【※】第33話 猫人、絶句する
森の中に踏み込むと、下草を踏む音が一層大きくなる。だが同時に、人間達の悲痛な声もまた、大きくなっていた。
「やだっ、いやだぁぁっ!!」
「うぁっ、あぁぁぁぁっ!!」
悲鳴。
人間達は見たところ五人。一人は気絶しているのか、岩にもたれて動かない。
残りの、服や鎧を
その有様が僅かに目に入ってくるや、俺は息を呑んだ。
「あれは……まさか」
思わず足を止める。杖を握る手が震える。
あれはどう見たって、虎の
「間違いない、行為中だ!」
「ビト、急いで!!」
前方に飛び出し、
「我が手に
第四位階、
「グワッ!?」
「何ッ、ドコダ!?」
今の一発で二匹が死んだ。残る三匹も少なくない傷を負っている。そこにアンベルとエルセがそれぞれの武器で攻撃を加えていく中、リーダー格らしい白い毛皮の虎獣人が歪な人間語で叫んだ。
「構ウナ、続ケロッ!」
どうやら連中、俺達の相手をすることより襲われている人間達と致すことを優先するらしい。どうせ死ぬなら少しでも爪痕を、ということだろう。なんとも合理的で腹が立つ。
「させんっ!」
「女の敵め、覚悟ーっ!」
アンベルとエルセも怒り心頭、己の武器を盛大に振るった。アンベルのメイスが一人の虎獣人の
これで残るはリーダー格のあと一人。そいつも既に息絶え絶えだ。ならばと第一位階、
「冷たき刃よ、冷たき刃よ!」
普段の弾よりも大きく、鋭くなった氷弾が一直線に放たれ、リーダー格の
「ゴア……!」
断末魔の声を上げて、どうと森の地面に倒れていく
「これで……全部か?」
「そうみたいだね、他にはいない」
様子を確認していたヒューホもコクリとうなずいた。そうして彼は、足元に転がっているほとんど裸の人間達に目を向ける。
「あっ、あ……」
「あ、う……」
全員、生きてはいる。怪我をしているのは岩にもたれて倒れている一人のみ、後は血まみれでも返り血を浴びただけのようだ。
だが、返り血に汚れているだけならまだ良かっただろう。何しろ五人中四人が、身体のあちこちを
「ん?」
そして気が付く。俺は連中の顔に覚えがあった。アンベルに視線を投げながら声をかける。
「アンベル、こいつら」
「ああ、間違いない……『
アンベルもぎりと歯噛みをしながら首を振った。
先程冒険者ギルドですれ違った、サンドレッリ子爵家お抱えの『
主人を守る、という点ではいい仕事をしたと言いたいが、その顛末がこれではあまりにも救えない。
アンベルが倒れている連中の様子をざっと見てから、ヒューホと俺に声を飛ばす。
「ヒューホ、アンセルモは
「ああ」
「……分かった」
アンベルの言葉にヒューホと俺がうなずいた。確かに、女性陣の身体のあれこれを俺達がやるのは問題だ。
さっとアンセルモの方に飛んでいくヒューホを尻目に、俺は地面に両手をついてげえげえと吐いている、『
「げぇっ、げぇっ……」
「チェレスティーノ、生きてるか」
口の中にぶちこまれたものを吐き出すチェレスティーノの背中に手を置き、声をかける。俺の顔を見上げるチェレスティーノは、目に涙をいっぱいに溜めていた。
口の端からポタポタ垂れるよだれをそのままにして、チェレスティーノが震えながら言った。
「び、ビト……どうしよう、俺、あの虎どもに二匹がかりで」
「見ていた……ったく、マジかよ」
その言葉に、俺も視線を逸らすしかなかった。
つまりチェレスティーノには他の面々の二倍、魔物のそれがぶちまけられている。彼の身体はガタガタと震えていた。
「フローラも、イデアも、ティーナもヤられた……俺もだ……無事なのはアンセルモだけだ、ビト、どうしよう」
「落ち着け、チェレスティーノ。まだ
起き上がるや、俺の両肩を必死に掴むチェレスティーノに、俺はなだめる言葉をかけるので精一杯だった。
「旦那様は外聞を気にするお方だ、お抱えの冒険者が
「だから落ち着けって。魔物にヤられた奴みんなが
大声を上げるチェレスティーノに、俺は心の奥がチクリと痛む思いがした。
俺だってもちろん、
実際、魔物に犯されたからと言って必ず
と、チェレスティーノを見下ろす俺の後方から、ヒューホがぱたぱたと飛んできた。
「ビト君」
「ヒューホ、アンセルモはどうだ」
俺の肩に着地するヒューホに声をかけると、小さくうなずきながら彼は言った。その表情は、何とも沈鬱だ。
「回復は済ませた。じきに目を覚ますだろう……チェレスティーノ君はどうだい」
「無事っぽいが、錯乱している……そうだよな、他が一匹でヤってるのに、自分だけ二匹だなんて」
頭を抱えたままで震えるチェレスティーノを見つめながら、俺も小さく息を吐いた。正直、ああは言ったが錯乱するのは、全く分からないわけでもないのだ。
俺の肩から降りたヒューホが、チェレスティーノの背中に着地しながら言う。
「彼は
「うぅっ、あぁっ……」
涙を流したまま、チェレスティーノはヒューホの声にうなずいた。回復魔法第一位階、
ヒューホがチェレスティーノの背中に手を当てながら、静かに詠唱する。
「悪魔の毒よ、霧となりて消えよ。
唱えると、ヒューホが手を当てた背中の骨辺りから、黒いもやがふわふわっと飛び出した。このもやが多ければ多いほど、体内の異物が多いということになる。
だが、チェレスティーノの身体から出るそれは結構な量だ。背中から立ち上るもやを見ながら、俺は眉間にシワを寄せた。
「……こんなにか」
「よほど念入りに抑え込んだんだろうね、抵抗できないように……これは、全部は抜け切れていないかな」
ヒューホも苦々しい表情をしながら、チェレスティーノの背中から手を離した。
背中から飛び降りたヒューホに、地面に額をこすりつけるようにしながらチェレスティーノが懇願する。
「ヒューホ……何とかしてくれよ、俺、
その言葉に、またも俺の胸がチクリと痛んだ。
そりゃあ、彼としても
しかし、その
俺がもう一度視線を逸らす中、ヒューホがチェレスティーノの頭を撫でながら話しかける。
「っ……」
「チェレスティーノ君、気持ちは分かる、分かるけれども」
そんな中、川の方から足音が聞こえてきた。見ると鎧を脱いで、下着とズボンのみを身に着けた状態のアンベルがこちらに歩み寄って来ていた。
両手両足の毛皮は水に濡れて、毛の先からは雫が滴っている。女性陣の身体を洗うのを手伝っていたのだろう。
「そっちはどうだ」
「アンベル……その、どうだろう」
アンベルの言葉に、俺は目を伏せるので精一杯だった。正直、口に出すのもちょっと気分が悪い。
と、俺の反応で大方察したのだろう。深くため息をつきながら、アンベルが頭に手をやった。
「そうか。こちらもあまり芳しくはない」
「そうか。
アンベルの発言に、ヒューホが淡々と返した。あまりに淡々とし過ぎていて、思わず俺が彼の方を見たくらいだ。
そしてそれはチェレスティーノにとっても驚きだったのだろう。絶望に満ちた表情をして、アンベルを見上げていた。
だがアンベルは、力なく首を振った。
「まだ分からん。だが、獣化があるかは、今夜にでも血を見ないとならんな」
「そうか……」
彼女の言葉にヒューホも沈鬱な表情になった。確かに、いくらアンベルの舌が人間か魔物かを見分けることが出来たとして、妊娠しているかどうかまでは分からないだろう。
しかし、やはり
「くそっ、これだから
俺は地面に吐き捨てるようにそう言った。果たして『
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