第14話 猫人、思い出す
スカンツィオ村のギルド出張所に向かい、先程回収した
もうのっぴきならない状況になりつつ、「
俺の顔を下から見上げるエルセが、不思議そうな顔をしながら声をかけてくる。
「ねービト、どうしたのさっきから」
「なんでもない……」
その問いかけにぶぜんとして返しながら、顔をそらす俺だ。
知らないのも無理はない。何しろ、俺は
しかし、俺の上を飛ぶヒューホは目ざとく俺の変化を見つけてきた。俺の頭をつつきながら口を開く。
「なんでもないという割には、先程から耳が伏せられているよ」
「ばっ……い、いいだろそのくらい!」
その言葉にとっさに頭を抑えながら言葉を返す。しかし、言い訳としてはだいぶ苦しいだろう。こんな見え見えの変化、気にしないほうがおかしい。
俺たちのやり取りを気にしてか、先をゆくアンベルがこちらを振り返って言った。
「良くはないぞ。もし都合が悪いというなら言ってくれ。私も不安要素は極力排除して現場に入りたい」
パーティーのリーダーとしてのその言葉に、口をつぐむ俺だ。
アンベルの言う通り、クエストに臨むに当たっての不安要素は、可能な限り排除したいのが常だ。不確定要素を抱えたままでクエストに臨んで、事故が起こってはたまらない。
だから、俺も素直に口を開いた。
「都合が悪いってほどじゃない。ただ……」
「ただ?」
だが、どうしてもすんなりと言葉が出てこない。言いよどむ俺に、アンベルが声をかけてくる。
彼女の返答に、顔をそむけながら俺は言った。
「……
俺の発言にエルセとヒューホが揃って目を見開いた。
「気が重い? なんで?」
「確かに、Bランクとそこそこ強い魔物ではあるけれど……」
二人とも不思議そうな顔をしながら口を開く。
そうだろう、アイアンイーターは小型の魔獣としてはそれなりにランクの高い魔物ではあるが、見た目の恐ろしさもなく、おぞましい風体をしているわけでもない、ただ表皮の頑丈なネズミだ。
それを、ぞっとすると感じる冒険者もそういないだろう、そんな空気が俺たち四人の中に流れる。と。
「ははあ……」
「アンベル、どうしたんだ?」
アンベルがしたり顔であごに手をやった。ヒューホが首をかしげながら問いかけると、彼女は目を細めつつ俺に視線を投げる。
「ビト。これは推測だが、君は過去にアイアンイーター、もしくはそれに類する魔物に、痛い目に遭わされたことがあるんじゃないか」
その問いかけに、俺の表情は固くなった。
こうまでしっかりと言い当てられるとは。やはり、アンベルの洞察力は油断ならない。
「っ、う……」
「図星か」
言いよどむ俺に、更に言葉を投げかける彼女だ。こうまで言われては言い逃れが出来ない。
そうして顔をますますそむける俺に、ヒューホとエルセが揃って言葉をかけてきた。
「あぁ、なるほど。それなら苦手意識がぬぐえないのも無理はない」
「魔物への嫌な思い出かー、分かるよ、あたしも
二人の言葉に、少しだけ俺の緊張が和らぐ。
魔物と言えども多種多様、いろんな魔物がいる以上、その中で得意不得意はあるものだ。
そういう流れに持ってこられるのなら、俺としても明かさないわけにはいかない。ぼそぼそと、小声で話した。
「……まだD級だった頃に受けたクエストで、
俺は頬を染めつつ話しながら、フードを持ち上げた。右の三角耳、皮膚が薄くなっているところが裂かれて破けている俺の耳があらわになる。
それを見ながら、アンベルがそっと目を細めた。
「そんな逸話がその耳にはあったのか。辛そうだな、引きつるような痛みもあったことだろう」
「ああ……もう今は、気にならないくらいには、なってるんだ、けど」
彼女の言葉に、俺は詰まりながらも返事を返した。
もう一年近くは前のことだ。痛むも何も、普段どおりに生活できるくらいには回復している。それでも、ネズミ系の魔獣に対する苦手意識は、どうしてもぬぐえない。
その先の言葉が出てこない俺に、アンベルが小さく頭を下げた。
「そうか。だが、嫌なことを思い出させてしまった。すまない」
そう言いながら、アンベルが足を止める。同時に足を止めた俺に対して、彼女は正面から向き直りながら口を開いた。
「しかしな、ビト。これは君にとっても大きなチャンスだと、私は思う。過去の君より、今の君は何倍も強い。レベルも上がったし使える魔法の幅も広がった。もう、第一位階の魔法で一体ずつ撃ち抜いていかなくてもいいんだぞ」
「それは……そうだけど」
さとすように話しかけてくるアンベルに、俺は言葉に詰まりながらも返す。
確かに彼女の言うとおりだ。以前の俺は第一位階の魔法でいちいち魔物を射抜いていくしかなかったが、今は第十位階まで思いのままだ。広範囲に作用する魔法も多種多様に扱える現状、小さな魔物を一気に飲み込むなど、たやすいことでもある。
俺が言葉に詰まったのを好機にと、ヒューホも俺の顔の横で口を開いた。
「ビト君、この間イーターライオンを退治した時のことを思い出してごらん。あの時も
「そうそう。アイアンイーターでしょ? ビトが
エルセも一緒になって俺に声をかけてきた。三人がそこまで言うのなら、本当に俺にも出来るのかもしれない、と思う節がちらと見えてくる。
「……そうかな」
「そうだとも」
自信を持てずに俺が返すと、アンベルがさっと言葉を返してきた。
そうこうしながら俺たちは再び歩きだして、「
「『
「ああ、よろしく頼む」
アンベルが代表として挨拶をすると、相手の
先んじて、アンベルがこちらに手を伸ばしながら話しだす。
「自己紹介といこう。私がリーダー、
アンベルが、順々にエルセ、ヒューホ、俺を紹介していく。一見して全員魔物という俺たちのパーティー、しかしそれを目にしても向こうの面々は驚いていないようだった。やはり、ギュードリン自治区支部所属という肩書きは大きい。
アンベルの自己紹介を受けて、「
「丁寧にありがとう。俺が『
「よろしくお願いします」
「よろしく」
リーダーのアルチデ・ルケッティの言葉を受けて、
なるほど、
「こちらこそ、急にクエストに加えていただき感謝する。なにとぞよろしく頼む」
「ああ、早速行こう。スカンツィオ鉱山の旧坑道が、現場だということだ」
アンベルが頭を下げると、早速アルチデが手を動かした。目指すはこの先、スカンツィオ鉱山の坑道の中。俺たちは連れ立って、鉱山の中へと足を踏み入れた。
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