とある駆け出しの結末

「おおおおおおぉ!! やった! どうだ見たかソリッド!」

「おー、生き残ったじゃねえか。良かったなグレンダ、ところでうるさいからちょっと静かにしてくれねえか?」


 ガッツポーズをキメながら雄叫びをあげびしぃとゆびを突きつける『創世神』に対して、やや呆れたような口調で返すのは『破壊神』。

 お調子者な彼を見た神はいつも思うという、本当にこんなのがうえから二番目の『位階』なのか? と。

 それほどに彼はテンションの浮き沈みが激しく、その騒がしさから一部の神には毛嫌いされているほどだ。

 アクの強い性格というものが人付き合いを選ぶのはここ天界でも変わらないらしい、彼は誰とでもうちとけるが誰にでも嫌われるような神だった。


「いいじゃないかいいじゃないか! ちょっとくらい喜んだって、依然ピンチなのには変わりないけどさ!」


 そういったあと体力が残り一まで減少したユニットを見てグレンダは難しい顔をする、難しい顔をしながら騒ぐという器用なことをやってのけた。

 この神、情緒不安定である。


「そうですね〜、でもこの調子ならなんとかなるかもしれませんよ〜? ほら、ダイス目が奮えばソーちゃんのユニットだって倒せるかもしれませんし〜!」

 何やら嬉しそうに悪魔のような提案をしてくるのは『光神』、おっとり真面目に見られがちな彼女であるがその本性はさらりと厳しいことを言うサディストで知られていた。


「流石にそんなことはしないよ! 『逃走』する! ソリッドのダイスがちょっとでも上振れたら死ぬもん!」

「あら、賢明な判断ね。もしかしたら言う通りにするかと思ったわ」


 逃走、読んで字のごとく戦闘から離脱することが出来る。

 宣言した時に相手と自分の素早さを較べてダイスをふたつ振り、その差分よりも出目の方が大きければ逃走成功となる。

 ちなみに素早さに差がありすぎる場合は逃走を宣言することは出来ない、自分よりも圧倒的に速い相手から逃げられないのは当然といったところからの仕様だ。

 グレンダがダイスを振ろうとダイスボットに手を伸ばしたところ、それを言葉で制しストラノが遮る。


「ちょっと待って『怯えトークン』の効果で逃走前に判定が必要なはずよ、確か内容は……」

「そういやそんなの乗ってたな。ストラノ、どんな効果なんだ?」


 言われたストラノは紫のネイルが美しい指で説明書をめくり、今読みあげるわねと前置きを置いてから効果を読み始めた。



 効果の内容は次だ。


 このトークンが乗っているユニットが自身より高いレベルの敵ユニットと戦闘する時、毎ラウンド開始時に『怯え判定』を行う。『遭遇した敵ユニットのレベルと、プラス自分のレベルとの差分』個ダイスを振り、その出目を目標値として『自身のレベルの数』個ダイスを振り、失敗した場合防御行動以外取れなくなる。また、怯えトークンを持つユニットのレベルが怯えトークンの数を上回った場合、怯えトークンを全て取り除く。


「……だって、今だと差分は三だから、逃走は大分厳しいかしら」

「考えれば自然なことですけどね~。自分より強い相手に怯え恐怖し言う事の効かない体を無理矢理に動かし逃走を図る、震える足を遮二無二動かし逃げ出すもしかし力量でも心でも負けている強者は簡単には逃走を許してくれず、無惨にも退路は恐怖する相手自身によってさえぎられてしまう。……嗚呼、素敵ですね~、うっとりしちゃいます」

 慈愛と光の女神と敬われるイデア、下界では彼女の偶像は偶像は両の手を固く組み神秘的な微笑みを湛えた姿でよく作られる。

 しかし今の彼女は両の手を固く組んでいる所は同じだが、その顔には被虐的な笑みが暗く浮かんでいた。


 ……彼女と親しい神ならばみんなが知っていることだが、彼女は真性のサディストである。

 好むジャンルはホラーとパニック物、主人公などが徐々に追い詰められていき精神崩壊するまでの過程が好きだという。

 さすがに大衆の目前で友人や知り合いにそんなことをするわけでもないうえ、光神という立場から『イメージに印象を及ぼす』という理由でなるべく隠すようにしている。

 しかし彼女も隠し続けるのは疲れるのかこういった身内の集まりでの彼女は遠慮というものを捨て去り、唐突に性癖をぶっ込んでくることで有名だ。

 曰く、彼女が書いたシナリオで百年間ほど寝込んだ神もいるらしい。

 こんなことは慣れっこの三柱は特に何も言わずにスルーしてしまうが、彼女のこの一面を初めて見た神は口々に『ちょっと怖いですけど、これはこれで悪くないですね』なんて言っている。

 神のくせに業の深いもの共である。


「まあそうだね、そんなイメージでこのルールは作ったから……それにほら、強い敵と相対したのに恐怖を抱かないってのも、変なものだろう?」

 その言葉を聞いて納得の首肯を返す他プレイヤーを見てグレンダは満足げに頷くと、続きの処理を進め始めた。


 まずは怯え判定、次に逃走判定、二回とも成功しなければまた『ブラッディウルフ』のターンとなるが果たして結果は。



 ***


「ふざけんなよ! 畜生おぉ!」

 トーリアが怒りに叫ぶと同時、第三射目が放たれる。

 低い風切り音を立てながらトーリアへと飛来する矢の軌道は先程よりも性格で、彼の頭蓋を割り木の幹へと磔にしようと襲い来る。


 あわや死体を抱く死体という凄惨なオブジェが出来上がろうという瞬間、明らかに自然風とは異なる突風がトーリアの眼前を駆け抜けた。

 その突風はぼろぼろの矢の軌道を容易くねじ曲げ押し流し、トーリアのはるか後方へ突き刺さることも無く軽い音を立てて落下する。

 目の前に迫っていたはずの矢がとつぜん掻き消えた事に驚きながら、何が起こったか訳もわからず目を瞬かせるのはトーリア。見れば矢を放ったゴブリン自身も何が起きたか分からないようで、その場で地団駄を踏みながら怒りに不快な叫び声を上げている。

 そして叫びながら次の矢を番えるゴブリン、黒くくすんだ茶色の顔を真っ赤に蒸気させ遠目からでも怒っているのがわかる。

 しかしいまだに口を開け惚けているトーリアはその光景を見ながらも動けずにいた、いや、動かなくていいと悟ったのだ。

 何故なら視界の端にゴブリンを狙い弓を引き絞る、冒険者の姿を見たからだ。

 ひゅん、というこ気味よい風切り音と共に矢が放たれる。


 放たれた矢は美しい放物線を描きながらゴブリンの頭を正確に射抜く。哀れな悪鬼は番えた弓を放つことはなく、その小さな脳天を貫かれて絶命した。

 ぐらりとゴブリンの体が傾き糸の切れた人形のように倒れていく、膝をつき前のめりに倒れようとしたところで足が滑ったのか木の幹から足を踏み外し、ぐしゃりと鈍い音を立てて茂みの向こうへと落下した。

 矢を放ったばかりの男はほうとため息をひとつつくとこちらをゆっくりと振り向き、ぎょっとしたように目を見開いたあと誰かを焦らすように呼び始める。


「……い、おいイレーネ! 早くきてほしいっス!死にかけてる奴がいるっスよ!」

 軽薄そうな男の声が聞こえる、人間だ、イレーネというのもは人の名前だろうか。

「うるっさいわね、今そっちに向かって……はぁ!? ちょっと本当に死にかけてるじゃない、報告が遅いわよドロット! ゴブリンなんかよりあっちを先に見つけなさいよ!」

「そりゃいくらなんでもひどいっスよ!? ちゃんとゴブリンも仕留めて……」

 やいのやいのと人をほっぽり出して騒ぎ始める金髪の美人とバンダナを巻いたそばかすの目立つ男の二人、いまだに混乱から回復することができないトーリアはその二人のやり取りを眺め聴きながら自然と力が抜けていくのを感じる。

「お前ら、喧嘩する前に怪我人がいるなら救助が先だろ! イレーネは治療! ドロットは俺と周囲警戒! いいな!?」

 治療、たしかに今そう聞こえた、つまり『神秘』を扱える人間がここにいる。

「助けてください! この子が、俺を庇って死にそうなんです……!」


神秘ミュステリオン』とは、遥か昔に実在し崇められた神が人に授けた秘術の総称。

 そのむかし人間を含むこの世の全ては『創世神』によって生み出された、魔獣も森も山も海も魔族も分け隔てなく元は土くれだったものを『創世神』によって形あるものへと作りかえられ、命の息吹を吹き込まれたのがこの世界の始まりとされている。

 創世の逸話として今も語り継がれるかの神の御業により作られた世界の名は『神の箱庭エルヘイム』、即ちトーリア達の暮らすこの世界のこと。

 この世界は紛うことなき本物の神によって作られた世界だ、かつて実在したかの神は配下に命じてこの世界に生きる生命に様々な能力チカラを与えた。

 治癒や物質の硬化や軟化、毒の除去や判別を可能にする『神秘ミュステリオン』を始めとした数々の技術を。


 神が自身の世界へと還った後、悠久の時を経てかの神の名が忘れさられると同時に神秘の会得方法は失われてしまったが、代わりにそれらの技術は神の遺した『秘術』として昇華された。

 やがてその技術は神が遺し秘匿された技術、神秘ミュステリオンと呼ばれるようになっていったのだ。

 今では神秘は先天的に身体に宿る『素質ギフト』として行使できる人間が限られている、そのため冒険者で神秘を扱える人材というのはとても貴重で、どこのパーティでも引っ張りだこだと言う。


「はいはいちょっと見せてね……うわっ、こっちの子、相当ヤバいね。でもまだなんとか助かるよ、安心してちょーっとどいててね」

 イレーネと呼ばれた金髪の女性がトーリアへと駆け寄ってくる、彼女は腕の中で今にも息を引き取りそうになっているハルナを見ると少し慌てた素振りを見せたが、治療不可能ではないと判断したのかすぐに真剣な顔つきに戻る。

 イレーネが袖を捲るとしなやかながらもきめ細かい腕が顕になる、神官職だからか屈強と呼ぶには遠いような細井腕だったが、今のトーリアにはその腕がどんな戦士よりも頼もしく見えた。


 イレーネの細い指が仄かな翠色を放ち始める、指先から手のひらへと広がっていく翠色の光はやがて彼女の両手を輝きで包んでいく、見れば血管のような細い管を通して彼女の心臓から供給されているようだった。

 これが噂に聞く『治癒』という名の神秘なのだろう、翠色の輝きはまるで宝石を思わせるような美しさを称えており、まさに神の与えた秘術にふさわしい奥ゆかしさを秘めていた。


 イレーネがハルナの患部へとその手をかざす、衣服から骨まで混ぜ合わされた半液状の患部は直視することを躊躇うほどに壊れており、トーリアが小さく悲鳴をあげるほどに酷い傷口だった。

 しかし彼女は患部から一切の目を離さずまるで「こんなものには慣れている」と言わんばかりの目つきで淡々と、迅速に治癒を施していく。

 トーリアにはその姿がまさに救世主に見えると同時、まるで動じないその背景を少し考え、背筋に寒いものが走った。


 身体の内側から肉がせり上がるようにして傷が少しづつ癒えていく光景は、治癒の光に反して生々しく思わず嘔吐きそうになるほどに気味が悪い。

「……別に無理して見なくていいのよ、私は見なれてるけど坊やにはまだキツいでしょ?」

「いえ……大丈夫、です。俺だって冒険者ですから、慣れとかないと」

「そう、真面目ね」

 そんなやり取りをしている内に傷口はほとんど塞がってきていて、ものの数十秒で完治してしまった。

「ほい、じゃあ次は肩のほうね。いやーそれにしても……即死しなくて幸運だったね」

 本当にその通りだと心の中で首肯するトーリアからは既に焦りは消えており、助かったという安堵感で満たされていた。

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