196.

「日曜日? ちょうど暇だから行けるよ」


 会社に戻って聞いてみたところ、多井田おいださんが快く引き受けてくれた。それも一つ返事で。


「ありがとうございます。十時に駅集合で良いですか?」

「いいよ。着いて行くだけで良いんだよね?」

「はい」


 返事を貰い、すぐに小野寺おのでらさんにチャットを送った。すぐに既読が付き、スタンプがたくさん送られてくる。


『ありがとう! すごく助かる!』

『駅集合って言っちゃったけど良かった?』

『うん。私もそのつもりだったから大丈夫!』


 仕事中だし、スマホを触ってばかりなのも良くないな。


『ごめん。仕事に戻るから返信後でするね』

『分かった! 仕事終わったら連絡ちょうだい!』


 最後の小野寺さんのメッセージに既読を付けて、スマホをポケットに仕舞った。

 もう一度多井田さんにお礼を言って、自分の席へと戻る。さて、と……なんだっけ?


「……あ、そうだ。領収書」


 さっき買ったものの精算をしないと。

 さっきメモした手順を見ながら、精算用の専用ページを開いた。


藤代ふじしろさん、それさっき買ったやつの精算?」

「はい」

「いくらぐらいになった?」

「二千円弱です。土と苗だけ買ってきました。肥料は倉庫にあったので、それを使おうと思います」

「オッケー。植える時になったら教えてよ。俺らも手伝うから」


 こういう時にすぐ手伝うって言える二人には本当に助かっている。部下として頼りやすい。何かあれば相談しようって思える。


「ありがとうございます。……あの、植えるのはまだ先なんですけど。これ、見てもらって良いですか? よく分かんないページに飛んじゃって………」

「どれどれ?」


 早速助けてもらおうと思う。教えてもらったけど、精算処理よく分かんない。勘定科目たくさんありすぎ……。


「ああ、これね。これは——」















「お疲れ様です」


 経費の精算と花壇の整備。その二つだけで午後が終わってしまったな。まさかあんなに花壇が荒れ果てているとは……。


「藤代さん、お疲れ」

「お疲れ様です。お先です」


 まだ仕事があるようで野中さんと多井田さんは席に残っている。私に出来ることがありますか、と聞いたら無いと言われてしまったから、今日は素直に帰るしかない。

 私もたまには残業したいなー……。



『仕事終わったよ』


 車に乗り込み、エンジンをかける前に小野寺さんにチャットを送った。ついでに彩織いおりにも同じ内容を送っておく。

 数秒と待たずして、小野寺さんからチャットが返ってきた。はや。


『お疲れ! 直帰?』

『うん。今、駐車場』

『今日の夜、時間ある? ご飯行かない?』


 ご飯、か……。どうしよう。せっかく久々に会ったし、行くべき……? でも家には彩織がいるし……。

 なんて返事をしようか考えていると彩織からもチャットが返ってきた。


『お仕事お疲れ様! 今日の夜ご飯は筑前煮にしたよ!』


 ちょうど作っている最中であろう写真と可愛いスタンプ。ああ、これはもう……。



『ごめん、今日は都合悪い……。ご飯はまた今度でお願い』

『そっか。じゃあ日曜日のお昼奢らせてよ! 一緒に来てもらうからお礼したい』

『分かった』


 短くチャットを返すと既読が付いた。きっとこの後は返信がこないだろう。

 スマホをリュックに仕舞い、エンジンをかける。今日はこのまま家に直帰だ。筑前煮が私を待っている……!






「ただいま」

「おかえりー! ご飯出来てるよ。あ、お風呂が先が良い?」


 玄関を開けるとすぐに彩織が飛び込んできた。可愛い。私の車が止まるのを見ていたのかな。


「ご飯が良いな。写真で見たよ。すごく美味しそうだった」

「えへへ。得意料理の一つだからね、筑前煮」


 彩織の頭をひと撫でしてから洋室へと向かう。家に帰ってから彩織を撫でるのもだんだん習慣になってきた。


「ちょっと待ってて。準備してくる」

「ありがとう」


 リュックを肩から下ろし、そのまま床に座り込む。なんか疲れたな……。


「先にご飯とお味噌汁ね」

「ん」


 彩織からお椀を受け取り、二人分並べる。あ、今日のお味噌汁はじゃがいも入りだ。


「はい、お箸」

「ありがとう」


 最後に筑前煮の大皿とお箸を受け取って、今日の晩御飯が出揃った。


「いただきます」


 早速筑前煮に手を伸ばす。ニンジンからまずは一口。美味しい。


「美味しい」

「本当? 良かった」


 ホッとしたように彩織も筑前煮に手を伸ばす。今まで彩織が作ったもので口に合わなかったものなんてない。心配しなくて良いのに。


「明日の夜は——」

「バイトないから私が作る!」

「いや、でも私も定時——」

「私の方が早いから作る!」

「はい……」


 やっぱりこういう時、強く出られないんだよなぁ。だけど、そうだな。せめて……。


「帰りに甘いもの買ってくるけど、食べたいものある? 彩織は何が好き?」

「え。別に気を遣わなくても……」

「たまには甘いもの食べたいなーって思うんだけど。彩織はいらない?」

「……いる! チーズケーキが良いな」

「オッケー、分かった。買ってくるよ」


 なるほど。こういう言い方なら彩織も心置きなく返事できるのか。心のメモ帳に書き残しておこう。



「そうだ、また学校の話聞かせてよ。今日は何してた?」

「バレーボール大会の練習したよ。明日が本番なの」

「へえ。懐かしい。私の時もあったなぁ」


 そっか、明日なんだ……。尚更ご飯作ってもらうの気が引けるな……。


「ねえ、やっぱり明日は外でご飯食べない?」

「給料前だからちょっときついかな……」

「私が払うから大丈夫。バレーボール頑張ったご褒美に美味しいもの食べようよ。ね?」

れいちゃんが良いなら……」

「じゃあ決まり。食べたいものある?」

「何でも良いよ。羚ちゃん決めてよ」


 スマホを取り出し、予約サイトを開く。どこのお店が良いかな。彩織がいるなら居酒屋は止めておこう。駅の近くのほうが便利かな。


「ここは? お寿司好き?」

「うん、お寿司好き。でもこのお店高くない……?」


 お店のホームページにはカウンター席の写真が載っている。所謂回らないお寿司屋さんだ、ここは。


「行ったことあるけど、そうでもなかったよ。プレートで頼めばそんなに高くない。むしろリーズナブルかも」

「そう? じゃあここが良いな……!」


 お店が決まり、すぐに予約した。週末だけど席は空いていて、すぐに予約完了メールが返ってきた。明日が楽しみだな……!

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