とある駆け出しの冒険
森へと入ってから一時間ほど経過した、引き受けた仕事の内容は『ウェアウルフ八頭の討伐』だ。
通常生息する狼より二回りほど体高の大きいウェアウルフは、いわゆる駆け出し卒業の指標として掲げられていた。
狼特有の素早さと力強さ、群れを作り危機を感じれば近くの仲間を呼ぶために遠吠えをする。
特徴は通常の狼と何ら変わりないがそれでも厄介なことに変わりはない、ウェアウルフの持つ牙は皮の鎧を容易く食い破り、その爪は鋭くそして長い。
なまくらではウェアウルフの獣皮を斬り裂くことも出来ず、知能も高い。
そのため駆け出しはまず『ウェアウルフからは逃げろ、そして誰かと合流しろ』と教わる。誰かと合流さえ出来れば死角も減り、負担も減り、そして戦力は増える。
一人で戦い勝てるかどうかも分からない博打を打つくらいなら、他の冒険者を見つけて助けてもらうべきだ。
名誉やプライドよりも身の安全、冒険者の心構えのひとつだ。
トーリア達はこれまでの冒険の中で何度かウェアウルフを倒している。そのためハルナもこの依頼を選んで引き受けたのだろうが、トーリアは一抹の不安を覚えずにはいられなかった。
今まで彼らが狩ってきたのは群れからはぐれた個体や他の冒険者を殺して食事の最中の個体、不意打ちや戦力差で仕留めるようなやり方が多かった。
一度仲間を呼ばれて正面から戦わざるを得なかった時があった、トーリアは一人で一頭を相手に互角以上に立ち回れていたものの、ハルナは一頭を相手に少し押され気味だった。
ハルナが焦りを感じ始めたのはその時からかもしれない、自身より後輩の冒険者よりも弱いと感じてしまったのだろう。
ちなみにフォローをしておくと彼女の本職は索敵や斥候であり、剣を振るい鍛錬してきたトーリアよりも少しばかり劣るのは仕方の無いことではある。
実際彼女は斥候にしてはかなり戦えるほうだ、本人がその事に気付いているかは分からないが。
正直言ってトーリアは、自分たちがこの依頼を受けるにはまだ早いのではないか? と懸念している。
しかしそれはハルナも同じようで森に入る前「どこかで冒険しなくちゃ次にはたどり着けないんです」と言っていた、まるで自分に言い聞かせるかのように。
自分の少し前を歩く茶髪の女の子を見て思う、抜き身の短剣を構え周囲を警戒しながら歩くハルナには、どこか鬼気迫るような迫力があった。
こんな子が勇気を出しているのに俺がビビってどうするんだ。
いつでも抜けるようにと長剣に手を添えたまま生唾を飲み干し不敵に笑う、トーリアは遅すぎる覚悟を決めた。
***
「親はボクだね! インストもしやすいし丁度いいや、人族は一番説明しやすいし」
グレンダは盤面を見ながらどのユニットで説明するかを悩んでいるようだ。
部屋一つをまるまる使って作られたボードゲーム『ラ・リベルタ』、この盤面はグレンダが管理する世界エルヘイムと完全にリンクしており、この盤面で動いた事象が下界へと反映され、それ以外の下界で起きた出来事がリアルタイムでこの盤面に映し出される。
ボードゲームというよりストラテジーゲームと呼んだ方が近しいかもしれない。
グレンダ達は手番ごとにどのユニットを動かすか、どの領土で何をするか、どの都市でどのような政策を打ち出すかなどを決める。
ここの四柱の神の操作によってエルヘイムの行く末は決まる、行き着く先が破滅なのか安寧なのかは……ここのプレイヤー次第ということだ。
グレンダが操作するのは人族、つまり人間だ。
数が多く繁殖力が高いため動かしやすい、ちょっとの犠牲ならば持ち前の繁殖力ですぐに無かったことにしてしまえる上に、初期の時点で領土とユニット数を多く保有し初速が早い。
しかしユニットの成長限界が他種族よりも低く設定されているせいで少数精鋭を作りにくかったり、時折生まれる強力なユニットも動かすためには制約があったりとユニット単体での強さに欠ける。
なら数を集めればいいだけなのだがそれはそれでデメリットがあり……この辺りはおいおい話すことにしよう。
このゲームの最終目標は『他のプレイヤーよりも多く領土を獲得する』こと。
領土からは色々な資源が取れる、このゲームでは主に四つの資源をやりくりしてプレイする。
まずは金、政策や都市計画など文明の発展に寄与する。
次に食料、生物が生きていく上に必要、これが足りないと餓死したり食料を巡って争いが起きたりする、超大事。
三つ目が魔力、これは金や食料のように必須という訳では無いが主にユニットの強化に使用する。
エルヘイムの大地から湧き出る不思議な資源は生命体を強化しより高次元へと引き上げる、とどのつまりがレベルアップだ。
人族の成長限界が低いと言ったのはこの魔力を保有できる最大値が低いということ、人族は魔力適性が高くない。
そして最後に文明、これは他三つと違い消費はせずに積み上がっていく。
いわゆる文明レベルというやつだ、文明レベルが上がらないと打ち出せない政策や、文明レベルが上がるからこそ捨て去られる技術もある。
とはいえ低すぎると他資源のやりくりが難しくなったり、単純にやれることが少ないので選択肢を取りづらかったりする。
基本は上げ得だ、なぜならできることがふえるから。
初期領土が多いということは文明を除いた三つの資源の保有量、生産量が多いということであり、スタート時に幾分かの余裕があるということ。
そして領土が多いということは他プレイヤーに攻められやすい上、守りきるのも難しいということ。
ユニット自体のステータスが高くない人族でどう領土を守りきるかが勝負どころとなる。
初速が早く扱いやすいが戦力は頭打ちになりやすい人族。どうやって序盤のリードを守りきるか、どうやって強力な敵を倒して領土を獲得するかがキモになるだろう。
そうして自身のユニットの特徴と大まかなルールを説明しグレンダはほか三柱の顔を見る、特に難しいルールでもないのでわからないということはないだろう。
次の説明を続けようとしたところ、ソリッドが藪から棒にこう言った。
「しかしオマエもよく思いつくよな、世界をまるまるゲームにしちまおうなんてよ。っつうか、テストプレイなら『秩序神』あたりの方が適任なんじゃねえか?」
盤面と自身の持ちコマ、そして説明書をめくりながらソリッドは言う。
『秩序神』ルモロ、胸の半ばほどまであごひげを伸ばしたおじいちゃん神だ。
秩序神と呼ばれているが実際はただの小うるさいおじいちゃんで、小さなルールにも口を挟むいわゆる和マンチだ。
しかしその観察眼は確かなもので、細かいルールミスなどにもよく気が付くし、何よりテストプレイの場合はルールの穴などに気付いてくれるため頼りになる。
本来ならテストプレイには最適の人材なのだが……。
「ボクもそう思ったんだけど、自粛がうんたらソーシャルなんとかがうんとかってうるさいかなって」
ほか三柱はそれを聞いて納得したようだ、ストラノはその光景を少しばかり想像したのかげんなりとしている。
「あの爺なら確かに言いそうね、想像しただけで頭が痛くなるわ」
「でしょー? だからみんなに来てもらったんだ、それに君たちは『厄神』より位格が上だろう? 格下の神の権能にそうそう負けないだろうしさ」
「それもそうですね〜、もし病に罹ったとしても私がいますから〜」
神には『位格』と呼ばれるものが存在し、自身の位より低い神からの影響は受けにくい。
ちなみにこの四柱の位格は上から数えた方が早い、というより上から二つ目だ。
一番上は神をまとめる神、『最高神』と呼ばれる。
最高神なんて言うと偉そうに聞こえるが実際は年がら年中寝て夢を見ているぐうたらである、そのため世界の管理において実質的な最高権力を握るのはグレンダ達だ。
下界では全世界で信仰されていたり、逆に全世界で畏怖されている神ばかりなのだが、そんなものゲームには関係ないので省くこととする。
卓を囲えば皆平等である。
そんないつもの会話を挟み弛緩したところで、グレンダが続きを説明し始める。
「じゃあまずはユニットを動かしてみようか! 本当なら手番で行動を設定した後に次のプレイヤーに手番を移してその後全体処理って流れになるんだけど、今はチュートリアルだからすぐさま処理しちゃおう! 今回動かすのはー……これかな」
グレンダが指を触れると様々なテキストと共に『初級冒険者』の一文が浮かぶ。まだ冒険を始めたばかりの冒険者、取り立てて特徴はないがすぐに死ぬのを見かねた『幸運の神』に守護されているユニット……らしい。
「あら〜、意外と凝ってるんですね〜」
「その割にステータスの項目は少ないな、このスキル欄ってのはなんだ?」
スキル欄と呼ばれたところをソリッドが指差す、そこにはいくつか空欄のウィンドウがあり、鍵マークと共に「レベルアップにより解放」と書いてある。ちなみにこのユニットのレベルは一だ。
「まあそれはおいおいかな、種類は沢山あるんだけど実際何やるかわからないとイメージつかないと思うし。一手番回ったら確認しよっか、動かすのは……ここでいいかな」
そうしてグレンダが動かしたのはエリア『宿場町』のコマだった。
***
森に入ってから約数時間が経過しようとしていた、奥へ行けば行くほど鬱蒼と茂る草気の所為で太陽の位置がよく見えない。
ここまでに二度ウェアウルフと遭遇した、両方ともが群れからはぐれた個体だったため、二人で協力すれば難なく倒すことが出来た。
しかし依頼の達成数である八頭にはまだ程遠い、はぐれだってそうそういるわけじゃない。
このままでは日が暮れてしまう、そのことを察したハルナは悔しそうに歯噛みする。
トーリアはというと仕事の達成よりも身の安全、特にハルナのことを気にしているようで焦っている素振りは全く見えない。
彼も内心焦っていないわけではないのだがハルナを安心させようと落ち着いたように振舞っているため、彼女はそのことに気が付かない。
余裕そうな態度のトーリアを見てハルナは余計に焦りを感じた、このままではきっと彼は私より先に行ってしまう。
ハルナが抱いている焦りとは自身の成長ではなく、ようやく出逢えた仲間に置いていかれることだった。
不意に高く並び立つ木の間から差し込む日光が行く先を照らした、その先を見たハルナはびくりと身を震わせると足を止め、トーリアにも止まるように指示を出した。
しぃー、と唇に手を当て静かにするように促す、ハルナが指を指した先にいたのはウェアウルフの群れだった。
木陰に隠れて様子を伺う二人、どうやら対象は現在食事中のようでこちらに気付く素振りすら見せない。
群れの数は三頭、私かトーリアが二頭を引き受ければ倒しきれる。
群れの数は三頭、俺が二頭引き受ければ倒せなくはないけど、仲間を呼ばれたらちょっとまずいな。
「ねえトーリアさん」
「なあ、ハルナ」
お互いが同時にお互いの名前を呼ぶ、二人は面食らったような顔になり顔を見合せ、相手の顔があまりにも近いことに気づくとすぐにそっぽを向いた。
「……あの、私が右の二頭引き受けますから、トーリアさんは左の大きいのを頼めませんか?」
そうしてハルナが指を指した先にはほかの二頭よりも体高の大きいウェアウルフがいた、毛並みもどこか立派でツヤがあり、食事にはありつかずに毛繕いをしている。
「仕掛けるのか? ……俺は一旦逃げた方がいいと思うんだよ、この辺りに来るまで誰ともすれ違わなかったし、それにあのウェアウルフが食べてるの……人間だ」
そうしてトーリアが指を指す、丁度木の影になってきるせいで見にくいが投げ出された腕は既に力なく開かれており、ウェアウルフが咀嚼をする度に小刻みに揺れている。
きっと先行していた冒険者だろう、仲間の姿が見えないことからはぐれたか置いてかれたか、もしくは一人だったか。
ハルナはそのことを言われてようやく気付いたのか『物見』の魔術を静かに起動する、猛禽類のように瞳孔が開くに連れて自身の視界が研ぎ澄まされていく。
『物見』の魔術はついさっき使えるようになったばかりの魔術だ、遠くのことを見ることができるようになる。
今は視界に小さく映るものを拡大して見ることが出来る程度だが、練度を上げていけば都市から別の都市の様子を覗き見ることもできるようになるらしい。
「本当だ、全然気付きませんでした……ごめんなさい、私焦ってるのかもしれません。いつもトーリアさんに任せっきりで、今回も私一人ならここまで来れてませんし」
しょんぼりと肩を落とすハルナ、本来なら自分の仕事である偵察の役目もまともに果たせなかったことがだいぶショックだったようだ。
「そんなことないよ、俺だってだいぶ楽させてもらってるんだ。むしろ俺の方が助かってるって、ハルナの力がなかったら、俺はもう三回は死んでるかもしれないんだよ? 」
慰めるようにでも励ますようにでもなく、ただただ本当のことを言ったとばかりの彼の表情に安堵を覚える。
少しは役に立てていた、そのことを実感すると共に心の重荷が降りていくような気がした。
「そう言って貰えると助かります、やっぱり、背伸びしすぎはいけませんね」
そうしてはにかむ彼女の横顔は、いつにも増して魅力的に見えた。
ここしばらく微妙に感じていた心の壁がひとつ、取り除かれた気がした。
「そうだよ、無理して命を落としたら元も子もないんだから。それじゃあ奴らが……ご飯に夢中になってる内に離れよう、仕事の期限までまだ時間はあるんだしさ」
「そうですね、それじゃあ……危ないッ!」
ハルナはトーリアを思い切り突き飛ばすと同時、彼女を巨大な黒い影が押し倒した。
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