涙、あふれる

桃口 優/再起を目指す作家

一章 「あなたのお話、お金で買います」

「あなたの話、お金で買います」と私は、願いを叶えたくて声をあげる。

 太陽が沈み、夕焼けが町を赤く染める。

 だんだんとこの繁華街の裏路地の色が変わっていく。

 そんな幻想的な風景に似合わず、いつもと変わらずだけど、空気が灰色によどんでいる。

 ここには、太陽の光が沈む場所さえないのだろうかと思える。

 私こと、笑宮 葵えのみや あおいはこの繁華街の路地裏をよく通っている。

 そして、私は今日ここにある出店を出した。

 出店を出すなら、ここだと前から思っていた。

 ここはいろいろな人が訪れるから。

 目の前にやつれて、あてもなくうろついている男性がいた。

 その人に、たくましい体で、黒いシャツに黒のスーツの男が話しかける。

 そのすぐ近くで寒さに震えながら、寝ているホームレスの女性もいる。 

 季節はまだ秋だけど、もうすでに寒くなってきている。

 回りを見渡せば、人はたくさん行き交っている。若者だっている。

 こんなにも人がいるのに、誰もホームレスの女性の心配をする人はいない。

 手を差し伸べたり、声をかけることをしない。

 ピアスを揺らしながら、私はため息をつく。

 それが『普通』だというなら、私は絶対に『普通』になんかなりたくないと思う。

 困っている人を無視するなんてこと絶対におかしい。

 とにかく、この繁華街の裏路地には、優しさなんてものはないようだ。

 私は出店を少し離れ、なんのも迷いもなくホームレスの女性にお金を渡した。

 間違いすべてを正すことは私にはできない。 

 でも目の前の間違いを、見過ごすことは私にはできなかった。

 ホームレスの女性は一瞬驚いた顔をしたが、そのお金を無言で奪って去っていった。 

 私は目の前で起きたことに少し唖然とした。

 これでよかったのだろうかと思った。

 これでホームレスの女性は少しは救われたのだろうか。

 答えはわからない。

 そして、回りの視線が一気に集まっていることに気づいた。  

 その目は「異質なのはあなた」と訴えていた。

 私はそんな視線は気にもせず、、ゆっくりと自分が出している店の方へと戻っていった。

 出店といっても、大したものではない。

 木の机と椅子だけのシンプルな店だ。

 看板なども出していない。

 この繁華街で店を出すのは珍しいことではなく、私のもの以外にも占いの店などたくさんでている。

 この繁華街を知らない人からしたら祭りでもないのに、毎日出店が並んでいるのは異様な光景に思える。

 でも、その異様さが、この繁華街自体を表しているとも言える。

「あなたの話、お金で買います」

 私は叫び続ける。

 誰も私の出店の前に、足を止める人はいない。

 遠目からチラチラ遠慮がちに私の方を見てくる人はいた。

 私にはそれがどんな目か瞬時にわかった。

 私は人の気持ちには敏感なのだ。 

 物珍しさやあわれんでいる目ではない。それは私の外見を吟味している目だ。

 いやらしく下品な目だ。

 長い黒髪をかきあげてにらめつけると、その人たちは慌てて目をそらした。

 声は、闇の中に消えていくだけだった。

 

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