第26話 猫人、戦いに臨む

 俺たちが「青き旋風ヴォルティチェブルー」と出会ったその翌日までには他のパーティーも集合し、その日の翌朝。

 ノールチェが暴れまわる被害は日に日に広がり、ヴァッサロ高原にある村の人々が避難を始める中、いよいよクエスト開始の日がやって来た。

 「青き旋風ヴォルティチェブルー」、「夕暮れの狐ヴォルペセラ」、「天頂点アピーチェセレステ」、そして「眠る蓮華ロートドルミーレ」のSランクパーティー4組がヴィルガ村の広場で、イヴァーノによって集められて緊急クエスト「『颶風帝ぐふうてい』鎮圧」の最終確認をしていた。


「それじゃ、『青き旋風ヴォルティチェブルー』、『眠る蓮華ロートドルミーレ』、『夕暮れの狐ヴォルペセラ』、『天頂点アピーチェセレステ』、全メンバー揃ったかな?」


 イヴァーノが集まった冒険者、俺を含めた総勢17名に呼びかけると、それぞれのパーティーから返事が返ってきた。


「うちは全員いるぜ」

「『眠る蓮華ロートドルミーレ』、四名全員揃っている」

「私のところも問題ないわ」

「『天頂点アピーチェセレステ』も全員います」


 「青き旋風ヴォルティチェブルー」からはカミロ、「眠る蓮華ロートドルミーレ」からはアンベル、「夕暮れの狐ヴォルペセラ」からはリーダーの付与術士エンチャンターであるフィオレンツァ・インシンナ、「天頂点アピーチェセレステ」からはこちらもリーダー、魔法使いソーサラーのトマゾ・モンタルドが、それぞれ声を上げる。

 それぞれのパーティーから声が上がったのを確認したイヴァーノが、改めてその場の全員に向き直る。


「うん。それじゃ改めて。僕が『青雲の勇者』イヴァーノ・ディ・ビアージョ。今回の『颶風帝ぐふうてい』鎮圧作戦の指揮を担当させてもらうことになっている……まぁ、実際に指揮を執るのはうちの副リーダー、ベルナデッタになるけれど、よろしくね」


 そう話しながら、イヴァーノが隣に立つ背の高い女性に目を向けた。治癒士ヒーラーのベルナデッタ・カジラーギは年若い勇者を支える、「青き旋風ヴォルティチェブルー」の名参謀だ。勇者の信頼も厚い彼女が俺たちに向かって一礼すると、イヴァーノが改めて口を開いた。


「今更話すまでもないことだと思うけれど、僕たち4パーティーが今回の作戦の要になる。この大規模戦闘レイドには実に10を超える冒険者パーティーが参加していて、過去の記録を見ても最大規模だ」


 そう話すイヴァーノが、ちらと視線を広場の端へと向ける。そちらではもう一方の集団を統括するパーティーのリーダーが、今回の大規模戦闘レイドに集まった他のパーティーへと状況の説明や作戦の伝達をしていた。

 当然、どのパーティーもAランク以上の精鋭だ。メンバーもほとんどがA級以上、B級なのは俺とマヤを除くと5人もいない。なんならアンブロシーニ帝国以外のパーティーだって集まっている。

 それだけの精鋭を集めて、それでもなお簡単には鎮圧できないだろうと見られているのが、ノールチェだ。イヴァーノも真剣な表情で言う。


「それだけ、ノールチェさんは強い。それだけの冒険者が集まっても、僕のスキルをもってしても、皆を殺さないで帰還させられるかは分からない。きっと後虎院ごこいんを相手にするより大変だ」


 そう話す彼に、異を唱えるものは一人もいない。

 神獣とはそれほどまでに強く、賢く、とんでもない相手なのだ。魔王軍の幹部である後虎院ごこいんだって壮絶な強さの持ち主だが、それを上回る強さだとしてもおかしいことはない。

 加えて、イヴァーノには有名な、「風渡かぜわたり」という特殊レアスキルがある。自分の仲間と認識した冒険者に、強力なAGI素早さアップの効果を与えるスキルで、彼は幾度も仲間や、大規模戦闘レイドに同行した冒険者のピンチを救ってきた。

 今回は、それがあったとしても厳しいのだ。何人、ノールチェの爪の前に命を散らすか分からない。しかしそれでも、イヴァーノは自信に満ちた表情で胸を叩く。


「でも、僕は皆がこの仕事をやり抜いて、その名前を世界に響かせられるって信じてる。頑張ろう!!」

「「おぉぉーっ!!」」


 彼の言葉に、冒険者たちが声を上げながら拳を突き上げた。それを確認して微笑みながら、イヴァーノはもう一グループの冒険者の方にベルナデッタと共に向かっていく。彼がやってきただけで、向こうの集団からも歓声が上がっていた。

 それを見ていたアンベルが、感心したように腕組みして口を開く。


「さすがだな」

「すげーな……勇者の言葉って、あんなに響く・・もんなのか」


 彼女の後ろで、俺ははーっと息を吐き出した。

 勇者と共に依頼を行うことどころか、勇者を間近で見ること自体、今までなかった俺だ。勇者の鼓舞こぶする言葉が、こんなにも冒険者の気持ちを盛り上げることを、今の話で初めて知った。

 ヒューホが俺の手を握ったまま、俺の顔を見上げて笑う。


「ビト君は今までパーティーがCランクだったから、あまり勇者と言う存在を意識したことが無かったかもしれないね」

「すごいのよ。イヴァーノさんが一緒だと、絶対勝てるって思えるんだから」


 マヤも俺の方を見ながらニコリと笑った。

 なるほど、勇者とはただ、国家に認められた有力な冒険者というだけではないのだ。こうして他の冒険者を勝てるように導き、気持ちを奮い立たせることも役目なのだ。

 アンベルが、他のグループの冒険者を鼓舞するイヴァーノを見ながら話す。


勇者ヴァラーの称号とはそういうことだ。あらゆる敵も、あらゆる困難も跳ね返し、味方にも跳ね返すだけの力を与えることが、勇者には求められる。ただの国家認定冒険者というだけでは、決してないのだ」


 彼女の言葉に、目を見開きながら俺は聞き入る。そして視線は、自然とイヴァーノの方へと向かっていった。

 今までずっと雲の上の存在だった勇者。心のどこかで、ただ国に認められただけで威張っているやつら、と思っている部分も若干はあったけれど。こうして実際に顔を合わせ、話を聞いていると、そんなことは無いんだなと実感する。

 だが、逆に言えば、このクエストは勇者が出てくる必要がある程の重要案件だ。勇者に同行するマヤはともかくとして、俺はそこまでの立場にはない。


「でも、いいのか? 俺はこないだまでC級だったのに、こんな大きなクエストに……他の連中は誰もかれもA級やS級だろ」


 不安に思いながらアンベルへと視線を戻すと、俺の問いかけに返事を返してくるのは隣のヒューホだった。片目をつむりながら小さく笑う。


「そこは心配いらないさ。この大規模戦闘レイドではパーティー単位ではなく、チーム単位で行動する。B級のビト君もマヤ君も、やるべきことは後方支援だ」

「あたしとアンベルは前線に出てノールチェ様とぶつかることになるけど、心配しなくても大丈夫よ。あたしたちの強さは知ってるでしょ?」


 エルセも一緒になってにっこりと笑った。

 今回の大規模戦闘レイドは、参加するパーティーを主力組と支援組の二グループに分けて、グループ内でチームを作る形で行動する。俺とマヤはベルナデッタなどと一緒に、主力組の後方からの支援と負傷して後退してきた者の回収、治療を担当する。

 アンベルとエルセは前衛に入ってノールチェと直接ぶつかるチーム、ヒューホは前衛の後ろについて回復補佐するチームに入る。俺と違って三人は、S級になって長い。チームの中でも頼りにされていた。

 三人とも、間違いなく強い。しかし今回に関しては、強いからと言って安心はできない。


「そうだけど……死なないでくれよ。三人とも俺の仲間・・なんだから」

「はは、ビトの側から仲間と言われるとは嬉しいことだ」


 俺が漏らした言葉を聞いて、からからとアンベルが笑った。

 今更、仲間なんて口に出して言うのもこそばゆくはあるが、死んでもらいたくないのは事実なのだ。やっと見つけた俺の居場所だ。

 視線を落とす俺の頭を、アンベルの大きな手がくしゃりと撫でる。


「心配するな。ノールチェ殿には誰も殺されない。私たちも誰も殺させない」


 フードの上から優しく俺を撫でるアンベルを、俺はそっと見上げた。鋭く切れ長になった瞳が、優しく細められて俺を見ている。

 そのまま、真っすぐに俺を見据えながら彼女は言った。


「だがな、ビト。いざという時は臆さず、お前も力を振るえ。隣に誰がいようと・・・・・・、力を見せつけることを臆するな。お前の魔法は間違いなく、戦況を覆す一手になる……分かるな?」

「……ああ」


 アンベルの言葉に、静かに返事を返す。

 俺は前線には立たない。立たないけれど、戦場に立つのは一緒だ。ならば力を振るわないでどうする。

 太陽が徐々に上ってきて、ヴァヴァッソーリ山の山肌を明るく照らしている。決戦の時は、すぐそこに迫っていた。

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