第30話 猫人、期待される

 ヴィルガ村に戻って、大々的な宴会を行って、翌朝。俺たち四人は冒険者ギルドの手配した馬車に乗って、帝都ザンテデスキに向かっていた。もちろん、クエスト達成の報告のためだ。

 だが、こうして今馬車で向かっているのは、俺たち「眠る蓮華ロートドルミーレ」と「青き旋風ヴォルティチェブルー」だけだ。他のパーティーはまだヴィルガ村に留まっているか、乗合馬車を使ってピント郡の郡都、モッサーリに向かっているはずだ。

 勇者のいる「青き旋風ヴォルティチェブルー」と違い、俺たちは一般パーティー。ここまでの特別対応は、どう考えても俺が大活躍したためだろう。


「……」


 ギルド本部の手配してくれた早馬車はやばしゃは、通常の馬車よりも速度を出せる。結果、窓の外の風景がどんどん変わる。それを見ながら、俺は眉間にシワを寄せていた。


「ねービト、どうしたのさっきから」


 隣りに座ったエルセが、不思議そうに俺を見てくる。ともすれば俺のひざに乗ってきそうな彼女を見て、アンベルが小さく息を吐いた。


「あまりツッコんでやるな、エルセ」

「知古の相手と偶然会って、その相手が自分より格段に出世していたんだ。気落ちもするだろう」


 アンベルのひざの上で落ち着いているヒューホも、俺を見ながら困ったように笑っている。

 仲間の方にちらと視線を向けて、俺はむっとした表情を浮かべた。

 確かにマヤが勇者パーティーに所属しているのは予想外だった。査問会の結果も公表され、「銀の鷲アクィラダルジェント」はBランクに降格の上、シルビオとマリオもB級への降格が決まっている。だが、俺が悩んでいるのはそこじゃない。


「そんなんじゃない」

「じゃーなんなのよ、そんなゆううつそうな顔してさ」


 俺の言葉に、エルセが小さく口をとがらせる。彼女の角の生えた頭を軽くなでながら、俺はぽつぽつと言葉を吐き出した。


「俺、アンベルたちと出会うまで魔物の集落で暮らすつもりでいたし、パーティーに入れてもらってからも三人に隠れて、目立たないように過ごすつもりだったんだ」


 そう、元々俺は、冒険者の身分も人生も手放して、魔物として生きていくつもりでマヤと別れたのだ。それが特殊レアスキル「連鎖開放」の力に気が付き、魔法のスキルレベルが上げられることに気が付き、結果的に「眠る蓮華ロートドルミーレ」の目に留まった。

 正式に加入してからも、S級冒険者である三人に隠れるようにして動くつもりだった。当時はまだC級だったし、俺と違って完全な魔物である三人に紛れていれば、俺の半人間メッゾらしさも隠せるのではないか、と思っていた。

 だが、結果として俺は、パーティーの中で一番目立つやつになってしまったのだ。


「目論見が完全に崩れて、これからどうしようって、ゆううつなだけだ」


 本当に、これからどうしよう。隠れて生きていたかったのに、もう隠れようがない。

 俺の言葉に、腕を組みながらアンベルが言った。


「まあ、そうだろうな」


 その言葉に、馬車の中にいる全員の視線がアンベルに集まった。彼女の言葉に異を唱えるものは一人もいない。

 一つ一つ、事柄を確認するように言いながら、アンベルが話す。


「神獣ノールチェ殿の結界魔法による鎮圧。イヴァーノ殿との共闘。第十位階の結界魔法を倒れずに発動。どれもこれもB級の魔法使いソーサラーには過ぎた偉業いぎょうだ。A級昇格試験の免除も有り得る」


 彼女の言葉に、俺は口をつぐんだ。

 確かに、こんなことB級の冒険者が・・・・・・・出来るはずもない・・・・・・・・。何かしらの不正、あるいは誇張こちょうが入っていると疑われてもおかしくないが、今回は大規模戦闘レイドの中での出来事だ。証人など山のようにいる。

 俺が静かになっていると、アンベルは微笑みを浮かべながら俺に視線を向けた。


「だが、その偉業があるからこそ、ビトの獣人の姿には説得力が生まれる。ビト・ベルリンギエーリが獣の姿をあらわにしている時は、あらゆる第十位階の魔法が飛んでくることの証左しょうさだ。故に、私たちがお前を隠すことにも意味がある」


 彼女の言葉に、俺は目を見開いた。

 そう、俺が人化転身を解いて獣人の姿をあらわにしているということは、どんな魔法が唱えられてもおかしくないということなのだ。何しろ基本の六属性どころか、根源魔法と結界魔法までも全て使える俺なのだ。相手からしたら、これほど恐ろしい魔法使いソーサラーもいないだろう。

 ヒューホがパタパタ飛んできて、俺の肩に手を置きながら言った。


「そうだ。ビト君がフードを深くかぶる。それを僕たちが隠す。そうすれば周りの冒険者は、もしかしたらビト君のフードの下には、獣の頭があるかもしれない、そう考えるだろう。それはこの上ない威圧感だ」

「そうだよねー、隠れているからこそ、あたしたちに隠されているからこそ、皆はビトが既に本気かもしれない、って思うのよ」


 エルセも一緒に、俺のひざに手を置きながら言う。

 彼ら彼女らの言葉に、俺はようやく納得した。俺がフードとローブで姿を隠しているということは、俺が獣人姿になっていることを隠すだけではない、俺がどこまでの魔法を使える状態でいるかを隠すことになるのだ。

 となれば、俺がアンベルたちの影に隠れ、フードを被り、隠れるように行動することにも意味がある。冒険者たちに意味を持たせることも出来るのだ。


「……そうか……なるほど」

「ああ」


 俺の漏らした言葉に、アンベルがうなずく。そして彼女は、こちらに身を乗り出しながら言ってきた。


「だからビト、隠れたいなら遠慮なく隠れろ。フードも被れ。私たちの後ろに回れ。それがお前を、何倍にも強く見せる」


 彼女の力強い言葉に、俺は胸の内が熱くなるのを感じた。

 頼れる仲間がいる。頼っていいと言ってくれる。こんなにも嬉しいことはない。言葉に詰まりながら、俺は三人に笑みを向けた。


「ああ……これからも、頼らせて、もらう」

「うん」

「どんどん頼ってくれていいよ」


 エルセとヒューホが返事を返しながら俺へと触れる。その体温がとても温かかった。

 と、馬車ががたんと揺れて、規則的な音を立て始めた。今までの土がむき出しの道から、石畳で舗装ほそうされた道に入ったのだろう。ザンテデスキが近づいてきたことの証だ。同時にアンベルが窓から外を見ながら言う。


「おっと、ザンテデスキの町が見えてきたか」

「早いねー、さすがギルド本部の手配した早馬車」

「『青き旋風ヴォルティチェブルー』と『眠る蓮華ロートドルミーレ』への特別対応だからね、僕たちへの期待のほどがうかがえる。これからまた忙しくなりそうだぞ」


 エルセが感心したように言うと、ヒューホも笑いながら話した。彼の言葉は忙しく、と言いながらもなんとも嬉しそうだ。冒険者にとって忙しいことは何よりもありがたいことだ。

 どんどん帝都が近づいてくる。冒険者ギルドに行ったらまた新たな仕事が舞い込んでくることだろう。もしかしたらギルドからの指名の仕事もあるかもしれない。


「忙しくなるか?」

「ああ、そうだろうな。これからもよろしく頼むぞ、ビト」


 アンベルに問いかければ、彼女は大きくうなずいて俺に手を差し出してくる。

 アンベルの、肉球と硬い爪を備えた手を握り返しながら、明日からの新たな日々を思って、俺はこのパーティーでますます活躍してやるのだ、と気持ちを引き締める。

 帝都の南門が近づいてきた。門ではアンブロシーニ帝国の旗がはためき、帝国の紋章が俺たちを見下ろしている。その向こう、空の上では、さんさんと照る太陽が俺たちを暖かく出迎えてくれていた。

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