第3章 ビトの逡巡
第20話 猫人、緊張する
アンブロシーニ帝国は、大陸の西側を占める世界で最も大きな国だ。
その首都である帝都ザンテデスキは、当然のことながら世界でもかなり大きな町になる。人も、物も、仕事も集まってくる。
ワイワイガヤガヤと人の声の絶えない表通りを通り抜けながら、俺たちはザンテデスキの表通りを進んでいた。
「ここが、ザンテデスキか……」
「ビトは初めて来るか?」
表通りの両脇に立ち並ぶ立派な建物を見上げながら、俺が感心したように言葉をこぼすと、アンベルが俺を見下ろしながら声をかけた。彼女のローブの裾から尻尾がちらと覗いている。
彼女と手をつないだヒューホが、建物を見上げながら言った。
「アンブロシーニ帝国の帝都、ザンテデスキ。大陸西側では一番大きな町だ」
アンベルがヒューホと手をつなぎ、俺がエルセと手をつないだ状態で、俺たち四人は町の中を進んでいた。
とはいえ帝都、人の数がものすごい。なんなら魔物の冒険者の数も結構なものだ。俺たちのようにフードを被り、ローブを身にまとった冒険者が、あちこちにいる。
「大丈夫だよ、ビト。これまでの町でも大体感覚は分かったでしょ?」
「これほどまでに大きな町では、我々がよしんば人化転身を解いていても誰も気づかない。小さな町以上に、気を張る必要のない場所だ」
エルセが俺の手をにぎりながら言えば、アンベルがくいとあごを持ち上げながら話を続ける。
確かにこれだけ人がいて、魔物も見かけるとなれば、俺たち全員が人化転身を解いていたところで、誰も気にしないだろう。というより、気付く人がどれだけいるか。
しかしそれはそれ、これはこれだ。こんな大きな町など、俺はついぞ来たことがない。
「そりゃ……そうかもしれないけどさ。それよりも、俺の緊張のほうが」
「はっは、緊張するか?」
「まあ、大きな町にそこまで行ったことがないとするとね、仕方がないさ」
俺の漏らした言葉にアンベルがからりと笑った。ヒューホも苦笑しながらこちらに目を向けてくる。
聞けば、彼女ら三人は何度もザンテデスキに来ているのだそうだ。ギルドへの行き方もしっかり分かっているとのこと。だからこんなにも、すいすいと人の中を進んでいけるのだとか。
そうこうする内に、俺たちは表通りに面したところにある巨大な建物の前までやって来た。アンベルが建物を指し示しながら話す。
「ともあれ、ここがザンテデスキの冒険者ギルド。アンブロシーニ帝国の冒険者ギルド本部というわけだ」
「大きいでしょ? すごいのよこの建物、最新鋭の魔法建築が使われているんだから」
エルセもにっこり笑いながら俺に言った。
対して、俺は圧倒されるしかない。建物はこれまで見てきた建物のどれよりも大きい。通りの遠くの方には皇帝が住むというザンテデスキ城が見えるが、それと同じくらいの高さがありそうだ。
そして建物がとても綺麗だ。石レンガにはほとんど継ぎ目が見当たらないし、窓には透き通ったガラスもはめ込まれている。こんな綺麗な建物、それまで活動していた西シャンドリ郡では一度も見なかった。
「うわ……」
「圧倒されないほうがいい。これから君は、このギルドの建物に何度も出入りするのだからね」
俺が声を漏らす中、ヒューホが口の端を持ち上げて笑いながら言った。
これから、俺たちはしばらくザンテデスキで宿を取り、この冒険者ギルド本部に集まる仕事をこなしていくのだ。それが俺のレベルアップには早いだろう、というアンベルの判断によるものである。
入口の扉を開けて、建物の中に入る。入り口のすぐそばに立っている受付の女性職員が、俺たちに頭を下げた。
「アンブロシーニ帝国冒険者ギルド本部へようこそ。ご用件は?」
「国内の事件が何か無いか探しに来た。依頼ボードは、今もあちらか?」
アンベルが返事を返しながら冒険者が集っている方に目を向ければ、職員がにこやかにうなずいて告げる。
「はい、向かって右手のあちらになります。どうぞごゆっくり」
「ありがとう」
お礼の言葉を返しながら、冒険者向けのクエストが張り出されている依頼ボードに歩み寄る。多数の冒険者が集まって依頼を物色している中に混じって、俺たちも掲げられている依頼に目を通していった。
「さすがは帝都、依頼の数も段違いだな」
「数だけではないぞ、依頼のレベルも高いものから低いものまで勢揃いだ。あれを見ろ、Sランクパーティー限定での募集だぞ。
俺の言葉にアンベルがうなずきながら、ボードの一番目立つ所に掲示された「グリマルディ山の
グリマルディ山のサンダードラゴンの話は俺も聞いたことがある。山の周辺に何度も雷を降らせ、人々を困らせている厄介者で、おまけにX級にも手が届くのではないか、と言われているほどの強者だとか。
恐る恐る、俺はアンベルに視線を向ける。
「アンベル」
「なんだ」
俺の問いかけにちらとこちらを見るアンベルへと、俺はすがるような目をしながら声をかけた。
「さすがに。ああいうのは。受けないよな?」
おそるおそる発せられる俺の言葉を聞いて、軽く彼女は目を細めた。
正直、こんなとんでもないクエストを受けるだなんて言い出されたら、俺の命がいくつあっても足りない。そういうクエストは
果たして、目を細めてほほえみながらアンベルがうなずく。
「当然だとも」
「うちはパーティーとしてはSランクだけど、バランスはちぐはぐだもんねー」
エルセも一緒にうなずきながら、俺の手を握り返した。
俺たちのパーティーは、アンベル、エルセ、ヒューホがS級になって長いが、俺はまだB級になったばかり。どう考えても経験値も、ランクも足りない。
ヒューホが俺の方に向き直りつつ、くいとあごをしゃくりながら言った。
「焦ることはないさ。ビト君はビト君のできる範囲で仕事をこなしてくれればいい。そこで僕たちが無理強いをすることはないさ」
「なら……いいけど」
彼の言葉に、納得したような、そうでもないような顔になりながら俺は答えた。
確かに、俺はこのパーティーに所属するようになってから、無茶を言われたことや無理な要求をされたことは一度もない。三人とも、まだ未熟な俺をよく気遣ってくれている。
だが、このまま甘えていてもいられないわけで。この先、俺が命を張って三人の力にならないといけない場面も、きっとあるはずなのだ。
俺が気持ちを引き締めたところで、アンベルの手が依頼ボードに貼られた依頼票の一枚をはがす。
「さしあたって、そうだな。この
ピント郡ヴァッサロ高原で繁殖した
反対する意見も出なかったところで、アンベルが依頼を受けようとクエストカウンターの方へと向かっていく。その後ろをついていきながら、俺はこの先のクエストがどんな風に進んでいくのか、とても気になっていた。
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