第7話 後悔先に立たず7

しばらくすると彼女の家に着いたらしい。彼女は「…じゃあ」と言って家に入ろうとした。




俺の中では彼女の現状に対しての答えがもう見つかっていた。




しかし、語彙の貧弱な俺にはそれを表現するような方法がなかった。




しかし、これを伝えたら、彼女は少し救われるだろうと思えた。




だから俺はその答えを、若干のもやもやを携えながらも言語化しようとした。


「人間の存在というのは個人の中には存在しないかもしれない。


自分の存在は他人との関係性の中に存在し続けているかもしれない。


だから他人と同じ人は他人とは違くなりたい、没個性的になりたくないと思い、他人とどこか違う人はほかの人と同じ世界を見たいと思うのかもしれない。


しかしそれは、他人と競争することは究極的には何の問題もない。


他人との関係性の中にあるなら至極当然の帰結だからな。


問題なのは自分の存在を自分に基づかせるか否かだ。


他人と競争してしまうことの根本には他人との関係性の中に自分を見出している自分がいるからだ。


ここが問題なんだと思う。


では、自分の存在を自分に基づかせるにはどうすればよいか。それは自分の存在を自分で受け入れることによって達成される。


だから、ほかの人と変わりたい、もしくは同じになりたいと思う自分を、これこれこういう能力があってこういう不得意分野があるという自分を、受け入れてあげたらいいと思う。


かといって、受け入れることが何もかもの救済ではないとも思う。


受け入れることはすなわち進化を止めることでもあるからだ。


進化というものは他人と競争することによって、他人との関係性の中に浸ることによって生まれるんだ。


だから自分に無理のない範囲で自分のまだ伸ばせるところは受け入れずに他人との関係性の中へと突っぱねるべきだと思う。


何を突っぱねて何を受け入れるべきかは俺の言うことではないけどな。


自分で考えることだと思うよ。」

どうだろう、これで俺の真意は伝わっただろうか。


顔を見てみるが、無表情のままだ。


伝わったか伝わってないか、それは定かではない。


「まあつまり、俺はお前の敵ではないってことだ。」


俺はそれだけ言い残し、帰路に就いた。











それから塾の帰りではよく彼女に会うようになった。




俺も何十年かぶりに友達ができたのでうれしく思っていた。




彼女の名前は稲川蘭というらしい。

家はお金持ちらしい。

そのためか学業は俺ほどとはいかないものの優秀らしかった。




俺たちはいつも帰り道に勉強を教えあったり学校の話をしたりしていたのだが、ある日、こんな会話がなされて以降、ぱったりと会わなくなった。


「…真は高校どこに行くの。」


「ああ、俺は北コルロ高校だよ。そこで寮暮らしをするつもりだ。」


「…そう。」


俺は何かまずいことを言ったのかと思った。


そういえば蘭の学力は高いと言えど北コルロ高校には遠く及ばなかった。


だからもしかしたら俺の返答が学力マウントに聞こえたのかもしれない。


いや、しかし、欄は無表情だがどこか聖母的な優しさを感じさせる。


そんなことでいちいち怒ったりはしないはずだ。


では何が問題だったのか。俺はいろいろ思考を巡らせたがいよいよわからなかった。











まあ残り少ない期間だったこともあってか、すぐに月日は過ぎ、あっという間に北コルロ高校の受験日になってしまった。




その間、欄とは会えずじまいだった。




前日の朝に出発し、北コルロ高校の近くのホテルへとチェックインした俺は、ぎりぎりまで詰めの作業をして、大急ぎで試験会場へと向かった。




試験会場は、だだっ広い教室に所狭しと机やらイスやらが並べられていて、今一度ライバルの多さに驚いた。




午前は魔術、国語、数学の三科目の試験で魔術、国語に関しては余裕で解けて、数学は少し悩んだ問題が一問あった。




午後は実技試験だ。魔法を遠く離れた的に当てるものであった。ライバルたちは次々とミスしていて、この試験の難しさを物語っていた。




だが、これは俺にとっては簡単すぎるため、少し遊ぶことにした。




しかし、遊ぶといってもどうやって…そうだ!辺り一帯を焼け野原にしてしまおう!




そう考えた俺はイメージをより具体化させるため、詠唱を唱えることにした。


「太陽みたいな…誰もが驚くような…うーん、なんて言えばいいんだろう…」


この語彙力ゼロの詠唱に周りの受験者たちはくすくす笑っていたが、次の瞬間には顔が引きつっていた。


なんと空からでっかい火の玉が落ちてきたのである。それは巨大隕石みたいな風貌でこの世の終わりを彷彿とさせるものだった。


多分すごい速度で落ちているのだろうが、あまりの図体のでかさだからゆっくりに感じられた。


「ちょっと大きくし過ぎたか…縮め!」


そう俺が言うとその炎は凝縮されどす黒くなった代わりに小さくなった。


そして落ちると、その場所にどこまでも続く火柱が立ち、熱波が遠く離れたこちらにも感じられた。


しばらくして火柱がなくなると的は跡形もなくなり、大きなくぼみができていた。


そこから同心円状に焼け野原が形成されているらしかった。


それを見ていた試験官は口をあんぐりと開けながら俺とそのくぼみとを交互に見ていた。


俺は「ありがとうございました。」と一言試験官に言ってその場を後にした。


試験はそのあと応急の場所で行われたらしい。


「ごめんなさい、やり過ぎました」と心の中で反省しつつも何とも言えない達成感に浸っていた。


やっぱり他人に驚いてもらうっていうのは快感だね。そんなことを自覚するのであった。










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