【※】第27話 猫人、震える
冒険者が駆け付けたヴァッサロ高原は、見るも無残な有様だった。
木々は引っこ抜かれたように根元から倒れ、岩は砕け、花は目に付くものすべてが花びらを散らしている。
そんな惨状の中、「
イヴァーノが腰の剣を抜いて、力いっぱいに声を張り上げる。普段の口調とは違い、その言葉は力に満ち溢れていた。
「『
彼の後ろでは何人もの冒険者が、手に手に武器を持ってノールチェに相対していた。その数、実に42人。
それだけの数の冒険者が、一体の魔物を鎮圧するために集うなど異常事態だ。しかしノールチェはそこに居並ぶ冒険者たちをにらみつけ、口を大きく開いて吼えた。
「
その怒号に、冒険者たちが身を固くする。怒りは未だに収まらない様子のノールチェだ。ここからこの先、あの牙に何人が噛み砕かれ、あの爪に何人が切り裂かれるか、全く分からない。
だが、それでも。ヴァッサロ高原に住む人々を守るため、そして何よりノールチェの存在を損なわないため、ここで退くわけにはいかないのだ。
「おぉぉぉぉっ!!」
「オォォォォォ!!」
イヴァーノがときの声を上げながらノールチェに向かって駆けだし、ノールチェも咆哮を放ちながら飛んだ。次の瞬間には敵と味方が入り混じり、
一瞬で武器と魔法が乱れ飛び、嵐が巻き起こる戦場を、俺とマヤは寄り添うようにして、少し高台になった場所から見ていた。
「……始まったか」
「うん……」
俺の言葉に、マヤも緊張した表情で声を返してくる。
傍らではベルナデッタが、静かに前を見据えながら状況を整理している。主力組の後方支援班は、彼女と俺、マヤ、「
俺は
もちろん、前衛のそばについて回復する
「私たちの役目は主に負傷者の回収です。ビトさんも、前衛の動きからは目を離さないようにしてください。支援対象の指定も誤らないように」
「分かってる」
ベルナデッタの指示に、俺は表情を硬くしながら杖を握った。
人化転身は完全に解いている。今の俺は第十位階まで全て使える状況だ。普段使わない杖も持ってきて、
表情を硬くする俺に、マヤが心配そうな目を向けてくる。
「ビト……大丈夫?」
久しぶりにそばで見るマヤの顔を見返しながら、俺はしっかりとうなずいた。
「心配するな。俺はもう、マヤと別れる前の俺じゃない」
もう、俺は足手まといなんかじゃない。この戦場に自信を持って立つことのできる、立派な冒険者なのだ。
改めて前を見据えれば、ノールチェが翼を大きく羽ばたかせるところだった。広範囲に突風を起こす前動作だ。
「グォォォォッ!!」
「突風が来るぞ、構えろ!」
アンベルが盾を構えながら叫んでいるのが見えた。同時に
ドラゴンの翼の起こす風は強力な上、範囲が広い。多数の味方を一度に守れるだけの結界が必要だ。俺は杖を前方、アンベルたちがいる場所のすぐ前に向けて振る。
「光の精よ光の精よ、堅固なる守りをここに!」
「え……!?」
俺が発した詠唱文句に、マヤの動きが止まった。同時にこちらを見る目が大きく見開かれる。
結界魔法第三位階、
「
果たして、ノールチェの放った突風をさえぎるように、冒険者たちの前に光の壁が現れた。重複詠唱もしているから、いかにノールチェの風が強烈だとしても、防ぐことならなんとか出来る。
突風が壁にぶつかり、下草がぶわりと舞い上がった。そのまま壁は砕け散ったが、冒険者たちが傷を負った様子はない。
「ナイス、ビト!」
「いい調子だ、そのまま守りを敷け!」
俺の張った結界を受けて、準備を整えた冒険者たちが動き出す。この一瞬の間がなければ、こうして準備を整えることも出来なかったはずだ。
「第三位階を……どうして……?」
「へへっ」
マヤが信じられないと言う表情でこぼすのを、俺は小さく笑って返す。こうなったらもう、結果で見せつけるのが一番だ。
ベルナデッタも小さくうなずいて、俺の働きに賛辞を返す。
「いい支援です、そのまま続けましょう」
「ああ」
そうして俺が再び前を向いたその時だ。防御のスキをついて放たれた風の刃が、冒険者へと襲いかかった。その刃を真正面から受ける形になったカミロが、右腕を切り飛ばされる。
「ぎゃっ……!」
「カミロ!」
その名を呼ばれるよりも先に、カミロの身体が地面に倒れ込んだ。切り飛ばされた肩口から、肉片と血が激しくまき散らされる。
「ひ……っ」
「くそっ」
俺も、マヤも、同時に息を呑んだ。
見れば、今の一撃で命を奪われた冒険者もいるようだ。ピクリとも動かない「
「マヤさん、カミロさんの回収を。急いで。ジョルジョさんはガウディーノさんの死体をお願いします」
「あっ、はい!」
「了解です」
ベルナデッタの言葉を受けて、すぐさまマヤとジョルジョが動き出した。マヤがカミロの身体を抱き上げるそばで、ジョルジョがガウディーノの身体を持ち上げる。ガタガタ震えるカミロの身体と相反して、彼の身体はピクリとも動かない。
「カミロ、しっかり!」
「うぅ、死にたくない、死にたくない……」
マヤが俺たちのそばまでカミロの身体を運んでくると、うめくようにカミロがつぶやいていた。そうして言葉を発していないと、すぐさまに命が消えていくのだろう。
ベルナデッタがすぐさまに自分の足元の布を広げる。
「カミロさんをここへ。すぐに治癒します」
「はい!」
マヤがそこにカミロの身体を横たえると、ベルナデッタが素早く手をかざした。そのまま治癒魔法をカミロへと施していく。
「大いなる神よ大いなる神よ、消えゆく命を闇の淵より救いたまえ。小さき者の命はかき消えることなく、その息吹は繋ぎとめられる。
「……」
治癒魔法第九位階、
その魔法の揺るぎなさを見て、マヤは大きく目を見開いた。パーティーに加入してから半月という彼女のこと、身近な存在がこうまでも傷つけられ、こうまでも回復される様子を見たことがなかったのだろう。
「すごい……あんなに血まみれなのに」
マヤが言葉を漏らすのを見て、ベルナデッタが淡々とした視線を返した。そのまま、戦場の方へと視線を向ける。
「私を見ている余裕はないですよ、マヤさん。負傷者や死者が発生したらすぐに回収してください」
「はっ、はい!」
ベルナデッタの言葉に、すぐに動き出すマヤだ。実際に今の一撃で、何人もの冒険者が傷を負っている。
俺も俺で、前衛の面々に結界を張るので精一杯になっていた。
「罪なき者を守る盾となれ!
「グ……!」
俺が今しがた張った結界魔法第二位階、
こうして数々の攻撃を防がれたら、ノールチェもいい気分ではない。口を大きく開いて、吼えながら首を動かした。
「忌々しい! どこだ!」
「く……っ」
明らかに、防御面の支援を担っている俺を探している。歯噛みをしながら身を隠す俺を見やりながら、ベルナデッタは淡々と告げた。
「怖がることはありません、ビトさんは結界魔法を継続してください。ビトさんに攻撃を届かせないために、前衛がいます」
ベルナデッタの言葉は誤りではない、実際に援護する俺を覆い隠すように、前衛の冒険者が動き、後衛の冒険者が動いていた。
今も、ノールチェが視線を動かしたスキを突くようにして、トマゾが詠唱文句を唱えていた。
「
その詠唱を聞きつけて、あるいは俺の結界がそこから発せられていると思ったか。ノールチェがトマゾのいる場所へとぐるりと首を向けた。
「そこか!」
「なっ、トマゾ下がれ!」
そちらに向かってノールチェが口を開く。その口から魔力が放たれようとしているのを、ちょうどアンベルが見ていた。声をかけるが、わずか遅い。
間に合わない。そう確信した俺が杖を振りながら発する。
「
詠唱省略しての結界魔法第二位階、
しかして、ノールチェの放った風の渦は、俺が生み出した結界の殻によって阻まれる。詠唱省略したから通常より強度が弱いが、問題はない。
「くっ……!」
「よし!」
攻撃が阻まれたノールチェの動きが止まる。この時間的余裕があれば十分だ。詠唱を終えていたトマゾが魔法名を唱える。
「
次の瞬間、ノールチェの身体を激しい落雷が貫いた。両腕の先に伸びる翼を硬直させながら、雷は彼女の全身にダメージを与えていく。
「ガァァァァァッ!!」
ノールチェが苦しげな咆哮を空に響かせた。
光魔法第五位階、
ここがチャンスと前衛陣が攻撃を加え始める中、俺は長く息を吐きだした。
「間に合った……」
「見事です」
カミロの治療を終えたベルナデッタが、小さくうなずいた。傷はふさがったが右腕を失ったカミロは、もうこの戦闘には参加できない。ベルナデッタなら失った肉体を再生する
ベルナデッタに褒められて少し笑いながら、再び結界を張るために杖を振る俺を見て、マヤが感動したように声を漏らした。
「凄い……ビトが活躍してる……」
そして再び、ノールチェの攻撃が俺の結界にはばまれる。いらついた様子で吠えたノールチェが、再び宙に舞い上がりながら翼を動かした。
「おのれ……忌々しい結界使いめが! だが人間一人で為せる結界などたかが知れている、神獣の本気の前には無力だと知るがいい!!」
激しく翼を動かす彼女の周囲で、急速に魔力が高まっていく。
まずい、強力な攻撃が来る。それも彼女の全周囲に放たれる攻撃だ。生半可な結界では守りきれない。
「な――!!」
「まずい、皆下がって!!」
アンベルとイヴァーノの言葉が響き、一斉に冒険者たちがノールチェから距離を取ろうと動き出す。次の瞬間。
「ガォォォォォォ!!」
その冒険者たちに、ノールチェの激しい咆哮が襲いかかった。それと同時に発生した無数の風の刃が周囲にばらまかれ、冒険者たちに殺到する。逃げるために背を向けていたもの、盾を構えながら後退していたもの、彼ら彼女らが次々に風に切り裂かれ、倒れていく。
「ひ――!」
「ぎゃっ――!」
悲鳴があちこちから上がった。血がどんどん地面にまき散らされる。それだけではない、腕、足、首が飛んだ冒険者もいる。
「う……!」
「いや……っ!」
俺も、マヤも、あまりにも強烈な一撃で戦況をひっくり返されたことに言葉もなかった。
こんな、呆気なく。何人もの冒険者が傷つけられ、命を落とすのか。
「こんな、ことが……」
そんな声をもらしたのは、俺だったか、マヤだったか。
喉の奥からこみ上げるものがある中、強い血の匂いが鼻を突いた。
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