第22話 猫人、追撃をかわす
「うぅっ、うぁっ……!」
「くそっ、くそぉっ……!」
マリオが涙を流しながら駆け、シルビオが悪態をつきながら走る。
Sランクパーティーが見るも無残な有様だ。だが当然、
「往生際の悪い!! 大人しく殺されろ、人間どもが!!」
人間語を喋るくらいには理性が戻ってきたようだが、怒りは全く収まる様子を見せない。それどころか、「
テンペストドラゴンの翼が突風を巻き起こす。その風に勢いよく押される形で、シルビオとマリオが揃って転んだ。その間にテンペストドラゴンが迫る。
「ひ――」
「畜生っ――!!」
悲鳴を、悪態を漏らしながら、二人が死を覚悟した瞬間だ。
「おぉぉぉぉっ!!!」
「てやぁぁぁっ!!!」
アンベルが矢のように突っ込んで、テンペストドラゴンの前脚を押しとどめた。同時にエルセが飛び出し、鼻先に一撃を入れる。
二人の行動で、確実にテンペストドラゴンの動きが止まった。
「ぬぅっ!!」
「な――!?」
テンペストドラゴンが驚きの声を上げ、シルビオが呆気に取られた表情で声を漏らす。このチャンスを逃すわけにはいかない。俺はすぐさま魔法の詠唱に入る。
「黒き
「よし、かませ!!」
俺の肩に乗っていたヒューホが声を上げた。
すぐさまアンベルとエルセが後方に下がり、シルビオとマリオをかばうように立つ。今だ。
「
大地魔法第七位階、
「おぉぉぉぉっ……!!」
重複詠唱こそしていないがフル詠唱、降ってくる岩の量も並ではない。翼にどんどん岩を積まれたテンペストドラゴンは、見る間に身動きが取れなくなっていった。
「あ――」
「な、なん――」
突然乱入してきた他の冒険者、そして目の前に降り注いだ岩。何が何だか分からない様子でへたり込んでいるシルビオの首を、アンベルがつかみ上げた。
「
「走るよ、急いで!!」
同時にエルセもマリオの脚を何度も蹴る。弾かれたように彼らは立ち上がり、アンベルとエルセに先導させるようにして、俺たちの方に向かって走り出した。
走る最中に二人は俺に気が付いたのだろう、目を見開く。だが過去にどんなトラブルがあったと言っても、命の方が大事だ。アンベルとエルセがそばまで来るのに合わせて俺も方向転換、走り出す。
と、走り出して十数秒も経たないという頃に岩が崩れる音がした。後方を見ればテンペストドラゴンが、大きな翼を上空に向けて伸ばし吼えている。
「おのれぇぇぇぇぇっ!!!」
空気を震わすようなその怒声に身がすくむ。しかし足を止めるわけにはいかなかった。なおも走りながらアンベルが舌を打つ。
「くっ、やはり第七位階一発では時間稼ぎにしかならないか」
「どうするアンベル!?」
俺は隣を走るアンベルに声をかけた。自然と焦りが声に出てくる。正直こんな状況、焦るなと言っても無理だ。
全力で翼を羽ばたかせるヒューホが、眉間にシワを寄せながら告げる。
「三人とも、ここは生きての離脱が最優先と思う」
「分かっている。エルセ、行けるか」
パーティー最年長の言葉にうなずいたアンベルが、足元を走るエルセに声をかけた。うなずいたエルセがすぐさま足を止めた。
「うん! みんな離れて……!」
俺たちを先に行かせて、俺たちとエルセの距離が2ラインほど離れたところで、突如エルセの身体が爆発した、ようにふくれ上がった。
「おぉぉぉぉっ!!!」
先程までと変わらない少女らしい声を響かせながら、エルセが俺たちの頭上を
突然身体がふくれ上がったエルセを見て、シルビオとマリオが腰を抜かす。
「ひ……!?」
「で、でっかくなった……
信じられない、という声が言葉の端々から漏れ聞こえていた。
ユニホーンバニーはそこまで強い魔物、というわけではない。一般的にはCランクの下の方、強い個体が出てきてもBランクというレベルだ。Sランクに達するどころか、巨獣転身を会得しているユニホーンバニーなど、異常もいいところである。
と、再びアンベルがシルビオの首をつかんだ。もう片方の手でマリオをつかみ上げ、二人まとめてエルセの背中に放り投げる。
「わ……!?」
「戸惑っている暇があるなら乗れ! ビト、君も早く!」
「分かってる!」
二人を背中の上に放り投げ、すぐさまエルセの肩をつかんだアンベルがこちらに手を伸ばす。その手を俺がつかめば、ぐいと引き上げられてへたり込む二人の前にまたがった。ヒューホは最初から俺の肩だ、問題はない。
「待たんか、貴様らぁぁぁぁぁぁ!!」
アンベルがエルセの背中、俺の前にまたがるや、後方からテンペストドラゴンが追いかけてきた。怒り心頭、角の先から煙が出そうな勢いだ。追いつかれる前にエルセが身を低くする。
「皆乗った!? 行くよ、つかまって!!」
エルセが言葉を発してすぐに、俺もアンベルもエルセの身体に手を回した。シルビオとマリオも慌てて体勢を整えて彼女の背中をつかむ。と、次の瞬間エルセが全力で前へと飛び出した。
「うわ――!」
「ひぃ――!」
俺の後ろからシルビオとマリオの情けない声が聞こえてくる。そのまま始まる激しい上下運動。エルセが全速力で、跳ねながらテンペストドラゴンから逃げているのだ。
だが、じりじりと距離を離せてはいるものの、逃げ切るまでには至らない。
意を決して俺は腰を回して後ろを向いた。エルセの身体に回していた右手を離して後方に伸ばす。テンペストドラゴンは低空飛行しているから顔は良く見えるし、よく見れば頭がほとんど動いていない。チャンスだ。
「鋭き
大地魔法第一位階、
果たして、俺の手の中から放たれた小さな石が一直線に飛び、テンペストドラゴンの右目を直撃する。
当たった。そう思った次の瞬間、テンペストドラゴンが右目を押さえて地面に転がった。けたたましい叫び声が上がる。
「ガァァァァァ!!」
「ビト君、よくやった!!」
「急げ、今のうちに離脱するぞ!!」
完全に相手の足が止まった。ヒューホが
テンペストドラゴンを置き去りにして、追加でヴァッサロ高原を走ること3分。エルセの息が荒くなってきたところで、ようやくヒューホがほうと息を吐く。
「はぁっ、はぁっ……!」
「ま、まいたか……!?」
ヒューホの言葉に、全員が後方を振り返った。あの深い緑色のウロコは、ちらとも見えない。
ほっとした様子のエルセに、アンベルが優しく声をかけた。
「エルセ、速度を落とせ。一度様子を見よう」
「分かった」
アンベルの言葉を受けて、エルセが徐々に速度を落とす。ゆったりと走り始めたエルセの背で、アンベルが鋭い視線を俺の後方に向けた。
「貴君ら。アンブロシーニ帝国冒険者ギルド所属、『
彼女の淡々とした問いかけに、表情をゆがめるのはシルビオだ。苦々しい顔をしながら、アンベルに向かって言葉を吐く。
「何だと、き、貴様……魔物のくせして、えらそうに……」
「し、シルビオさん、ちょっと」
だが、そんなシルビオの暴言をマリオがさえぎった。まだ多少は状況の見えている彼が、自分のパーティーの長をいさめる。
「こいつらもSランクパーティーっすよ、何言ってるんっすか」
「は……!?」
それを聞いて、ようやくシルビオはアンベルの頭上に浮かぶ簡易ステータスの下地の色が薄緑色であり、名前の横の印がSランクパーティーのものであることに気付いたらしい。
なかなかの暴言を吐かれたことに怒るでもなく、アンベルがため息混じりに言った。
「魔物のくせとはご挨拶だな。我々はギュードリン自治区冒険者ギルド所属、『
アンベルの自己紹介を聞いて、シルビオもマリオもぐっと口をつぐんだ。
ギュードリン自治区の冒険者ギルド所属のパーティーというだけでも、そのパーティーが恐ろしい力を持っていることの証明になる。加えてSランクまでランクを上げている実績。そこらの冒険者とは比べ物にならないことの証だ。
アンベルに視線を向けられて言われた俺の肩に乗ったままで、ヒューホが肩をすくめて言う。
「ついでに言うが、僕も彼女も下の彼女も、魔物としてのランクはSだ。君たちより、よほど強いよ」
そのついでの一言に、シルビオもマリオも完全に押し黙った。ギュードリン自治区の魔物のSランクが、世間一般のSランクとは意味合いが違うのはもはや常識だ。
二人ともが静かになったのを見て、声を抑えながら俺が口を開く。
「素直に話をしろ、シルビオ、マリオ。お前ら、強がってる余裕なんて無いだろう」
俺の言葉に、シルビオもマリオも目を見開いた。「
「っ……」
「ビト、てめえ何をえらぶって」
シルビオが負けじと言い返すのを見て、アンベルがため息をついた。明らかに呆れている様子だ。
「先程ビトの魔法で助けられていながら、その物言いとは呆れるな。第一、貴君らは我々の目の前で、仲間を殺されているだろう」
アンベルの発言に、もう一度二人は言葉に詰まった。
そう、先程俺たちの目の前でファビオが殺されているのだ。「
「そうだよね、『
「神獣があそこまで怒り狂うとは相当だ。君たち、何か彼女の怒りを買うことをしたんじゃないだろうね」
エルセが足元から言えば、ヒューホが険しい表情をしながら告げる。
その問いかけに、シルビオもマリオも押し黙って下を向いた。ただ、高原の下草を蹴るエルセの足音だけが響く。
「……」
そのまま、沈黙の時が流れたところで。
観念したようにシルビオが口を開いた。
「……近隣の村まで、頼む。そこで話す」
その言葉に、アンベルがくいとあごをしゃくる。ここから一番近い村はどこがあっただろうか。随分走ったから距離感がつかめない。
少し状況を整理してから、エルセに声をかける。近隣の村まで向かう間、沈黙がずっと流れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます