第10話 忘れてはならない

 声がした。

 その声で意識が戻る。体が熱い。声の主は自分自身の呻き声のようであった。酷い悪夢を見ていたみたいだ。額に汗が滲んでいる。

 少し落ち着いたところで、自分が今、図書室にいることに充は気づいた。椅子に座って、寝てしまっていたようだ。

 それにしても酷い悪夢だ。ここまでの夢は今までに見たことがない。果たして、なぜ寝てしまったのか。頭がずきずきと痛む。誰かと話していたような気がする。

 都築優里。

 充の脳頭に、一人の少女の姿が浮かぶ。

 綺麗に梳かれた髪。暖かく包み込むような優しい眼差し。希望に満ち溢れる明るい笑顔。心臓まで届きそうな透き通った声。それでいて、どこか悲しげな表情が美しさを際立たせる。そんな少女。

 彼女は一体誰だ。

 充は、なぜ都築優里という少女が、頭に浮かぶのか分からなかった。分からないが、涙が溢れてくる。忘れてはならないことを忘れようとしているのではないか。言い知れぬ恐怖に襲われる。

 忘れてはならない。完全に忘れてしまわぬうちに、彼女のことを思い出さねばならない。手がかりはあるはずだ。彼女に会うことが、全てを思い出すことに繫がるはずだ。

 なぜはっきりと思い出せない人を求めているのか、自分でも理解することはできない。しかし、それは本能であった。都築優里という少女を探せと、本能が訴えかけていた。彼女を見つけることが、全てに繋がるのだと。

 崩れかけている記憶の中で、都築優里の幻影を追いかけるようにして、充は彼女を探す決意をした。

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