【※】第21話 猫人、蜂を駆除する

 アンブロシーニ帝国の南側に広がるピント郡、ヴァッサロ高原にて。俺たちは高原の樹の根元に巣を作っていた殺人蜂デスホーネットの駆除を行っていた。

 デスホーネットは人間の握りこぶしほどの大きさがある巨大な蜂だ。ランクはBだが数が多い。針に備えた毒は強力で、一度刺されたらそれだけで命に関わる。おまけに地中に巣を作るから、知らず知らずのうちに数が増えて厄介なことになる。今回は早い段階で巣を見つけられたのでよかった。


「アンベル、行ったぞ!」

「よしいいぞ、私にひきつけろ!」


 巣を掘り当てられて怒ったデスホーネットが20匹近く、ブンブン言いながら追ってくるのを、アンベルに引き付けてもらう。巣からおびき出す間にエルセが刺されて地面にうずくまっているところを、ヒューホがすぐさま治療しに行った。


「あいたたた……もー、あいつらあたしたちにも全然容赦しないんだから」

「エルセ、動くな。今解毒をする。悪魔の毒よ、霧となりて消えよ。解毒デトックス


 治癒魔法第一位階の解毒デトックスで、エルセをむしばむ毒を抜いていくヒューホ。デスホーネットが全員アンベルの方に向かっていったことを確認して、俺はヒューホのそばへと近づいた。


「エルセは、大丈夫か?」

「心配は要らない。僕たちもSランクだからね。ちょっとやそっとの毒で生命をおびやかされるようなことはないさ」


 俺が声をかけると、ヒューホがにっこり笑ってうなずいた。その向こうでエルセも笑顔を見せる。さすがはSランクの魔物でレベル三桁。この程度の一撃で命を取られることは無いらしい。

 エルセがゆっくり起き上がるのを確認しながら、ヒューホが俺に視線を向けてきた。


「それより、ここからは君の仕事だ、ビト君。今アンベルが、自分にデスホーネットを引きつけている。そこを魔法で急襲するんだ」


 彼の言葉に、すぐさまうなずく俺だ。

 そう、アンベルが攻撃を引き付けている今こそがチャンスだ。デスホーネットは全員がアンベルに群がっている、そこを魔法で一撃を加えるのが俺の役目だ。

 とはいえ、たくさんの飛んでいる、仲間に群がる魔物。攻撃するのは簡単ではない。


「分かっている。だけど……どう攻めればいい?」

「ふむ……そうだね」


 俺が確認するように問いを投げると、エルセから手を離したヒューホが腕を組んだ。既に起き上がって動けるくらいまで回復したエルセが、耳をくしくしとかきながら言う。


「アンベルがああして引きつけてくれてるんだからさ、あそこに魔法でバーンとやっちゃえばいいんじゃないの?」

「エルセ、君はビト君にアンベルを殺させる気か」


 彼女の余りにも無茶苦茶な言葉に、ちくりと釘を刺すヒューホだ。

 一度にたくさんの魔物を攻撃するような魔法は、炎魔法や風魔法でたしかにある。しかしそういう魔法はどうしても、敵味方関係なく広範囲に魔法を放つものだ。

 そういう魔法を安易に使って、敵を引き付けている重装兵ガードを巻き込んで怪我を負わせる、なんていう事故は後を絶たない。だからこそ、こういう状況では使う魔法をしっかり選ばないとならないのだ。


「魔法とは現象だからね、その現象が都合よく敵味方を識別してくれるとは限らない。アンベルを殺さず、デスホーネットだけを殺させる、となると……」


 アンベルの様子をうかがいながらヒューホが考え込み始めた。俺も一緒になって状況を観察するが、ふと、第四位階に魔法の矢マジックミサイルという魔法があることを思い出した。

 全属性に同じ名前で存在するこの魔法は、詠唱中の文句を変えることで属性と、撃ちだす本数を変えることが出来る。対象を個別に識別して飛んでいくため、こういう場面では非常に役に立つ魔法だ。


「ヒューホ、魔法の矢マジックミサイルで個別に撃ち落とす」

「なるほど、そうしよう。数を誤らないように」


 俺が立ち上がってアンベルの方に向き直ると、ヒューホもうなずいて宙へと浮かび上がった。少し距離を詰めてデスホーネットの数を確認する。18匹、だと思う。

 しかしあまり確認に時間をかけていたらアンベルの体力がもたない。すぐに手を突き出した。


「我が手につどいて疾走はしれ、十八の矢! 空虚くうきょなりて濃密のうみつなる力をもってその身を穿うがつ! 魔法の矢マジックミサイル!」


 俺が魔法を唱えると、俺の手から放たれた白い光が18個、分かれて高速で飛んでいった。アンベルの方にばらばらに飛んでいった光は、彼女の周りを飛び回るデスホーネットを追いかけ、その身体を貫いていく。


「キ――!」

「キキ……!」


 空中で動きを止めたデスホーネットが、次々に地面へと落ちていった。それらにたかられていたアンベルが、ようやく盾とメイスを下ろす。


「ふぅ……」

「やったか?」


 退治完了だ。俺たちも息を吐きながらアンベルの方へと歩み寄っていく。と、俺たちに近づいてきたアンベルが、口角を下げながら俺を呼ぶ。


「ビト、すまないが」


 そう言いながら彼女は自分の鎧を指さす。胸元の辺り、魔法がぶつかって弾けたあとが残っていた。

 それを見て俺ははっと目を見開く。どうやら魔法の矢マジックミサイルを、一発多く撃ってしまったらしい。


「あ……」

「まあ、一発だけなら大きな問題ではないさ。下手に炎属性を持たせず、根源属性を用いたのもいい選択だ」


 申し訳ない表情になる俺だが、すぐにアンベルが苦笑しながら俺の頭に手を置いた。魔法の矢マジックミサイルはぶつかったものの、命に別状はなさそうだ。ほっとした。

 アンベルの足元にやって来て彼女を見上げたエルセが耳を動かす。


「炎属性や風属性でマジックミサイルを放つと、虫系の魔物は燃え尽きたり砕けたりするもんね」

「デスホーネットは討伐証明に毒針を用いることが多いから、大概の魔法なら耐えてくれる。けれど、万一の場合もあるからね」


 ヒューホもそう言いながら、アンベルが立っていたあたりの場所に散らばっているデスホーネットの死体に近づいていった。

 死体は身体に目立った傷もなく、ともすれば気絶しているだけにも見えた。だがその脚はピクリとも動かない。

 これでやるべきことはやった、と、俺たちはデスホーネットの針を抜いていく。


「次からは気をつける。それで、これで仕事はおしまいか?」

「ああ、毒針の確保も済んだ。これであとは――」


 針を17匹分抜いて、巣も潰して。これで依頼完了だ、と息を吐いたところで、その前後からずっと山の方――アンブロシーニ帝国の最高峰であるヴァヴァッソーリ山を見ていたエルセが、くいと俺のローブを引いた。


「ねえ、ちょっと」


 後ろ足で立って前脚で俺のローブを引っ張るエルセに、俺たち三人の視線が集まる。彼女はヴァヴァッソーリ山を険しい表情で見つめながら、ぽつりと告げた。


「あっちの山の方、なんか変な感じがしない?」

「変?」


 ざっくりとしたその言葉に、首をかしげる俺だったが。よくよく見てみると確かに変だ。

 ヴァヴァッソーリ山は火山などではない、静かな山だ。神獣が住むことで知られる山だから土地の魔力は高まっていて当然だが、そうだとしても魔力のうねりが大きすぎる。おまけにあちこちから煙が上がっていた。

 アンベルもヒューホも異常を察知したようで、血の気が引いた表情をしていた。


「これは……ヒューホ」

「とてつもない魔力だ。それに非常に乱れている。何が――」

「お、おい、あれ!」


 俺たちの視線がヴァヴァッソーリ山に集まる。と、その瞬間俺が声を上げながら前方を指さした。

 ヴァッサロ高原からヴァヴァッソーリ山に登っていく、道にすらなっていない荒れた山すそ。そこを高原の方に向かって、全速力で駆け下りてくる人の姿が、3つあった。


「ひぃっ、ひぃっ……!」

「くそ、もう後ろに……!」


 どれも男性だ。頭の上に簡易ステータスの表示もある。冒険者だ。それが、必死の形相ぎょうそうで山を駆け下り、高原を走っている。


「冒険者!?」

「それにあれは……!」


 アンベルが驚きの声を上げると同時に、ヒューホが焦りの色を浮かべた。山から駆け下りてきた冒険者を追って、魔物が山から下りてきたのだ。

 それは。


「グルァォォォォッ!!!」


 全身をおおう深い緑色のウロコに大きな翼。太い角と尻尾、鋭い牙。

 翼が巻き起こす突風がこちらにまで届いてくる。

 ドラゴンだ。それもヒューホのような小型種ではない。とてつもなく大きい。

 エルセも、アンベルも、ヒューホも。三人がそろって息を呑む音が聞こえる。


「ウソ……!」

嵐竜テンペストドラゴン、だと……!?」

「神獣じゃないか、どうしてこんな」


 そう、神獣だ。ヴァヴァッソーリ山に住まう、魔物の中でも抜きんでて強い、とてつもない実力の持ち主。それが怒り狂って吼え猛りながら、三人の冒険者を追いかけていた。

 最後尾を走っていた冒険者が、風にあおられて足をもつれさせる。下草の上に倒れ込んだその隙に、テンペストドラゴンが彼に組み付いた。重たい足が、冒険者の身体の骨を砕いていく。


「うわ、うわぁっ!!」

「ファビオ!!」

「マリオ、あきらめろ! もう助からねぇ!」


 悲鳴を上げる一人の冒険者に、同じ顔立ちをしたもう一人が振り返って足を止め、名前を呼んだ。だが、先を行くもう一人が手を引いて、何とか逃げようと声を上げる。

 その顔立ち。声。同じ顔をしている二人の男。

 俺はすぐに察しがついた。二人少ないが、間違いない。


「あいつら……!」

「あれはまさか……『銀の鷲アクィラダルジェント』か!?」


 同時にアンベルも声を上げた。アンブロシーニ帝国で活動している彼女たちだ、当然あのパーティーの存在は知っていたのだろう。

 S級冒険者のファビオ・ベルルスコーニも、マリオ・ベルルスコーニも、「銀翼」シルビオ・デ・モルでさえも、神獣相手では必死で逃げるより他にない。追いつかれたら死ぬ。そういうものだ。

 ぐ、とファビオの頭にテンペストドラゴンの足がかかった。容赦なく足に体重がかかる。ファビオの頭が、まるで水袋のように潰されていく。


「ぎゃぁぁぁぁっ!!!」


 断末魔の悲鳴。呆気なく頭が破裂する音。高原の下草に、血と脳味噌が散って真っ赤な花が咲いた。


「く……!」


 冒険者の死。今この場にいない、テーア・ファヴァレットとイッポリト・ラーナの二人も、ああしてテンペストドラゴンに殺されたのだろう。

 あまりにも当然で、あまりにも呆気ないそれを前にして、俺は目の前で死んだのが憎き「銀の鷲アクィラダルジェント」であることなど関係なしに、悲痛な声を漏らして目を逸らした。

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