第29話 猫人、神獣と話す

 やがて俺のMP魔法力が底をついて、遮断殻シャットアウトシェルターが解除される。しかし動けなくなった間に頭が冷えたのか、「颶風帝ぐふうてい」ノールチェはこれ以上暴れることをしなかった。

 いつもの少年らしい口調に戻ったイヴァーノが、ノールチェに歩み寄って言う。


「ノールチェさん、落ち着いた?」


 イヴァーノが声をかけると、本来の状態に戻ったノールチェが大きく頭を下げる。そして優しそうな目つきで、眼下の勇者を見た。


「うむ……頭は冷えた。『青雲の勇者』よ、よくぞ私を殺さずに抑えてみせた」

「僕の力じゃないよ、そこの魔法使いソーサラーの彼のおかげだ」


 ノールチェの言葉にイヴァーノが首を振った。そしてそのまま俺の方を見てくる。

 なんだろう、確かに俺が抑え込んだのは事実ではあるけれど、こうして抑え込んだ相手から言われると、変に照れる。

 くすりと笑いながら、イヴァーノがベルナデッタへと視線を向けた。


「ベルナデッタ、どう? 死んだ人は何人出たかな」


 負傷者の取りまとめを行っていたベルナデッタがうなずいた。手元に記した紙を見ながら、結果を報告する。


「はい、イヴァーノ。死者4名、重傷による離脱者7名。死者こそ出ましたが、近隣の村への被害がなかった時点で大成功です」


 そう話して、うっすらと笑うベルナデッタだ。死者が出たことを報告しているのに、その声色はいつもどおり淡々としている。

 だが、死人が出たのは事実なのだ。ガウディーノ、エミリオ、ルイジ、フランチェスカ。いずれもA級以上の優秀な冒険者が。

 ノールチェが申し訳ない様子で目を伏せる。


「そうか……殺してしもうたか」

「『銀の鷲アクィラダルジェント』の3人も含めると、7人ね。でもまぁ、近隣の村の人が誰も死ななかったから、それでいいでしょ」


 悲しそうに話すノールチェに、あっさりした様子でイヴァーノは返した。自分の仲間の命が散ってもなお、彼はいつものように気楽に、気丈に話す。

 ふと、イヴァーノの手がノールチェに触れた。ノールチェの血まみれになった爪に触れながら、彼は謝る。


「ごめんね、ノールチェさん。本当にごめん。ノールチェさんの割れた卵はもう帰ってこないのに」

「私の方こそすまぬ。力のある若者の生命を、私は奪ってしまった」


 対して、ノールチェもイヴァーノに、そして俺たちに頭を下げた。

 もう、戻ってこないのだ。ノールチェの卵も、殺された7人の冒険者も。

 だが、戻ってこないことを悔やんでも仕方がないのだ。冒険者とはそういうものだと、誰しもが分かっていることだからだ。

 イヴァーノの手に鼻先を寄せながら、ノールチェが話す。


「だが、勇者よ。お主が勇者なら、この国の冒険者の集いにはよくよく言って聞かせておくれ。神獣の巣に触れるなと。ましてや卵に手を触れるなど、あってはならないことだと」

「うん、ちゃんと伝える。卵を盗んだ冒険者には、厳しい裁きが下されるはずだから」


 優しい、しかし淡々と伝えられる、神獣からのお願い。その言葉に異を唱えるものは一人もいなかった。

 実際、「銀の鷲アクィラダルジェント」がやらかしたことは誰の目からしても悪なのだ。罰せられないわけがないし、冒険者ギルドからも厳しい注意喚起が冒険者に行くだろう。


「そこについてはそちらに頼む。それと……そこの、結界使い」

「え、俺?」


 と、ノールチェがぐるりと首を動かした。その視線の先には俺がいる。

 まさか声をかけられるとは思っていなくて、俺の口から思わず気の抜けた返事がもれた。

 というかどうやら、ノールチェの中では俺は結界魔法の使い手と認識されているらしい。確かに今回の大規模戦闘レイドでは、結界魔法ばかり使っていたが。

 自分に指を向ける俺の顔を見ながら、ノールチェがうなずいた。


「そうだ、貴様だ。私を見事に抑え込んでみせたな。よもや結界にあのような使い方が出来るとは、思いもよらなんだ」

「あ……あれは、俺もとっさに思いついて」


 結界の使い方を褒められて、かーっと顔が熱を持つ。今の俺は全身毛だらけだから肌が赤くなっているのは分かりにくいだろうが、それでも顔が熱くなっているのはよく分かる。

 わたわたしながら返事を返す俺を優しく見ながら、ノールチェが俺へと顔を近づけた。俺の間近に寄りながら口を開く。


「貴様の魔力に直に触れた。濃密な、よい魔力だ。まだ荒削あらけずりだが、後々優れた魔法使いになれよう」

「お、おお……その……」


 神獣からのお墨付きの言葉。冒険者としては最上級の栄誉に、俺はもう言葉が出てこない。

 まさか、褒められるどころか、こんな言葉をかけられるだなんて。半月前の俺からしたら考えられなかったことだ。

 ふと、隣に立っていたマヤが俺の背中に手を置く。顔を寄せてきながら、彼女はにこやかに言った。


「よかったね、ビト」

「マヤ……」


 マヤの言葉に、ようやく俺は実感した。俺は、俺自身の力でやり遂げたのだ。成功したのだ。

 アンベルが満足したように、腕を組みながら言う。


「そうだろう、ビト・ベルリンギエーリの名は、これからますます大きくなる。神獣を殺さずに抑え込み、鎮圧した魔法使いとしてな」

「君の魔法は本当にすごいよ。神獣にも認められたんだ、自信を持っていいさ」

「うんうん、A級やS級にも、すぐになれるって!」


 ヒューホも、エルセも、嬉しそうに話している。その言葉には疑念も、ためらいも無い。心から俺を褒めて、心から俺の成長を見込んでいた。

 ここまで言われたら、俺も何も言えない。ノールチェに向き直って、おずおずと口を開いた。


「そ、その……ありがとう」

「うむ、誇れ誇れ。私を殺さず無力化するなど、並大抵のことではないぞ」


 俺を見る目を細めながらノールチェが微笑んだ。それをきっかけに、また周囲の冒険者たちが俺を取り囲む。

 また再び俺を囲んでの賞賛の嵐が始まる中、ノールチェがばさりと翼を羽ばたかせた。その翼が起こす風に、荒々しさはちっともない。


「さて、私はそろそろ巣に帰る。新しい卵も早急に作りたいが……あの方は未だ山に戻ってこない」


 ノールチェがヴァヴァッソーリ山を見上げながら言った言葉に、俺は目を見開いた。

 魔物はよほどのことがない限り、つがいになったり特定の相手を持ったりしない。そもそもが大地から自然に生まれてくるから、交尾の必要がないのだ。


「あの方……って、え、決まった相手がいるのか?」

「神獣ならばつがいがいることもあり得るな。ノールチェ殿の伴侶となると、私も記憶にはないが……」


 アンベルが視線を空に向ける。俺も孤児院にいた頃からアンブロシーニ帝国にいるが、ヴァヴァッソーリ山の神獣はノールチェしか知らない。相手がいるなど、思いもしなかった。

 と、そこでイヴァーノが手を上げた。


「僕のお父様に声をかけようか? ノールチェさんが困ってるなら、力を貸してくれるかも」

「へ? お父様?」


 唐突にそんなことを言い出す勇者に、俺がきょとんとしながら声を漏らした。

 だが、「青き旋風ヴォルティチェブルー」の面々だけではない、他の冒険者たちも納得した様子で、「その手があったか」と口々に言っている。

 話についていけていない俺に、治癒魔法で再生した腕をひらりと振りながら、カミロが小さくため息を付いて言った。


「なんだ、ビト。知らなかったのか? イヴァーノは神獣と人間の間に生まれた半人間メッゾだぞ」

「イヴァーノ君の耳と尻尾、見えるだろう? ドラゴンのそれだよ」


 続いて声を発したのはヒューホだ。イヴァーノのそばに飛んで、彼の頭の横についた三角耳をつついてみせる。

 その言葉に、俺の目はまん丸になった。半人間メッゾだということは知っていたけれど、まさか神獣と人間の間に生まれた半人間メッゾだったとは。道理で強いわけだ。

 思わず俺の口から、気の抜けた声が漏れる。


「えぇ……!?」

「ははは、同じ半人間メッゾでも、僕はちょっと事情が違うからね! お父様とお母様は、ちゃんと恋愛して僕を生んだんだよ」

「ふふふ……」


 イヴァーノがからからと笑いながら言うと、ノールチェが小さく笑って身体を持ち上げた。そのまま彼女は、ヴァヴァッソーリ山の山頂に向かって飛んでいく。

 俺たちは飛び去っていくノールチェを見送りながら、晴れやかな気持ちで空を見ていた。と、その時。


「ねえ、ビト?」

「うん?」


 隣のマヤが俺の名前を呼んだ。ふとそちらに顔を向けると、俺の口にマヤが口吸いキスをする。

 明らかにくちびるが触れ合った。思わぬタイミングでのキスに、俺のほほがまた赤くなる。


「あっ……」

「へへへ、よかった。あれが最後にならなくて……」


 口を離したマヤが笑う。そうか、俺がマヤと別れた時のキスの事を言っているのか。

 確かに再び出会えた。こうして勝利を分かち合うことも出来た。そして、キスすることも出来た。これは、間違いなく俺が「眠る蓮華ロートドルミーレ」と出会えて、仕事をできるようになったからだ。


「ビトのおかげよ、本当にありがとう」


 マヤがそう言うや、ぎゅっと俺を抱きしめる。その久しぶりの体温と、抱きしめられる感触に、久しぶりに俺は身体が棒のようになるのだった。

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