第9話 猫人、褒められる

 洞穴の中に横たわった人食い獅子イーターライオンの死体を確認したら、あとは素材回収の時間だ。解体用のナイフで死体から牙を抜き、心臓や肝を抜き取り、皮をはぐ。炎に焼かれて大部分の皮に焦げ目がついてしまったが、素材としての価値はそこまで下がらない。

 何しろ、ランクの高いイーターライオンの毛皮だ。鎧に加工したら軽くて丈夫な鎧が出来るし、盾に張ればかなり防御力の高いものが出来る。

 素材は種類で選り分けて、大規模戦闘レイドに参加したパーティーで分配する。こうして分配した素材が、換金されるにしろ武具の素材になるにしろ、そのまま各パーティーの報酬になるのだ。


「素材回収は済んだか」

「ああ、すべて完了した」


 イーターライオンの臓物を選り分けていたアンベルにオットリーノが声をかけると、彼女は頬の血を舐め取りながらこくりとうなずいた。

 回収できる素材は、これで全部だ。後方でオルフェオが大きく背伸びをしている。


「これで、討伐完了か……」

「ああ、ようやく宿に帰って美味いエールが飲めるぜ」


 オットリーノがそちらに振り返りながら、腰をぐいぐいと回している。やはり素材回収は力を使うし、頭も使うのだ。その分冒険者のレベルアップに、大きく役立つ行為でもある。

 と、オットリーノが腰を大きくひねったところで、アンベルのそばで素材の整理と配分の手伝いをしていた俺と目が合った。


「しかし……ねえ」

「ああ、そうだなあ」

「……っ」


 オットリーノが声を上げながら口角を持ち上げれば、オルフェオがにやにやと笑いながらこちらに近づいてくる。俺は表情をこわばらせ、身を硬くした。

 こういう状況になった時に、いい思い出はない。大概俺のフードを持ち上げられてからかわれたり、頭に飛び出した猫耳を触られたりして、俺が半人間メッゾであることを否が応にも思い知らされるのだ。

 だが、しかし。オルフェオの行動は俺の予想だにしないものだった。フードを被ったままの俺の頭に、優しく手を置いてくる。


「やったじゃないか、ビト! お前とうとう第二位階の壁を越えたんだな!」

「しかも一気に第六位階まで使えるようになっただなんて! いつ? いつスキルレベルが上がったの?」

「えっ、あ……え?」


 それと同時に横からバジーリアが、嬉しそうに言いながら俺の肩に手を回してきた。びっくりするくらいに褒められて、俺は状況を飲み込めなくて目を白黒させるしかない。

 微笑ましそうにこちらを見てくるオットリーノも、腕を組みながら俺の方を見てくる。


「ほんとほんと。よかったよ、ずーっと長いこと第一位階しか使えないでくすぶっていたもんなぁ」

「しかもさっきの威力! 第一位階しか使えない状態で腕を磨き続けてきた甲斐が、あったってものじゃないか?」


 「赤色の雪ネーヴェロッサ」の治癒士ヒーラー、今回の前衛陣の回復を担ったフランチェスコ・アメンタがオットリーノの隣で嬉しそうに話している。彼には何度も、スキルレベルが上がらないことについて相談に乗ってもらった。喜びもひとしおだろう。

 だが、それでも。


「みんな……どうして」


 「赤色の雪ネーヴェロッサ」も「黒の波濤オンデネーレ」も、俺のスキルレベル上昇をまるで自分のことのように喜んでくれている。俺が予想していた馬鹿にするような行動など、一つもない。

 確かにどちらのパーティーも俺と面識がある。どんな人柄だかよく知っている。それでも、全くからかいもなく手放しに褒められると、ちょっとむずがゆい。

 イーターライオンの向こうから顔を出したエルセが、拍子抜けしたように言った。


「なーんだ。ビト、もっと皆からいじめられてるのかと思ったけれど、普通に仲良しじゃない」

「考えすぎだったようだね。もっと他人からの当たりが強いのなら、僕たちが守ろうと思っていたところだったが」


 ヒューホも一緒になってため息をついている。まあ、彼らからしたら俺はもっと、冒険者の面々からさげすまれていると思うだろう。無理もない。

 フランチェスコが肩をすくめながらエルセに言う。


「ビトやマヤを心配しこそすれ、いじめるなんてことはしないよ。冒険者として、伸び悩む後輩をからかっていじめるなんてのは、恥ずかしいことだ」

「ま、いわゆる『恥ずかしい冒険者』っていうのも、世の中にはたくさんいるもの。ビトをからかう奴も、結構いたわ」


 フランチェスコの言葉にうなずきながら、バジーリアが俺の頭を撫でてくる。耳も構わずわしゃわしゃとやってくるので少しうっとうしいが、ここまで褒められた上でされると嫌とも言えない。

 確かに彼女の言う通りだ。この二パーティーの面々のように、俺の成長を喜んでくれるような連中ばかりではない。シルビオたちがそうしていたように、俺が半人間メッゾだから、スキルレベルが上がらないからとあなどり、馬鹿にしてくる冒険者はかなりいた。

 だからこそ、俺は恐れたのだ。こうして以前とは打って変わって力を振るえる様を皆に見せることが。

 俺が内心で思考をまとめる中、バジーリアのやりように苦笑を見せながら、オルフェオが口を開いた。


「ビトがたくさん努力を積んできた姿を、俺たちはちゃんと見てきた。だから、ビトが自分の壁を越えたんなら、それはとてもいいことだよ」


 その言葉に、俺は胸の奥が熱くなるのを感じていた。

 俺はずっと隠れるようにして、自分の本当の姿を隠すようにして生きてきたけれど。それでも足掻あがいている様子を、見る人は見てくれていたわけだ。


「みんな……」


 言葉に詰まる。言うべき言葉がなかなか出て来ない。ついつい顔を伏せて、フードで顔を隠してしまう。

 普段以上に、顔が熱を持っているのを感じる。その紅潮しているであろう顔を隠しながら、俺は言った。


「そ、その……あ、ありがとう」


 俺の返事を聞いて、その場の冒険者全員が嬉しそうにうなずく。と、そこで両手を叩きながらオットリーノが言った。


「さあ、一仕事終えたことだし、村に戻ろうぜ。『眠る蓮華ロートドルミーレ』の三人も、ビトも来るだろ?」


 彼の言葉に俺は顔を上げる。今、確かに俺の名前が呼ばれた。


「……いいのか?」


 申し訳ないように眉尻を下げながら言うと、アンベルが軽く俺の背中を叩きながら言った。


「何を遠慮する必要がある? あれだけの働きをやってのけたんだぞ」

「大丈夫よ、行きましょう。それに、もうあたしたちの仲間でしょ?」

「そうさ、大丈夫。もう誰も、君を笑うことはできないだろうからね」


 エルセも、ヒューホもにこやかに笑いながら告げる。

 仲間。仲間でいいのだろうか、俺はまだ正式に彼女らのパーティーに属してはいないし、道中行き合って合流しただけだというのに。

 でも、俺が何かしらの働きをしたことは否定されるものではない。そして見事生き抜いてみせたのだ。祝杯のおこぼれにあずかっても、誰も文句は言わないだろう。


「そうか……そうだな」


 口元をゆるく持ち上げながら、俺は立ち上がった。

 疲れがあるはずなのに、随分と身体が軽い。俺の心は今、達成感と満足感に満たされていた。

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