222.
『ごめん! 家に着くの七時半過ぎになりそう!』
『分かった。帰り道、気を付けてね』
思ったより
彩織とのトーク画面を閉じて、連絡先から
えーっと……これか。アイコン画像が自撮りだからすぐに見つけられた。見れば見るほど私とは真逆な子だなぁ……。
『お疲れ様です。
ここまで文字を打って、一度手を止める。
同期なのに堅すぎかな。もう少しフランクでも良いかな。
『こんばんは。藤代です』
そもそも私からって通知がいくんだから名乗る必要なくない? いや、でも連絡先を交換してから初めてメッセージを送るし……。
思いついた言葉を書いては消して、書いては消して。何度もスマホをタップした。
『お疲れ様。もう仕事終わった?』
結局、間を取って少しだけフランクに。これならきっと小野寺さんも気兼ねなく返信出来るはず。
ドキドキしながら返信を待つ……こともなく、一瞬で既読が付いた。早すぎる。心の準備をする時間なんて全く無かった。
『もう家にいるよー! どしたん! 珍しい!』
『あのね、さっきスーパーで
『は⁉』
ああ、早い早い。私がメッセージを送る前にどんどんメッセージが届く。面と向かって会話してる時と全く変わらないな、この速度感。
話がこじれる前に一番重要なことを伝えないと。
『偶然ばったり会ったの。それより!』
『なに?』
ようやく小野寺さんの連投が止んだ。今のうちに……!
『多井田さん、料理出来ないからカップ麺ばっかり食べてるんだって!』
よし、言ったぞ。やっと言えたぞ……! これでもっと二人の距離が近づくはず。
『え、マジ?』
『本当。買ってるところ見たから』
『そっかぁ……』
なんだかさっきから煮え切らない反応だ。じゃあお弁当作ってあげようかな、みたいな話になるかと思ったのに。
『それ、私もなんだよなぁ……』
『え』
『今日の夜ご飯見る?』
『うん……?』
待つこと数秒。食べかけのコンビニ弁当の写真が送られてきた。ちょうど今、ご飯の時間だったんだ……。
『ね? これ、同じレベルじゃない? 多井田さんと』
『確かに……』
小野寺さんも早いうちから実家を出て、一人暮らしをしていたからてっきり自炊が出来ると思っていた。……つい数分前までは。
『多井田さんにお弁当でも作ってあげたら? って言おうと思ってたんだけど……』
『無理だねぇ。残念ながら』
文章でしか見ていないけれど、うなだれる小野寺さんの姿が目に浮かぶようだ。スマホを見ながら残念がっているに違いない。
『そっかー……』
『藤代さんが教えてよ。出来るんでしょ?』
『え、私……? それはちょっと……』
正直、私なんか人に教えられるレベルじゃない。まだ勉強中の身だ。小野寺さんをこの部屋に呼ぶわけにもいかないし……。
『えー、駄目なの?』
『うーん。……あ、北山さんは? 料理得意って聞いた気がするよ』
そう言えばそうだ。実践で一緒になった時、休憩時間に聞いたな。かなり料理が得意で家庭的だと。……あくまで本人談だけど。
『えぇ……北山ぁ……?』
『仲良いんでしょ?』
『仲良いっていうか……昔馴染み?』
会社で顔を合わせる度に二人とも微妙な顔をするから気になっていた。昔馴染みってことは小学校が同じだったとか? 良い機会だし、聞いてみようかな。
『ねえ、昔馴染みって』
どういうことなの。続けて文字を打とうとしたら玄関の鍵が開いた音が聞こえた。
しまった、もうこんな時間か。かなり長い時間チャットしていたみたいだ。
入力しかけのメッセージを消して、急いで次の言葉を打ち込む。
『ごめん。ちょっと同居人帰ってきたから返信遅くなるかも』
『え。彼氏?』
数秒で返ってきたメッセージに既読を付けず、スマホを机の上に置いた。後で弁明しないとな。
「ただいまぁ」
「おかえり」
立ち上がり、キッチンに向かおうとした瞬間に彩織が部屋に入ってきた。声も表情も疲れ切っている。
「バイト長かったね。お疲れ様」
「うん、疲れたぁ」
「待って待って。先にお風呂行っておいで。お湯はり終わってるから」
「ん、そうする」
すぐにでもソファーに倒れ掛かりそうだったから慌てて止めた。ソファーで寝落ちだけは避けたい。一回寝たらなかなか起きないから、彩織。
「羚ちゃんはお風呂まだなの?」
「うん。ちょっとスマホ触ってた」
「へえ、珍しい」
「だからこれから夜ご飯作るよ。お風呂上がる頃には出来てると思う」
「ありがと。じゃあお言葉に甘えて、先にお風呂貰うね」
会話もそこそこに、着替えとバスタオルを片手に脱衣所へと歩いて行った。口数が少ないから相当疲れてるな、あれ。
「さぁて……」
今度こそキッチンに立つ。きっとお風呂上がりは暑いだろうから、今日のメニューは最適だ。
私も小野寺さんに料理出来るよって言えるように頑張らないとな。
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