第2話 本は生きる意味だった...

 次の日も、その次の日も、少女は現れなかった。

 名前を聞かれたとき、なぜ聞き返さなかったのかと悔やんでみても、それはもう遠い昔のことのようであった。

 それから何週間かが経過した。

 その間、充は少女の幻影を追って、学校中を探した。朝はいつもより早く登校した。休み時間は学校中を歩き回り、授業中はどこかのクラスが校庭で体育をやっていれば、その中に少女の姿を探した。放課後は少女の言葉を信じて、下校時刻まで図書室で待った。それでも、一度も少女が姿を現すことはなかった。

 地面を打ちつける雨の音が、校舎内にも響く。

 久方ぶりの雨。大地が灰色に染まるのを眺めていると、憂鬱な気分で満たされていく。 

 今日はいつもより、時間の流れが遅い。時計を見る。まだ図書室を閉めるには少し時間がある。相も変わらず他に人はいない。

 手元の本に目を戻したが、文字が頭に入って来ない。本を閉じ、再び視線を外へ向けた。

 一気に雨足が強まっていく。世界から遮断されたかのように雨の音しか聞こえない。

 水滴の重みに耐えられなくなった葉が一枚木から落ちた。

 どすり。不意に大きな音が図書室に反響した。充の意識は外から内へと引き戻される。

 そこには、紛れもない待ち焦がれた少女が立っていた。

「ごめんね。本落としちゃって」

 少女は慌てて床に散らばった本を拾い上げる。

 いつからいたのだろうか。窓の外を見ていたときだろうか。扉が開く音も誰かが入ってくる音もしなかったはずだ。雨の音に気を取られて、気づかなかっただけだろうか。

 一つずつ丁寧に拾い上げては、再び床に落としそうにしている少女を見て、充は固まった足を動かした。不可解な疑問は足を動かしていると、消えてなくなっていた。

「大丈夫ですか」

 充は落ちていた本を拾って机に置いた。続けて、少女も拾い上げた本を机に置く。

 机に置かれた本は、小説をはじめとして、経済や政治の本など雑多なものであった。

「色んな本を読むんですね」

 充は自然と質問の言葉を投げかけていた。

「本を読んでる時だけが、生きてるって気がしてね」

 一拍の間があった。

「うん。なんて言うか、本は私にとっての生きる意味だったんだ」

 少女は力を込めてそう言った。その目に嘘はなかった。

(本は生きる意味だった)

 少女が込めた意味とは違うかもしれない。それでも、充にはその言葉が胸に刺さった。それと同時に、「だった」と言う接尾辞に引っ掛かりを覚えた。

 聞き間違いでなければ、確かに「だった」と言っていたはずだ。今は違うと言うことだろうか。他に生きる意味を見つけたと言うことだろうか。

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