第4章 ビトの憤怒
第31話 猫人、貴族を見る
ある日のこと。俺たち「
「腹減ったな。達成報告終わったら、何食べる?」
先程まで、ピント郡ガルラーニ山で暴れる
たくさん動けば、当然腹は減る。アンベルもエルセも先程から、腹の虫が空腹を訴えてくうくう鳴いていた。
「先程狩った
「いいね、肉質も良かったから、きっと美味いぞ」
アンベルが肩に担いだ保存袋を持ち上げると、ヒューホも同意を示しながらうなずいた。
仕事終わりに美味しい肉を食べて英気を養う。最高ではないか。エルセもニコニコと笑いながら声を上げる。
「そうと決まればさっさと――あれ?」
そう言いながら依頼受付カウンターの方に走っていこうとしたエルセだが、すぐに足を止めた。見れば何やら、カウンターの前が騒がしいし人だかりができている。
「エルセ?」
「む、ビト、端に寄れ」
何事か、と俺が声を上げると同時に、その騒ぎの主に気がついたアンベルが俺の肩に手を置いた。そのままくいと後ろに引かれ、結果的に正面扉の前を開けることになる。
すると依頼受付カウンターの前でやり取りをしていたらしい集団が、こちらに歩いてきた。同時にカウンターの前でその集団を取り囲んでいた、数多の冒険者がさっと道を開ける。
こちらに歩いてきたのは、やたらと派手な装いをした若い女性だった。結い上げられた黄金色の長い髪。磨き上げられた大理石のような白い肌。キラキラと輝かんばかりのドレス。
育ちの悪い俺でもひと目見て分かる。
「それでは、皆様。またよろしくお願いいたしますわね」
「お任せ下さい、クラウディア様」
「我々が無事にご領地までお送りして差し上げます」
クラウディアなる貴族の女性が、後ろについて歩く冒険者のいちパーティーへと声をかける。パーティーの方も勝手が分かった様子で、クラウディアへと返事を返しつつ頭を下げていた。
そのまま、通り過ぎていくクラウディアと冒険者を、邪魔しようという人間はいない。と、俺たちの横を通り過ぎようかというところで、クラウディアの視線がフードを目深にかぶった俺たち四人へと向いた。
その時の俺たちを見る目は、何と言えばいいか、すごく驚くような、ぎょっとするような眼差しだった。
だがそんな感情をあらわにするわけでもなく、誰に邪魔されることもなく彼らは正面扉まで到着し、冒険者の一人がうやうやしく開いた扉を開けて、集団はギルドの建物から出ていった。
扉が閉められ、姿が見えなくなったことを確認して、ようやくギルド内の空気が普段どおりの雑多なものに戻る。再びざわざわとし始めたギルドの中で、アンベルが小さく息を吐きだしつつ言った。
「珍しい現場に居合わせたな」
「今のって……貴族だよな?」
アンベルの顔を見上げながら俺が問いかけると、彼女はこくりとうなずきながら口を開いた。
「アンブロシーニ帝国西フルラン郡を治めているサンドレッリ子爵家のご息女、クラウディア・ディ・サンドレッリ嬢だな。おそらくは年に一度の皇帝陛下への顔見せ、その帰りだろう」
「同行していたのは『
アンベルに続いて、ヒューホも腕を組みながら話す。
アンブロシーニ帝国の貴族は、年に一度、首都ザンテデスキへとやってきて皇帝陛下に顔見せし、一年間の領地運営の状況報告をすることが義務付けられている。あのクラウディアも、そのために領地から出てきてここに来たのだろう。
だが、貴族がこんな、冒険者ギルドの建物内にまでやってくるとは。ご苦労なことだ。
「……ふーん」
「ビト、どうしたの? そんなむすっとして」
扉を見つめながら俺が眉間にシワを寄せていると、エルセが不思議そうな顔で俺を見上げてくる。
その問いかけを聞いて俺はハッとした。しまった、顔に出ていたか。慌てて表情を戻すと、俺の隣でアンベルが肩をすくめる。
「仕方がないさ。冒険者の中で貴族に良い感情を持たない者は、珍しくもない」
「基本的に自分たちとは別世界の人間だからね。そうもなるさ」
アンベルの横でヒューホもうなずく。
確かに俺たち一般の冒険者にとって、貴族は正しく別世界の住人だ。自分たちでは絶対に住めない豪邸に住み、自分たちとは比べ物にならない良い生活をしている。自分であくせく働くこともしない。そういうものだ。
それは分かっている。俺だって一応はアンブロシーニ帝国の国民だから、貴族がどういう存在で、俺たち平民がどう接するべきかも理解している。しかし、それはそれとしてさっきの俺を見る目は、どうも気に入らない。
「別に、俺だって毛嫌いしているわけじゃないさ。だけど……さっきの貴族の、俺を見る目が」
「ほう、何か感じたか?」
俺の言葉にアンベルが目を見開いた。なるほど、どうやらあの目つきを見たのは俺だけだったらしい。
しかし、この話題であれこれ引っ張ってもよくないことだ。話題を変えるべく俺はヒューホに視線を向ける。
「ヒューホ」
「なんだい」
俺が声をかけると、ヒューホは小さく微笑みながら返してきた。そんな彼に、僅かに目を細めながら俺は声を問いかける。
「あの冒険者たちが貴族のお抱えなら、なんでここにいたんだ?」
そう、先程のヒューホの話が真実なら、あの冒険者パーティー「
俺の疑問に、ヒューホが小さく笑いながら答えた。
「そりゃあ、貴族のお抱えパーティーだからといって、冒険者ギルドから離脱するわけにはいかないからね。
ヒューホの話すところによると、お抱えというのはあくまでもその家と仲良くさせてもらい、優先的に仕事を振ってもらうだけの間柄だということだ。
つまり、連中も普段の生活をするためには冒険者ギルドに来て依頼を受け、日銭を稼がないとならないわけであり。それなら確かに、冒険者ギルドにも来るわけだ。アンベルがからからと笑う。
「まあ、『
「貴族のお抱えでも、冒険者ギルドから出される仕事をやるのが普通なのよ。だって年に一度の領地と首都の行き帰りの警護と、領内の魔物退治だけじゃ、暮らしていけないでしょ?」
エルセもアンベルに同調しながら俺を見た。
なるほど、言わんとすることは分かる。一年に一度の護衛任務と、そこまで広いわけではない領地内の魔物退治。それだけで生活が成り立ったら、それはその領地内が
納得しながら、俺はもう一度正面扉の方を見た。既にクラウディアは去った後なのだろう。普通に一般の冒険者が出入りしている。
「なるほど……そうか」
「そういうことだ。だからお呼びがかかった時にはすぐに駆けつけ、それ以外では普段の仕事をするのさ」
俺が言葉を漏らすと、アンベルが俺の肩に手を置きながら言った。そういうことなら、あの冒険者たちがここにいて、クラウディアがここにいたことにも説明がつく。
と、そこでくいとアンベルが俺の肩を引く。そちらに視線を向ければ、肩に担いだままの保存袋を持ち上げた彼女がいた。
「さて、私たちは私たちの仕事をするぞ。クエスト達成を報告して、腹ごしらえをしたら次の仕事だ」
そう言いながら改めて、アンベルが依頼受付カウンターへと歩いていく。エルセとヒューホもさっさと、アンベルの後を追ってそちらに向かっていった。
置いていかれる訳にはいかない。アンベルの高い背を追いかけて、俺も小走りでギルドの床を蹴った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます