第一章 引っ越し。 -9-



 和月は確かに頼りになる保護者だった。でもそれを足してもマイナスになるほどに、和月は自由奔放、ゴーイングマイウェイ。どんなに頼れても、ふり回し続ける和月の行動を思えば、李斗さんのほんわかした雰囲気は十分安心できるもの。

 紙面の電話番号は携帯のメモ欄に保存しておいた。なにかあったら電話しよう。


「俺はここで一人暮らししてんだ。父さんと母さんは海外で仕事中。気がねなく部屋に遊びきてね、勉強とか教えるよ。一人じゃ暇だし」

 唯久が話し終えると、李斗さんは今はいない住人を紹介した。

 一人は深見川さんというバーのマスター。仕事柄、昼夜逆転生活のため、滅多に見かけることのない男性らしい。


 唯久が「バーマスねえ」と笑う。

「バーマス?」

「うん。俺が談話室の隣の部屋、201号室で、その隣に住んでるのがバーマス202号室。芽依は102号室だよね。103は空室で、101は駅員さん」

 李斗さんが説明を補足する。

 もう一室は駅員が寝泊まりにくる部屋になっているとのこと。


「? 寝泊りって……夜勤の人?」

(ん、でも終電が終わってるから駅員さんは帰れないわけだ。とすると)

 李斗さんが芽依の考えを見透かした風に、

「両方。終電逃したあとだから帰れないし、泊まっていくんだ。車で帰る時もあるけどね。101号室は鉄道会社と契約してて、毎晩、誰かしらが寝にくるんだよ」


 なるほど。となると、駅員全員と会うには何日かかかりそうだ。

 階下の方で「ちわーす」と気の抜ける呼び声が聞こえてきた。ガタッと椅子をはねのけて立ち上がる唯久。


「寿司だ」

 語尾にハートマークがつきそうな、よだれ丸見えの声だった。透明の尻尾をふり回しているのが見える。

「唯久、テーブルの上に飲み物とお箸出しておいて」


 李斗さんはそう言うと、談話室を出て行った。受け取りだろう。芽依のお腹も反射的に空いてきた。

 いそいそと唯久は慣れた手つきで、キッチンからコップやら箸やらを出してくる。芽依と和月は割りばし。二人は、ちゃんとしたマイ箸だった。


(あとでこっち用の箸も買ってこないと……)

 芽依は頭の中のメモ帳に書いておく。

「やー。寿司食べ損ねるとか、バーマスも可哀想だなぁ」

 準備をしながら、唯久はさして残念そうでもなく、むしろ不憫さを面白がっている声色で話す。顔は完全に笑っていた。


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