第9話 野次馬だって当事者です
入学式の前々日となった。
ユクドニアはオリンパスから結構離れた位置にあるので、今から出発する。
入学式式辞で言う文章を懐に携え、寮で暮らすうえで必要な道具一式をそろえた。
今日の天気はまるで俺の旅立ちを応援しているかのような快晴だった。
忘れ物がないよう、念入りに確認していると、時計はもう出発の時刻を示しており、俺は慌ててリビングに駆け込んだ。
そこには二人の姿、父親と母親が座っており、俺のどたどたした足音でそろそろ出発することを悟ってくれているようだった。
「行ってらっしゃい」
二人は声をそろえて言うとどこか昔を懐かしむ様子で、どこか未来を想像する様子で、ただ微笑みをたたえるのであった。
「行ってきます」
俺はそう一言短く言って家の外に出た。
「いっけね、もうすぐ馬車が出ちまう。」
俺は駆け足で馬車の停留所へと向かっていた。
もう少し余裕を持つべきだったか、そう無意味に過去に対する後悔をしながら目的地へと向かっていた。
停留所へ着くとどうやら馬車は今着いたところらしい。最後の乗客が乗り終わるか否かで俺も無事乗り込めた。
「ふぅ、ぎりぎりだな。」
そうひとり呟き、かいた汗をぬぐっているとその馬車の中には見知れた顔があった。
そいつはただ無表情に下を見つめながら、馬車の揺れに従って銀髪のショートカットを揺らしていた。
そう、稲川蘭である。
俺は声をかけるかどうか迷っていた。
何せ途中から疎遠になってしまった相手だしな。
しかし、それとは逆に声をかけないのも失礼だという俺もいて結局は声をかけることにした。
馬車の揺れに注意しながらゆっくり近づいてみるとどうやら結構な荷物を持っているらしかった。
まるでこれから寮で暮らすかのように。
「おう、蘭、久しぶりだな。」
俺は当り障りのないように最小限に言葉をまとめた。
すると蘭はこっち側を向きすぐに俺と分かると
「…久しぶり。」
と言った。
まあ俺にはそこから会話を発展させるような能力はなく、そのあとはただひたすらに沈黙が流れただけだったが。
その沈黙をやぶったのは意外にも蘭だった。
「…私も北コルロ高校に行く。」
ほう、その荷物はそういうわけか。
「そうか、ならこれからもよろしく頼むな。」
ん?しかし、蘭にはこう言っちゃなんだがそれほどの学力はなかったはず。
なんで合格できたんだ?もしかして…あの会わなかった期間に勉強してたとか?
「もしかして蘭、会わなかった時期に勉強していたのか?」
「…そう。」
なるほど、つまりは俺が嫌われていたわけではないのか。
安心した。
しかしなんでそんなに北コルロ高校にこだわったんだ?
蘭ならそのまま行っても一応はエリートになれたじゃないか。
まあその辺はいよいよ受験が迫ってきてもっと上に行きたいと思ったからだろう。
別に聞くほどのことでもないな。
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