第一章 引っ越し。 -10-
「今日もその、バーマスは仕事?」
「そー。バーマスは毎週木曜が定休日。遊んでもらうなら木曜を狙うといいよ」
「遊んでもらうつもりはないけど……」
「なんだかんだ言いながら、バーマスは面倒見がいいからさぁ。先週は遊園地に連れてってもらったんだ。いいでしょ」
深見川さんなる人は、どうも唯久によく遊ばれるらしい。気の毒な彼のエピソードはけれど、深掘りされる前に遮られた。
李斗さんが三つ重ねの寿司桶を持って戻ってきた。
「深見川さんも疲れてるんだから、あんまりふり回してあげないでね」
「わ、すごいいっぱいだ!」
テーブルの上に置かれた寿司桶の中身。マグロにサーモン、エビ、えんがわ……どれもキラキラつやつや光っていて、じつに美味しそうだった。唾液が溢れる。
(バーマス、どんまい)
「おいしそーう……」
思わず漏れた言葉に和月は笑みを零す。
「食べようか」
「いただきまーす!」
あったかいご飯、とろけるマグロ。絡み合う二人はほわほわ口の中を漂い、なんとも言えない風味が鼻から抜けてより一層、味が染みる。
(――あぁ、なんて美味しいんだ)
肩から力が抜けて、まるで温泉に入った感覚だった。極上、極上。
「今日は川谷さんがくるって前きた時に言ってた。……寿司、全部食べない方がいいかなぁ」
「少しとっておこうか」
川谷さんというのは恐らく駅員さんだろう。
それならバーマスの分も取っておいてあげればいいのに。とは言わず、芽依は代わりにサーモンを頬張った。
見なれない光景。居心地のよさと、新鮮さが織り混ざった、常連になる前の店にいる感覚。
三年後には後にする、期間限定の我が家。
白けた気持ちなんて微塵も感じさせないどころか、電車も滅多にこない閉鎖的な田舎感、テーブルと椅子だらけの談話室、住人たちで囲む夕飯に、和やかな雰囲気が芽依をいたくわくわくさせていた。
陽の落ちた、明かりの灯らない窓の先。取り残された野原の、最後の砦だ。
「芽依、今日からここに泊まれ。俺は明日仕事だから、李斗に車を出してもらって、必要な荷物だけ運んじゃえな?」
(やっぱり今日からか……)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます