第15話 猫人、怖気づく
スカンツィオ鉱山の中に入ってしばらくは、魔物と出くわすこともなく平和な時間だった。
それもそうだ、何しろまだ
魔力で灯る魔法ランタンを手にして、入ってすぐはただ進むだけで、奥に入るにつれ弱い魔獣が出現し始めて、それらはアルチデやエルセが排除していく中、俺たちは現行の坑道から外れた場所に建つ、巨大な魔方陣が描かれた鉄扉の前にいた。
「ここが旧坑道の入り口だ。見ての通り、厳重に封鎖されている」
アルチデが封鎖している扉に手を当てながら言った。魔物避けの結界魔法がかけられ、魔力が通っているがゆえ、扉はぼんやりと光り輝いている。
その鉄扉を見上げながら、アンベルが口を開いた。
「アルチデ。念のために聞きたいんだが、
彼女の問いかけに、アルチデもカールラも、パルミロも難しい表情をした。
アイアンイーターは、その名の通り鉄を食べる。鉱物資源を主食とする彼らは、鉄だろうが岩だろうがバリバリとその前歯で削って食べてしまう。こうした鉄扉も、結界魔法の魔法陣を刻んで魔物避けを施さなくては、すぐに食い破られてしまうのだ。
アルチデが眉間にしわを寄せながら言う。
「その可能性は捨てきれない。出どころの旧8番坑道は元々鉄鉱石採掘の為に運用されていたが、坑道周辺の鉄を掘りつくしたことで廃棄された。餌を求めたアイアンイーターが土中の小さな鉄鉱石や、岩に含まれる鉄分を求めて掘り進めないとも限らない」
アルチデの発言に、アンベルは腕を組みながらうなずいた。こうして鉄扉に結界魔法を使って封鎖しても、坑道の横から掘り進め、食われ、別の坑道に通じる穴を開けられないとも限らない。
「道理だ。対策は?」
「新坑道に、魔物除けの結界を刻んでいる。この扉にもな。もしアイアンイーターが旧8番坑道から溢れて旧坑道の入り口近くまで来ていても、ここから外には出られない」
アンベルの問いかけに、アルチデが改めて鉄扉に手を触れながら言った。
結界魔法の知識がある俺には分かる。この鉄扉には第七位階以上の結界魔法が使われて、大概の魔物が破れないように仕込んである。結界が新坑道にも及んでいるのなら、アイアンイーター程度では破れないだろう。どこの
だが、それは同時に、旧坑道の中にアイアンイーターがあふれかえっている可能性を示している。
「となると、旧坑道の中にアイアンイーターが全体的に出現している、と言う可能性もあるわけか……」
「うぇっ……マジかよ」
ヒューホの漏らした言葉に、俺は明確に嫌悪の声を漏らした。
この扉を隔てた向こうには、アイアンイーターがうじゃうじゃいるだなんて、想像するだけで倒れてしまいそうだ。
だが、ここまで来てしまった以上逃げることも出来ない。アンベルが俺の肩に手を置いて言った。
「仕方がないな、まずはこの入り口周辺の敵を
「分かってるよ……するつもりもない」
こうなったら俺も覚悟を決めるしか無い。何しろ扉が開かれるまでは安全なのだ。その前に魔法の詠唱を終わらせて、開かれた瞬間にぶちかましてしまえばいい。
アルチデが鉄扉のかんぬきに手をやりながらこちらに顔を向ける。
「パルミロ、ビト。二人とも、広範囲に攻撃できる炎魔法を準備してくれ。扉を開けたら二人で一緒に中にぶち込むんだ」
「分かった」
「……ああ」
彼の言葉に、俺も、パルミロも両手に魔力を集め始めた。アイアンイーターは炎魔法に弱い。広範囲に攻撃できる炎魔法を用意しておけば間違いはない。
「爆炎よ大地を焼け、爆炎よ大地を焼け! 地に
「
隣で炎魔法第八位階、
俺とパルミロが詠唱を唱え終わったのを確認して、アルチデが鉄扉のかんぬきを外した。
「よし……いくぞ!」
かんぬきの外された鉄扉の取っ手を、アルチデとアンベルがそれぞれ握る。
そしてその扉が、一気に大きく開かれた。
「キィッ!」
「キ――!」
扉のすぐ傍にいたであろうアイアンイーターが、こちらに顔を向けながら鳴いた。そのすぐ奥には他の魔物の姿も多数ある。怖い。だがもう準備は済んでいる。
俺は一気に両手を前に突き出しながら叫んだ。パルミロも同時に、手を前に出しながら唱える。
「
「
炎魔法の第六位階、第八位階の合わせ技だ。指定の位置に爆発を起こす
事実、パルミロの
「キァァァァッ!!」
「キュァ……!!」
炎に飲まれ、あるいは爆発で吹き飛ばされ。百や二百と群れていた魔物に混じって、数十という数のアイアンイーターが軒並み倒され息絶えていく。その様子を目にしていたアルチデとカールラが、揃って声を上げていた。
「おぉっ……」
「なかなかやりますね」
二人が声を上げている間に、俺の放った
「どうだ?」
「第六位階と第八位階の重ね掛けだ、いくらアイアンイーターが群れていようと、ただでは済まないだろう」
パルミロも同意見のようだ。正直ここまで高位の魔法をかまして、それで生き残っているアイアンイーターがいたらそれこそ事件である。
動いている魔物が見当たらないことを確認したアルチデが、さっと手を動かした。
「……動いているやつは、いないな。よし、皆急いで中に!」
アイアンイーターの生き残りがいない内に、扉の中に入るべき。その考えはまったくもって正しい。俺たち七人はすぐさま鉄扉の内側にすべり込んだ。アルチデとアンベルが鉄扉を閉じながら息を吐く。
「ふう……」
「取り逃がしは、ないな?」
「ああ、問題ない」
その場で、アイアンイーターが外に漏れていないかをチェックし、扉にかんぬきをかける。これで扉の外に逃していたら大惨事だ。だからこそ、扉の周辺のアイアンイーターを一掃してから中に入ったのだ。
どうやら外に出ていったやつはいないようだ。そこでようやく、俺たち全員が安堵の息を吐く。
そうして「
「それにしても、第六位階か。ビトはC級だというのに、すごいな」
「本当。それに
「いや……そんなでも」
彼の言葉に続けて、カールラも俺の方に目を向けてくる。
確かに、彼女らが不思議に思うのも無理はない。今、俺は人化転身を完全に解いて獣人姿で居るのだ。当然スキルレベルは全て10、
しかしそれは、C級冒険者としては特筆すべき事態である。二人が驚くのも無理はないだろう。
だからこそ俺は言葉を濁すようにして言ったのだ。しかしそこに、アンベルが小さく笑いながら言ってくる。
「ふっ、この程度で驚いていたら、この先魂がいくつあっても足りないぞ、ご両名」
「へえ?」
アンベルのほくそ笑むような言葉に、カールラが小さく目を見開く。同時に俺も目を開いた。
まずい、このままアンベルに話をさせていたら、俺の秘密がどんどん暴かれてしまう。慌てながら俺は声を上げた。
「俺のことはいいだろ。早く依頼を済ませよう」
俺の、ともすればあせったような言葉に、視線がこちらに集中する。だが、このまま話をしていたらどんどんアイアンイーターが増えていくのだ。なるべくなら手早く済ませたい。
俺の言葉にアンベルがうなずいた。そのまま視線を、坑道の奥へと向ける。
「そうだな、すまない。エルセ、先行してくれ。まずは大本から潰しに行こう」
「はーい」
そうしてエルセが、ぴょんぴょんと跳ねながら旧1番坑道の奥へと進んでいく。
どんどん坑道を進んでいくエルセの後を追いかけながら、俺はアンベルにちらと視線を向けた。
「アンベル……」
正直、批判したい気持ちはある。
こんなに、俺にとっては望ましくない状況だと言うのに、アンベルは俺に期待を向けさせるようなことを言ったのだ。文句の一つも言いたくなる。
と、魔法ランタンを手に持ったアンベルが俺に目を向けながら口を開いた。
「不安か?」
「そうだけど……アイアンイーターのことだけじゃない」
彼女の言葉に、俺が言葉を返しながら視線を向けるのはカールラだ。
先程の会話でもだいぶ感づくことが出来る。カールラは俺のステータスと、「連鎖解放」の秘密に気付いているかもしれない。気付かれたからと言って何かがあるわけでもないが、こんな形でスキルレベルを維持しているとあれば、トラブルの原因になりかねない。
アンベルもそこは承知しているようで、こくりと俺にうなずいた。
「だろうな。カールラは気付いているやも知れん」
その言葉に、俺は表情を固くした。
出来るなら俺は、そういう特性を隠したままで普通の冒険者として生きていたい。目立つようなことはなるべくならしたくない。
俺の視線にこくりとうなずきながら、アンベルは自分の胸を叩いた。
「だが、ステータスを開示して見せなければ済む話だ。心配するな」
「そうか……そうだな」
彼女の言葉に、俺も小さくうなずいた。
そう、自分からステータス画面を開示しなければ、彼らの目に俺の
と、俺たちの前を進んでいたアルチデが口を開きながら足を止めた。
「二人とも、構えろ。次の奴が来るぞ!」
「おっと、すまない」
「くっ……」
見れば、目の前の坑道にアイアンイーターが3匹ほど群れているのが見える。そちらに視線を向けながら、俺は魔力を手に集めた。
なるべくならこの仕事は早く終わらせたい。そのためにも、手を抜くわけにはいかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます