第34話 陰謀と偶然は表裏一体
今日のユクドニア、北コルロ高校という俺たちが通う高校のある場所はいたって平穏であった。
俺が入学したての時は凛凛と咲いていたはずの桜どもも、今や完全に散り切り、新芽を芽吹かせている。
道中、もはや見慣れた景色であるためか道の景色にではなく自分の意識の内側に、思索にふけることに意識を持っていかれていた。
そうそう、こんなこともあったな、あれは恥ずかしかったななど何らとりとめのないことを思索という高尚なもので言い表していいかどうかはともかく、俺は今までの濃い日常を反芻し、少し苦笑するのであった。
桜の木と比べるとてんで隆々としておらず、人工物であることを感じさせそれを隠そうともしない電柱の陰に彼女はいた。
銀髪のショートカットで無表情な彼女もどこにも焦点が合わさっていない眼を見るとおそらく俺と同じように思索にふけっているのだろう。
俺は別段思索が人間に与えられた唯一のものとは思っていないしましてや人間の機能の中でそれを特別視するイデオロギーも持ち合わせてはいない。
ただ、この時の俺は確かに蘭に声をかけるべきか否かを悩んでいたのである。
思索、確かにある程度は高尚なものだがそこまで高尚なものではないと思っているのにではなぜ俺は声をかけるべきか否かを迷っていたのか。
それは一言で言って思索の持続時間ないしは連続性にあると思う。
思索には積み重ねというものが必要だ。
AはB、BはCであるからAはCであるという論の連続性だ。
これは結論が欠けてもまだ問題はないかもしれない。
いや、その時にしか出せない結論だったのなら大問題なんだがそれはとりあえず置いておこう。
置いておく、という表現はいまいちかもしれなかった。
なぜならこれにはもうすでに結論が出ているからだ。
それは結論が欠けたら大問題という結論だ。
であるから、その時にしか出せない結論が欠けてしまった場合の結論は結論が欠けても大問題ということだ
ということで、そのほかの場合、恒常的に画一された結論が出せる場合を考える。
まあこの問題は先の例にも当てはまるのだが。
その時大問題となるのはAはBもしくはBはCという部分が欠けてしまった時だ。
こうなってしまってはAはCという真理、結論にたどり着けない。
そして思索が外的要因によって中断されたとき、こういうような問題がしばしばおこる。
つまり、人間の記憶保持能力、論の持続性というのは案外低いということだ。
であるから、思索にふけっている人の思索を中断するということはこのような危険性を内包しているということだ。
で、それを理解してもらったうえで今、蘭に話しかけるか否かの問題が再浮上する。
相変わらず思索にふけっている様子の彼女はこちらに気づこうとしない。
あちらから気付いてくれればうれしいのだが。
そしてここまで来て俺は思いついた。
ん?待てよ?思索が外的要因に中断されたら論の連続性が途切れやすいんだよな?
つまり中断されることが思索にとって害のあることなんだ。
ということは中断しなければ……?
つまり俺がその思索に入り込めば……?
この時の俺が言っていたことはどういうことかというとただ単に蘭に「何考えてるんだ?」と聞いて、そして蘭から返ってくるであろう返答を一緒に考えるというものだ。
もしかしたら大半の人は蘭が思索にふけっている様子であるというときにもうすでに思いついていた方法かもしれない。
俺がその結論に行きつくのが遅すぎてやきもきしていたかもしれない。
しかしそこは勘弁してやってほしい。
だってこいつは人とのコミュニケーションが苦手なんだ。
ここは俺に免じて、こいつの無知蒙昧を許してもらえないだろうか。
許してもらえたと仮定して先を続ける。
俺は蘭にその案を実行することにした。
「よ、蘭、何か考え事か?」
「…秘密。」
しまった!俺はこの場合を考えていなかった!
そう、俺の案には一つの欠点があったのだ。
それは思索の内容がプライベートな問題だった時だ。
人は私的な問題は極力人に話したくないと思う。
それは当然なことだしとやかく言うつもりもない。
しかし、しかしだ。
思索については別問題なんだ。
というのは思索にはさっき言ったように連続性がある。
その連続性をプライベートは何らかの外的要因が発生したときに即座に一刀両断する。
つまり、プライベートな問題は誰にでもいえる概念的な問題より重要度が高いくせしてもろく壊れやすいのだ。
プライベートな問題が解決しなかったらもちろん精神の健常な発達はなく、最悪の場合は鬱までも……
俺は何とかその問題の持続性を伸ばそうと、つまり話してくれはしないにしろその論を何回も蘭の心の内で思い出させ定着させようとした。
「蘭はどんな問題で悩んでたんだ?」
「…秘密」
「そうか、で、その論の結論は出たのか?」
「…まだ」
「そうか、じゃあどのくらいのところまで行ったんだ?」
「…まだ全然」
「どういう論理の構造だったんだ?」
「…記憶に依る」
「どんな内容のところまで行ったんだ?」
「…秘密」
よし、これくらいすればいいだろう。
俺は適当な言葉をかけてこれを終わりにしようとした。
しかし、俺のそのはたから見たら積極的な態度は蘭の心に何かを宿したようで
「…真がそこまで手伝いたいなら一つだけできることがある。」
と言ってきた。
俺には願ってもないことだった。
なぜなら手伝うことで論の持続性をより上げることができるからだ。
「手伝えるなら手伝おう。何ができる?」
「…真の女性の好みのタイプを教えて」
「え?」
俺は困惑した。
そんなこと聞いてどうするんだろうと思った。
第一、 俺は女の良し悪しは分からないので返答に困った。
「えっと、ごめん、俺の好みを聞いてどうなるのかわからないんだが…」
「…そ」
そうそっけなく言うと、早歩きして俺を置いていこうとした。
「待て待て、分かったよ、言えばいいんだろ?」
「…そう」
そういうと彼女は無表情ながら目を輝かせて俺の次の言葉を待っているようだった。
「俺の好みのタイプは…」
「…タイプは?」
「ないな!この一言に尽きる!」
そういうと蘭の眼には影が差し
「…そ」
というと足早に俺を置いていこうとした。
「待て待て本当なんだよ!別に嘘とかじゃなくて!」
俺はそんな蘭の後を足早に追いかけるのだった。
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