アンベルがうっすら笑いながら言う。
「だからこそさ。我々がその依頼をこなせば、力を示すいい機会になる。加えて今は帝都への顔見せの頃合いだ。
そう言いながら片目をつむってみせるアンベルに、俺は面食らった。
西フルラン郡内での仕事で、領主も持て余している地域。そこで恩を売る相手など、サンドレッリ子爵家以外にあるはずがない。もう一度眉間にシワを寄せながら、俺は問いかける。
「ギュードリン自治区の魔物のパーティーが、人間に恩を売ってどうするんだよ」
「言ってやるな、人の世を渡っていくには必要なことだ」
俺が文句をつけると、さらりと流しながらアンベルがひらひらと手を振った。この
ふと、馬車ががたんと大きく揺れる。そろそろ西フルラン郡へ入ったはずだ。
「さて、そろそろか?」
「そのはずだけど……あれ?」
エルセとヒューホも顔を上げ、馬車の外を眺め始める。と、エルセがひくりと鼻を震わせた。
森の中、微かに見えたのは人肌の色だ。その傍には獣人らしき生き物の毛皮も見える。どこかの冒険者が獣人相手に戦闘をしているなら気にも留めないが、明らかに様子がおかしい。
「ねえ、あれ」
「只事ではない様子だ……御者!」
ヒューホが馬車を走らせる御者に声を飛ばすや、馬がいなないて速度を落とす。馬車が停止するや否や、アンベル達が武器を手にして外へ飛び出した。
「行くぞ、すぐに助けに行く!」
「ああ、あれは見過ごせない」
「そうだね、無視できないよ!」
人間が獣人に襲われているという事実。冒険者として無視できるものではない。それは間違いない。
しかし、ああ。どうしてこうも俺達は
「ああ、もう!」
頭を掻きむしりたくなる衝動を抑えながら、俺も杖を握って馬車から飛び出した。
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