第13話 猫人、素材を運ぶ

 魔物の素材を回収した後は、クエストの達成報告と素材の売却のために町に戻る俺たちだ。

 郡内の村々には起点となる町から馬車が出ている。馬車が通る村に行くまでは、素材を自分たちで運ばないとならない。素材を収めた革製の保存袋を担ぎながら、俺は軽く息を吐いた。


「ふう……やっぱり、マンティコア二体分となると、結構な量の素材になるな」


 俺は保存袋を持ち直しつつ、先頭を行くアンベルの後ろをついていく。

 このパーティーの中で、時間の止まった異空間の中に物品を収納できる「道具収納」のスキルを持っているのは、アンベルと俺だけだ。その二人ともスキルレベルは1止まり、キャンプを張るための道具と最低限の食糧、解体用のナイフや保存袋を入れたらもう容量限界だ。今は俺の分の異空間を素材確保に使えるから、痛みやすいマンティコアの肝や毒液をそちらで保管できているが、それでいっぱいいっぱいだ。


「そうだろう、毒針を始め、肝、牙、爪、角。そのいずれもがかなりのサイズを誇る。こうして一体分ずつ運ぶにしても、結構な労働だ。魔物は道具収納のスキルを持っていない場合も多いしな」


 俺の持っている保存袋と同じくらいの保存袋を肩に担いだアンベルが俺を振り返った。彼女の持つ袋には骨や角など、大きくて重い素材が入れられている。俺の持つ袋よりも、重量はあるはずだ。重たいだろうに、それでも彼女は笑ってみせて言う。


「それにしても、本当に君が加入してくれてよかったよ。今までは私しか、回収した素材を運べる者がいなかったからな」

「エルセも僕も、この体格だからね。重いものを運ぶには向かないんだ」


 俺の後ろを飛びながら、ヒューホが言った。確かに俺の頭一つ分の大きさしかない彼と、彼より少し大きいくらいのエルセでは、物を運ぶのは酷だろう。

 そんな彼に振り返りつつ、俺はうっすらと眉間の毛皮にしわを寄せる。


「ヒューホは飛べるし大きくなれるから、そうして飛びながら運べばいいんじゃないのか? エルセだって巨獣化するスキルはあるんだろ」


 俺の言葉に、困ったような表情をしながら肩をすくめるヒューホだ。

 ヒューホもエルセも、二人とも巨獣転身きょじゅうてんしんというスキルを持っている。人化転身が人間らしい姿に変化するスキルなら、これは姿かたちはそのままに巨大化するスキルだ。ヒューホは巨大なドラゴンになれる上に魔法の力も強まるし、エルセは仲間を乗せて全力ダッシュで逃げることが出来る。

 ヒューホが半透明の翼を動かしながら口を開く。


「巨竜化すれば確かにいけるけれどね、僕のあれは効果時間が短いんだよ。頑張っても数分しか使い続けられないから、町まで物を運ぶには向かないんだ」

「あたしは長い間おっきくなれるけど、物は引っ張っていかないと運べないもの。難しいのよ」


 エルセも足元から、ぴょんと跳ねつつ口を開いた。なるほど、確かにエルセは四足歩行、物を持っては運べない。ヒューホも長時間維持していられない。結果としてアンベルに頼るほかないのだろう。

 そしてエルセが額の角をくいくいとやりながら、俺を見上げつつ言った。


「それにさ、あたしやヒューホが町の近くまでおっきくなって行ったら、町の人も衛兵さんもびっくりするでしょ?」

「あ……そうか」


 その言葉に、ハッとして口を押さえる俺だ。

 そうだ、俺が人化転身しないで町に近づくだけでもいい顔をされないのに、エルセやヒューホが巨獣転身した状態で町に近づけるはずがない。

 アンベルが小さく肩をすくめて、俺たち三人へと振り返る。


「我々はどうあがいても魔物だからな。町の中に生きる人々を刺激することは極力避けたい……いや、違うな。避けねばならない・・・・・・・・


 念を押すように言いつつ、目を細めるアンベルだ。彼女の身体の向こう、スカンツィオ村の風景が見えてくる。

 いけない、そろそろ人化転身しないと人の目に留まる。俺たちは立ち止まってすぐに人化転身を行い、ローブをまとってフードを被った。これで、見た目は人間の冒険者、だろう。

 そうしてから再び歩き出したアンベルが、ちらとこちらを振り返る。


「だから君も、町の中に入る時は人化するだろう。そうしなければこの世の中、人の住処には入っていけないものだ……時折、獣人ファーヒューマン程度の人化でも気にせず入っていく者は、いるがね」

「あ……」


 少し諦めたような表情をして話すアンベルに、俺はハッとする表情になった。

 確かに、いる。人化転身をしないままの獣人ファーヒューマンだったり、中途半端な人化までしか出来ない魔獣だったり。冒険者にしろ、集落の魔物にしろ、極まれに明らかな魔物・・・・・・が人間の町に立ち入っている姿を、見ることがある。

 しかしそれも、辺境の村で魔物の集落と交流があるとか、人化転身を身に着けきれていない冒険者が衛兵の監督下に置かれてとか、そういう特殊な事例だ。

 今の口調から、何となく察せられる。アンベルも、そしてきっとエルセもヒューホも、並々ならぬ努力をして半人間メッゾ相当や真人間ウマーノ相当までの人化転身を身に付けたのだ。そしておそらくは、獣人姿のままで人里に入ったことがあることも。

 申し訳ない。俺は勝手に、三人とも最初から出来る・・・と決めつけていたのだ。

 村の入り口のすぐそばまで歩いてきて、俺はふと足を止めた……いや、足を踏み出せなかった。うつむいたままで、ぽつりとこぼす。


「アンベル、俺……」

「ん? 何だ」


 俺の言葉に気が付いて、アンベルがこちらを振り返った。フードの中で大きな三角耳が揺れたのが見える。

 謝らなければ。俺の言葉でちゃんと、勝手に決めつけていてごめん、と言わなければ。心に決めて顔を上げる。


「俺――」

「ラッジ村経由、プラチド市行きの馬車が来るぞー! 道を開けてー!」


 だが、俺の言葉は村の入り口の外で声を上げる、馬車を迎える人員の声でかき消された。見れば、ちょうど俺たちがいる場所に向かって乗合馬車がやってくる。俺たちがプラチドの町に帰るために、乗ろうと思っていたものだ。


「あっ」

「ふむ、続きの話は馬車の中で聞こうか」


 アンベルがくいとあごをしゃくりながら、馬車の停車場に向かって歩き出す。エルセも、ヒューホも当然彼女についていった。俺も遅れるわけにはいかない、すぐに三人を追いかける。

 馬車の停車場につくと、すぐに幌が持ち上げられた。中から冒険者が三人、飛び降りるように降りてくる。


「ありがとう。よしお前ら、行くぞ!」

「はい!」

「ああ」


 リーダーと思しき戦士ウォリアーの男性が、後から降りてくる付与術士エンチャンターの女性と魔法使いソーサラーの男性に力強く声をかける。あとから降りる二人も言葉少なに返事をしながら、それぞれの武器を手に馬車を飛び出した。

 明らかにこれからクエスト、という感じだ。簡易ステータスを見る限りではパーティーはAランク。冒険者ランクは3人ともAだ。

 それならば並大抵のクエストではないことが分かる。アンベルがすぐさま声をかけた。


「すまない。冒険者とお見受けする。この村の近隣でクエストか?」

「ん? ああそうだが、お前たちは……」


 アンベルの言葉に、リーダーの戦士ウォリアーが目を見開く。彼にまっすぐ向き直りながら、アンベルが自身の胸に手を当てた。


「ギュードリン自治区支部所属、『眠る蓮華ロートドルミーレ』だ。依頼帰りだが、手が必要なら貸せる」


 彼女の言葉に俺は目を見開いた。このリーダーは依頼を終えてこれから帰ろうという矢先に、別のパーティーの受注したクエストに飛び込もうというのだ。

 慌てて俺は、手にしたままの保存袋を持ち上げる。


「おっ、おいアンベル、じゃあこれはどうするんだよ」

「スカンツィオの出張所にも倉庫はあるだろう。一旦そこに預けて、こちらのクエストが完了したらまた受け取ればいい。なんならこれからプラチドに戻るこの馬車に乗せてもらって、プラチドの支部で預かってもらうのでもいいだろう」


 事も無げに言ってのけるアンベルに、俺は目をむいた。別に言っていることが無茶苦茶だと言うわけではないが、乗合馬車は馬車を利用する皆のものだ。それに、自分たちの収入に直結する素材を放り込んで任せるとは、無理にもほどがある。

 俺とアンベルのやり取りをよそに、ヒューホが戦士ウォリアーの男性に声をかけた。


「クエスト内容は?」


 ヒューホの言葉に、戦士ウォリアーの男性が目を見開いた。一見したら子供のヒューホからこう言われては、面食らうのも当然だろう。だが、戦士ウォリアーはすぐに気を取り直して口を開く。


「スカンツィオ鉱山の廃坑道に鉄食い鼠アイアンイーターが大量発生した。Bランクとは言え数が尋常ではないらしい。魔法使いソーサラーはうちにもいるが、そちらにもいるなら手を借りたい」


 その言葉に、エルセが唐突に俺の腰を叩いた。ヒューホもこちらに視線を向けてくる。

 そうだろう、アイアンイーターはランクこそBだが小型の魔物だ。硬い表皮のおかげて物理攻撃には強いが、魔法攻撃には弱い。魔法使いソーサラーの、それも範囲攻撃が出来る者にとっては文字通りのカモだ。


「ビト、またとない活躍の場だよ」

「閉鎖空間、大量の魔物、物理攻撃の通りにくい相手。うってつけじゃないか。君なら間違いない」


 二人とも、もうクエスト達成は確実だと言わんばかりに言ってくる。

 それはそうだろう、第十位階にも手が届く俺なら、一掃するなど造作もない事だ。しかし、相手がネズミ系・・・・ということが、俺に二の足を踏ませる。


「……そうかもしれないけど、自信がないよ。俺……」

「恐れる必要はない。我々がサポートするとも」


 だが、アンベルまでもが俺の肩を叩いて励ますように言ってきた。もう三人とも、俺の魔法で片付ける気満々である。こちらの気も知らないで言ってくれるものだ。

 俺が何を言い返すよりも先に、アンベルが冒険者三人に向き直る。


「承知した。『眠る蓮華ロートドルミーレ』、出張所にてクエストを受注した後合流する」

「助かるよ。俺たちは『跳ねる猫ガットリンバルザ』だ。よろしく頼む」


 アンベルにうなずきながら、「跳ねる猫ガットリンバルザ」の三人も笑顔を見せた。

 もう、逃げられない。既に勝った気でいる面々に囲まれて、俺の心はひどくゆううつだった。

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