とある駆け出しの暫く
冒険者となって一ヶ月が過ぎた。
最初の頃は安全な地域での採集や近場の森の見回りなど簡単な仕事しか受けられなかったが、ようやく本格的な冒険者らしい仕事を任せてもらえるようになった。
イエナスの村から東へと進むと中程度の規模の森がある、立ち入り禁止になるような危険度ではないが一般人の立ち入りが制限される程度には危険な森。
単に東の森と呼ばれているこの区域には魔獣退治の他にも色々な仕事があった。
まずは採集、森の入り口より少し奥に行ったところにある薬草や果物や特産品であるキノコ、可能であれば魔獣の巣を潰したりもする。
比較的安全で森歩きになれることもできるため、自信がない冒険者にも人気の仕事だ。
次に荷物持ち、これは先輩冒険者についていって荷物を持つという仕事だ。
実入りは悪いが採集よりも森の奥深くに潜ることができ、他者の許可があれば魔獣の素材なども持って帰っていい。
そして一番大きいのが先輩の知識や経験を聞きながら教わることができる点だ、人脈も作れるため小器用な冒険者に人気。
そして最後に見回り、トーリアがここ一か月で受けていた依頼の大半はこれだった。
東の森には冒険者だけでなく一般人も多く立ち寄るため、冒険者が定期的に見回って安全を確保する必要がある。
この安全の中身には魔獣との遭遇だけでなく、一般人を狙った盗賊や強盗への対処も含まれていた。
トーリアはここ一ヶ月でそうした場面に出くわすことは無かったが、他の区域では冒険者くずれのごろつきが一般人へと襲いかかった事案が発生していたらしい。
詳しく話は聞けていないがなんでも、パーティのメンバーが自分を残して全員死んだから自暴自棄になったとかなんとか。
トーリアはそれを聞いて「かわいそうだな」と少し同情するのとともに、「ばかなやつだな」と犯罪に手を染めた冒険者くずれを軽蔑した。
先に旅立った仲間がそれを見たらどう思うのだろうか、と。
その冒険者くずれはたまたま街に来ていた衛兵に連れていかれたとか、然るべき罰を受けた後に釈放となるらしい。
法整備が行き届いてるとは言い難いこの世界において、真っ当に裁かれ真っ当な処罰がくだることは珍しい。
いまだに私刑を執り行う風習が残る地域もあるらしいし、仮に王都であっても人の手の届かない場所で起きている犯罪はごまんとある。
中には犯罪に手を染めていることを知られながらも一向に裁かれない貴族や商人もいるらしい。トーリアはそれを聞いてどうしてだろうかと考えてみたことがあるが、原因を理解できなかったのでそれ以来は「そういうもの」として流してしまっている。
そのことを考えれば例の冒険者くずれは幸運なのだろう、これまでの経歴は不幸だったかもしれないが。
園冒険者くずれは先週頃、しきりに謝罪の言葉と共に逝った仲間の名前を呼び、涙を零しながら馬車で連行されていったという。
彼のこれからはどうなるのだろう、その日トーリアはなかなか寝付けなかったが翌日にはすっかりその疑問を忘れ、薬草採集に精を出していたという。
そんなトーリアだが最近はどこか様子がおかしい、傍から見てても浮かれているのが明らかなくらいだ。
冒険者になりたての頃は毎日装備としかめっ面でにらめっこし、剣の刃こぼれがないか指でなぞり確かめ怪我をしていたというのに。
最近の彼と言えば鼻歌なんて歌ってしまいながらそれらの点検を行ってしまっている、点検自体はいつも通り真剣に行っているものの上機嫌な鼻歌が途切れることはなく、ここに彼の父親がいたなら叱りつけていたことだろう。
しかし彼の父親は出稼ぎに出てしまっている、もう三年ほど帰ってきていない。
母親は既に他界しており彼の家族は父親と彼自身の二人だけだ、男二人の世帯と言うと少々むさ苦しいかもしれないが、これはこれで過ごしやすかった。
ああ果たして、彼の身に何が起きてしまったのだろう?
***
「お待たせハルナ、待たせちゃったかな?」
「いいえ全然待ってませんよ、私も今ついたばかりですし」
これである。
一か月前より髪と髭の手入れを欠かさなくなったトーリアの目の前にいるのは一人の少女だった、頭一つ分ほど背の低い彼女は名前をハルナというらしい。
彼女はつい最近意気投合した冒険者仲間で、可愛かった。
ふわっとした茶色の髪は後ろで一本にまとめられており、邪魔にならないように短めに切りそろえられている。
大きな瞳は小動物を思わせ彼女の明るい性格は場を華やかにさせる、返事もはっきりしており丁寧語を崩さない
つまるところ、いい子だ。
意気投合してからはすっかり二人で冒険に出るようになり、稼ぎも以前より増えていた。
頭数が増えればその分儲けが減るのでは? と一般人はよく言うが、実際のところはその逆だ。
人手が増えれば背負って帰れる荷物が増える、目が増えることは索敵の負担を減らすことになり、手が増えることは作業の効率化にも影響する。
そのほか戦闘や撤退、仕掛けていい場面が増えたりと沢山あるが……人が増えたからといって効率が悪くなるなんてことは全くの真逆である。
彼女は手先が器用で身のこなしが軽く感覚が鋭い、索敵や罠の発見はお手の物で二人で冒険することになってからそれらはハルナに任せ切りだった。
トーリアは剣の扱いはそこそこなもののそういった部分が苦手で、必要以上に気を配りすぎるせいで移動ペースが遅かった。
逆に彼女は力や技術に乏しく、せっかく獲物を見つけても持ち帰れなかったり、そもそも勝てる場面が少なく稼ぎが少なかった。
こうして一人が一人を補い合う関係を『パーティ』と呼んだりするのだが、まだ出会って日が浅いしまずは試しで暫くという約束になっていた。
もちろん人が増えれば増えるほどトラブルもあるものだが、幸いにも二人は相性がいいのか今のところトラブルになりうる事は起きていない。
可愛いから組んでいるのではなく、お互いの不得意をカバーしあえるから組んでいるのだ。
彼の鼻の下が伸びているとしてもそれは家の中でだけだ、トーリアは分別のつく男だった。
それにこれはハルナにとっても悪い話ではなかった、彼女は確かに可愛いがそのせいで面倒な場面に出くわすことも少なくなかった。
主にナンパや勧誘や……強盗など。
ソロで若い女の冒険者というのは侮られやすく、盗賊やそういった輩にとって格好の餌食だった。
現に彼女はこれまで三度ほど強盗に襲われそうになっている、その度に得意の身のこなしで逃げてきたのだが、そうなれば稼ぎは当然減ってしまう。
トーリアと出会ったのもちょうどそんな時であり、強盗に襲われているところを彼が助けてくれたのだ。
無論すこしの不安がない訳では無いが、ある程度異常に信頼のおける男性とパーティが組めるのはありがたかった。
「それじゃあトーリアさん、今日もよろしくお願いします!」
「うん、こちらこそよろしくハルナ!」
「今日は魔獣の討伐にチャレンジしてみませんか? 最近私思ったんです、戦いに関してはトーリアさんに任せ切りだなって……」
ハルナが困ったようにそう告げる。
事実彼女らの稼ぎはもっぱら採集した素材や群れからはぐれた獣の肉、そしてやむなく戦闘しなんとか倒した魔獣の素材が少しといった具合だった。
彼女も冒険者になってしばらくだ、戦えるようにならないとという危機感があるのかもしれない。
「そんなのぜんぜん気にしなくていいのに、俺も索敵とかは任せっきりだしさ……でも、うん」
困った顔のまま俯く彼女に笑ってそう返すが眼だけは真剣だ、その理由とは至極単純で、トーリアも似たような思いを抱いていたからだ。
それは「そろそろ稼ぎ始めないとまずい」という危機感、そろそろ駆け出しではいられなくなるという危機感。
一ヶ月という時間は長いようで短い、言葉にすると月単位とは長い方なのだが、過ごしているとそうでも無い。
そこに齟齬が生じる、誤解が生じる、焦りが生じる、そして結果を求めてしまう。
冒険者の中ではこれを『│最初の落とし
トーリアは能天気だし頭は良くないが馬鹿ではない、今すぐに結果を求めることが無謀なのは理解していた。
しかし目の前の少女、ハルナは焦っていた。
彼女はトーリアよりも早くに冒険者となり、いまだにトーリアと並んだ位置にいる。
自分より後ろだった者を間近で見てしまうと焦りも生じようというものだ、彼女の表情には熱意と共に焦りがありありと見て取れる。
実際のところ、彼女は戦いが不得手なわけではない。
素早い相手との戦いにおいてはトーリアより上手く立ち回っているし、多少強い魔獣相手でも引かずに致命傷を避け、時にはトーリアを助けている。
パーティを組んでいなければトーリアはこれまでに三回は危険な橋を渡ることになっていたのだが、経験の浅い彼らにそれを理解しろというのは酷なものだろう。
「よし、行こう、でも無理はしないこと。大丈夫だよ、ハルナは俺なんかよりずっと強いし、いつも助けられてるから」
「……っ、ありがとうございます! それじゃあ私、カウンターに行ってきますね!」
とたとたと駆けていくハルナの見送りため息を吐く。
「俺だって、やるんだ。いつかはやらなくっちゃならない、それが今ってだけだ……そうだろ?」
鼻の下を伸ばすことはあれど装備の点検、特に剣の手入れを怠ったことは一度としてない。
一か月前に比べて傷の増えた相棒は、少しばかり曇った輝きを返してくれた。
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