十四章 「彼の話」
「ただいまー」
私は誰もいない出店に話しかけていた。
それぐらい心が弾んでいた。
もっと、春斗君のことを知れると思うと嬉しかった。
それに、今はお客さんも来そうな雰囲気もない。
二人っきりの時間だ。
なんだかドキドキしてきた。
「僕の話を聞いてくれる?」
春斗君が、真剣な顔でそう言ってきた。
「なに? どうしたの、真剣な顔して」
「いや、僕もちょっとお客さんになってみたい気になって」
春斗君は、少し笑っていた。
「いいよ。うちの店はお客さんを選んだりはしないから」と私もおどけていつものように答えた。
「ありがとう。これは僕が葵に出会う少し前の話だ」
私はいつものように席に座り、春斗君をお客さんが座る席に座ってもらった。
一人で誰かの話を聞くということが、なんだか新鮮だった。
「それは最近あったことだ。僕は人に騙されて、すべてを失った。本当に一瞬のことだった。地位も名誉も信頼もすべて失った。もう誰も信じられない。努力してる人が報われない社会なんておかしい。蹴落とすか蹴落とされるかないのだろうか。こんな世の中で生きていたくないと思った。何もかも嫌になった。でもそんなことをしてきた相手に復讐したいという気持ちは消えなかった。こんなにもボロボロなのに、悲しいことに復讐したい気持ちだけは残った」
私にも、辛さはわかった。
世の中は残念ながら平等にはできていない。
ずるい人ばかりが、得をする世の中だ。
私もそんな世界嫌だと思ったことはある。
それでも、生きてこられたのはなぜだろう。
「春斗君をそこまで苦しめた人が許せない。一体誰なの?」
私は純粋に春斗君を助けてあげたいと思った。
今からでも間に合うなら、ぜひ助けたい。
「やっぱり葵は、素敵だよ。真っ直ぐで優しい」
そう言って、私の頭をポンポンとしてくれた。
「僕がこれを言うと困るのはわかってるけど」と前置き入れて春斗君はまた話し始めた。
「僕を騙し、全て奪い去った人の名は、笑宮
まさかの名前に驚いた。
それは思い出したくもない名前だった。
その人は、私の父親だ。
「そう。葵のお父さんだよね。ごめんね。でも、笑宮 和樹が憎くて仕方なかった。そして、僕のように苦しめばいいと思った。それから、笑宮 和樹のことを探偵に調べさせた。あれだけの大企業の社長なら、簡単に調べることができた。すると、笑宮 和樹には娘がいることがわかった。僕はすぐに、娘がいるところに向かった」
そこで春斗君は少し黙った。
そしてこう言った。
「あのときの僕はどうかしてた。僕は、笑宮 和樹の娘にひどいことをすれば、笑宮 和樹も苦しむかと信じて疑わなかった。本当に申し訳ない」
「でも、春斗君は、私に何もしなかったよね?
謝らなくていいよ」
私はひどいことなど何もされていない。
むしろ会ったその時から優しくされた。
どういうことだろう。
春斗君が謝ることなど何もないはずだ。
「そういうふうに考えただけでも、葵にはひどいことをしたと思っている。そして、何もしなかったのは、葵をひと目見たときに世界が変わったからだよ」
考えただけで、実行しなくても悪いと思う。やはり春斗君は優しい。
「どういうこと?」
「僕が初めて葵を見たのは、葵がホームレスの人にお金をあげているときだった」
「『これ、よけれはどうぞ』僕は目を疑った。その子は、すごく純粋でキラキラした表情をしいた。何も疑ったりしない顔だった。それとともに、自分が正しいと思ったことには、まっすぐ信じる力を感じた。今の時代、そんなことをする人はなかなかなかいないよ。みんな自分のことしか考えていない。他人なんて、どうでもいい。僕も正直その時まで、そう思ってた」
「その行動を見た瞬間、僕は間違っていたと気づいた。そもそも、本人になにかするのではなく、他の人を巻き込むのはやり方が違う。そんなこともわからなくなっていた。僕は復讐の心で前が見えたくなっていた。そんなときに葵という光が差し込んでした。すると復讐の炎が一瞬で消えた。心から救われたなと感じた。人生で、何で救われるかなんてわからないとそのときひしひしと感じた。僕も救われるなんて思ってもいなかった。一人の人によって、しかも自分よりもうんと若いだろう人に、心が動かされるなんて思ってもみなかった。僕は葵の行動をみた瞬間、これからも生きていていこうと思えた。また人を信じてみようと思えた」
「そのあと少し様子を見ていると、葵は少し困っている様子だった。だから手助けをしたい思い、僕は勇気を出して声をかけた。変なやつだと思われたら、すぐに帰ろうと思った。それはそういう運命だったということだろう。でも葵は、戸惑いながらも僕を受け入れてくれた。
話を聞いてみると、事情はわからないけど、葵は涙を流したいという願いがあるとわかった。
僕はその願いを叶えてあげたいと思った。僕にできることがあれば協力したいと思った。 むしろこのために僕が生まれてきたのだとさえ思えた。それが嬉しくて涙が出てきた」
だからあのとき泣いていたのかと今になってやっとわかった。
それとともに、私達の出会いについて詳しく知れてよかったと思った。
春斗君のことをもっと知れてよかった。
そして、話し終えた春斗君は、申し訳なさそうにしているのは残っていたけど、すっきりとした顔をしていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます