プロローグ 爺の思い出と便利屋。 -2-


 そのエスカレーターの、幼稚園から一緒だったのが呉六の孫、穂澄。二人は今でも仲がよくて、唯久が別の高校に通い始めた今でも、ときおりアパートに遊びにくる。


「そうだそうだ。唯久君、あの学校に通っとったろ?」

「えぇ。この春から二年生になりますね」


 呉六は学生時代に想いをはせ、まぶたを閉じた。口元に広がる笑みが、呉六の過ごした学生時代を物語る。

 しばらくののち、李斗がどら焼きのあんこに到達した頃。


「あの学校にはな、埋蔵金伝説があるんじゃよ」


 おごそかに。呉六はゆっくりと目を開ける。

「埋蔵金? 徳川……ではないですよね?」


「あれはなぁ……黄金の冠だ。いや、わしも噂で聞いていただけだったんじゃ。学友と探しはしたが、結局見つからんでのう。じゃが、好きじゃろ? 唯久君」

「ええ、それはもう。話したら飛び上がって喜びますね」

「そりゃあよかった! 学校で宝探しなんて浪漫があるじゃあないか」


 唯久にはうってつけの、格好の餌だ。李斗も楽しくなって笑い声を漏らす。

 埋蔵金伝説――黄金の冠。

(ああ……なんて楽しそうな話だろう。私も学生時代に知っていたら……)


 李斗は、とある人物を思い浮かべる。彼は奔放で、破天荒で、豪放で――太陽の輝きを持っていた。宮野和月みやのわつき。素晴らしい友人だ。

 棚から牡丹餅の土産を持って、李斗はどら焼きを食べて仕事を終え、呉六の邸宅を後にした。


 李斗が携帯電話で時間を見ようとした時。ちょうど画面に電話の通知がきていた。

(! 今しがた、思い出していた人じゃないか)


「はい、もしもし?」

「おー、李斗。聞いて驚け、俺の娘を水啾深荘に住まわせることにした!」


「はあ?」

 李斗は思わず声がひっくり返ってしまった。聞きたいことが山ほどあるが、ありすぎて言葉も出ない。

「……なんで、急に?」

芽依めいもこの春から時輪の高校生だろ? だからさ。だってそっち、部屋空いてるじゃないか。なにも問題ない」

 芽依は和月の一人娘だ。

「まさか、このあとすぐなんて言わないよね」

 言いながらも、李斗は予感めいたものを感じた。

(……言いそうだ)


「ああ。今から向かう。いないならこっちで勝手に部屋見るけど」

「あのね、管理人を差し置いて話を進めないで。私も今から帰るところだから、勝手に上がってこないでよ。あのアパートの管理も便利屋の仕事の一環なんだから、和月だからって好き勝手使っていいなんて言えないよ」


「はいはいー、じゃあ俺らが先着いたら玄関で待ってるぜ」

 電話は一方的に切れてしまった。

(さすが和月)

 学生時代ふり回されていた、あの感覚をありありと思い出す。懐かしくも、やれやれと肩を竦めずにはいられない、あの若かりし頃の自分に戻った気分だった。


 とにかく、急いで帰らなければ。

 李斗は時輪高校のあれこれを考えながら、車を走らせた。

 砂埃の舞う、緑が瑞々しい景色の中。窓を半分開けて、風を車内にそよがせる。


(――今日は忙しい一日になりそうだ)

 予感ではなく確信を持って、李斗はアクセルを踏んだ。



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