第一章 引っ越し。 -1-
身体に馴染む前の、少し硬い制服。履きなれないローファーが足を圧迫する。気恥ずかしさと、期待に満ち満ちている、はじまりの一日だ。
桜色の影を落とす、階段の躍り場を過ぎ、
「お待たせっ!」
芽依とは対照的に、すっかり身体の一部となった制服を着て、やわらかそうなローファーを履いた人物は携帯から顔を上げた。
「いいねぇ、新一年生! 初々しさが眩しいな」
「ちょっと、恥ずかしいから似合ってないとか言わないで」
「言ってないよ。よく似合ってる」
ストレートにものを言う唯久は、さながら外国人のように大袈裟に手と首をふった。茶髪と、ほどよく着くずした制服。
(むむ、私もそのうち、馴染んでみせる)
芽依は廊下の窓の先に見える、桜の木へ目をやった。ここ、水啾深荘へ越してきた時のこと――本当に、まだ一週間くらい前の話だ。父、和月の唐突な思いつきで、芽依はアパートに一人暮らしをすることになり、唯久たちに出会った。
そう、あの日。
それは穏やかで、花びらの泳ぐ空が気持ちのいい日だった。
芽依は感傷に浸り、ありありと、目まぐるしく環境の変わった、引っ越しの日を思い起こした。
あの日はそう――まだ少し冷たい風と、暖かな日差しを全身に浴び、芽依はまぶたの裏に太陽を感じていた。葉と葉がこすれる爽やかな影にときおり、紙のめくれる乾いた音が混じる。木漏れ日がそよぎ、野花の甘い匂いに鼻がむず痒くなる。
住宅街を抜けた、小高い丘の上。
大木がそびえる、芝生の広がったピクニックポイントだ。眺めのいい丘は、芽依と和月のお気に入りの場所。
芝生に寝転がっている芽依は、隣で小説を読む和月を盗み見た。
ジーパンにグレーのパーカーを着たシンプルな格好。にも関わらず、はつらつと活動的な和月本来の性格と、年齢を重ねるごとに、身に纏う大人の落ち着いた雰囲気が合わさって、圧倒的な魅力を醸す。
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