第9話 貴族令嬢VSホワイト餃子


「ホワイト餃子……?これだから庶民は困るのよ……」




 ガラガラと音を立ててガラスの引き戸が開かれる。午後四時の陽光を背に受けて、長身のドレス姿が逆光の中に立つ。優雅な足取りで、女は──マリーはカウンターの椅子に座った。


「へいらっしゃい」


「スープ餃子、焼き餃子12個のやつ、それからビール大とメンマお願いしますわ」


 マリーはメニューも見ずに言い放つ。餃子屋では餃子を頼むのが当然であるゆえ、余計なロスに時間を使いたくない。


「餃子お時間10分ほどかかりますよ」


「ええ存じておりますわ」


 ホワイト餃子はその特殊な形ゆえに焼けるのに少々時間がかかる。それを見越しての速攻だ。勝負は先手で決まる。

 ホワイト餃子とは千葉発祥の餃子である。通常の餃子とは全く異なる形と見た目の特殊さに似合わぬ味わいの堅実さを持つ。餃子の王将、餃子の満州に並び立つ異端にして強豪の餃子チェーンだ。


「はいビール大とメンマ!」


 軽快に出される酒とつまみ。鮮やかにマリーの手が動く。


「ふぅー……」


 グビグビとビールを飲み、メンマをかじる。ガラス戸越しの背中には、駅前の道をせわしなく走る自動車の音が聞こえる。

 この店は本川越駅の目と鼻の先にある。カウンター席のみと持ち帰りに絞った、いかにも仕事終わりの人間が帰りに夕飯代わりに一杯やるためにある立地だ。

 貴族の中の貴族たるマリーでさえ、その計略にからめ取られるは必然と言えた。


「3日仕事がなくてやっと入った現場は少し遠い川越……背に腹は代えられないものですわ。ですがあらゆる局面を楽しむのが貴族の本懐、この窮地を乗りこなさせていただきましょう……」


 川越。埼玉の観光地として有名だが、あまり来た経験がなかった。


「昔一度だけ来ましたわね。コランティーヌ……コリーお姉様と一緒に……学生時代の微笑ましい思い出ですわ」


 思い出す、かつてコリーお姉様と呼んだ先輩貴族令嬢、コランティーヌ公爵令嬢と歩んだ貴族子女工業高校の瑞々しいスクールライフを。


「お姉様といっしょに貴族子女農業高校に殴り込、交流のための訪問にいった帰りに立ち寄ったんですわ……」


 足立区とはまた違った治安の川越に驚いたものだ。自転車は盗まれるものという常識がないとは。


「あの時は色々とありましたわねぇ……コリーお姉様は退学になって実家のある関西に戻ったそうですが、今はなにをしてらっしゃるのでしょうか」


「へい、まずスープ餃子!」 


 回想を中断される。目の前には小ぶりの丼があった。


「これこれ、まずはこれから楽しみましょう」


 丼の中には、通常餃子といわれて万人が思い浮かべるいわゆる耳型の姿はなかった。

 小さな俵と丸の中間の饅頭、どちらかといえば小籠包に近い形の餃子がスープに沈んでいる。

 レンゲにスープと餃子をすくい、一口。すすりこむように食べる。


「はぁふ……皮にあっさりめの鶏スープが染み込んで、餡の旨味が溢れますわ……! 個性的な見た目に反し、味は堅実。女はギャップのある男にときめくものよ……!」


 熱くなった口内を冷ますために追ってビール。そしてまた一口。


「やはり餃子は茹でが本道……中華発祥のものは中華の調理法に学ぶのが定石……!」


 スープに酢とコショウを加え味を変える。すすり込み餃子をかじる。そしてビール。無限連鎖が止まらない。

 瞬く間に丼が空き、ビールが消える。そして残るは、一握りの寂しさ。

 あらゆる苦難に耐える貴族でも、この寂しさに勝てるものは少ない。


「店員さん、ニッカハイボールおひとつお願いしますわ」


「あいよ、はい焼き餃子に、ハイボールね!」


 レスポンスが早い。ありがたいものだ。


「餃子の本道の茹で、しかし地力では焼きも十分に並ぶもの……とくにこのホワイト餃子の焼きは普通の餃子とは一味ちがいますわよ……!」


 元々丸気味な形の餃子が、焼くというよりは油を多量に使い焼き揚げるといったほうが正しい焼き方により、さらに丸くプックリとしたキツネ色に仕上がることが特徴だ。

 餃子の本道は茹で、しかしホワイト餃子の本領は焼きで味わえるもの。


「まずはタレにつけずそのまま……」


 バリッとした皮をやぶり、肉汁が溢れる。野菜多めの餡の肉汁はしつこくなく、皮と混じり合いハーモニーと化す。


「これですわ……! そしてハイボール!!」


 酒にあわぬはずがない。喉を鳴らし熱量を飲み込む。


「そして次はタレ……醤油、酢にすりおろしのニンニクをたっぷり……!」


 どろりとしたニンニクタレに餃子をつける。口内に爆発するニンニクの刺激を、またもハイボールでながす快感。


「うっま! 川越に来たかいがありますわ!」


 三個、四個、次々と数を減らし気が付けば餃子は残り五個である。マリーはこの局面にて最後の決断を下す。


「店員さん、ライス一つ」


「あいよ」


 届けられた白の山。マリーの箸がより力強く動く。


「やっぱり餃子は白い米と合わせないといけませんわよねぇ!!」


 △ △ △


「毎度ありがとうございましたー!」


 店員の声を背に受けて、ガラス戸を締めるマリー。街はまだ明るい。


「さて、このまま帰るのもなかなか億劫なのですが……また明日も早朝から仕事なのですわねぇ」


 トボトボとマリーは川越駅前行きのバス乗り場を目指す。明日には明日の戦いがマリーを待っているのだ。


「しかし仕事があるということはやはり良いことなのですわ。この局面、乗り切ってみせましょう……しかし、」


 脚を止める。振り返りホワイト餃子の看板を見つめた。


「ホワイト餃子のホワイトって一体どの辺がホワイトなんでしょうか……?」


 ホワイト餃子創業者に餃子を教えた中国人、「白」さんにちなんでホワイト餃子と呼ぶことを、令嬢はまだ知らなかった。

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