184.

 事務所に戻るとちょうどお昼休憩のチャイムが鳴った。ゾロゾロとみんな食堂に向かって行く。

 自分の席に戻り、スマホを開くと通知が一件。差出人は……双葉ふたばさんだ。


『今日のお昼、こっち来る?』


 つい数秒前に送られた短いメッセージ。それを見て私も短く返事をする。


『行く』


 スマホと水筒を持って事務所を出る。行き先はもちろんあの休憩場所だ。







「あ、藤代ふじしろさん。お疲れ様」

「お疲れ」


 既に双葉さんはベンチに座り、お弁当を広げていた。今日のお弁当は……ハンバーグに卵焼き、サラダ。なかなか手の込んだお弁当だ。これを全部作るのにどれくらい時間がかかるんだろう。


「どうしたの? じっと見て……あ、ハンバーグ欲しい?」

「え、そうじゃないよ。これ作るの大変だろうなーって思っちゃって」

「大変じゃないよ? ハンバーグとサラダは昨日の夜の残り物だし。ご飯と卵焼きを朝に準備しただけ」

「ふぅん……?」


 まじまじと双葉さんのお弁当を見つめる。今日は朝ご飯に時間をかけすぎて彩織いおりのお弁当を何も準備出来なかった。千円札一枚を手渡し、コンビニで何か適当にと頼む始末だ。

 彩織は料理上手だから自分で準備出来るかもしれないけど、たまには私が作りたい。


「ついに藤代さんもお弁当派になる?」

「私じゃなくて彩織に作りたいなって」

「また惚気か……」

「惚気じゃないし」


 双葉さんはお腹いっぱいだと大げさに両手を振る。

 失敬な。これじゃあまるで私がいつも惚気話ばかりしているみたいじゃないか。


「で。なんで彩織ちゃんにお弁当作りたくなったの? 朝は会う事なかなか無いんじゃないの?」

「あ……」


 そういえば双葉さんに言ってなかったな……。彩織が正式に家を出て、うちに住み始めたこと。お母さんと和解したこと。そして夏には新居で一緒に暮らすことを。

 今ここで話したらびっくりするだろうなぁ……。でも言わないとなぁ……。


「……あの。つい昨日のことなんですけども」

「なんで急に敬語?」

「実は色々あって、彩織と一緒に住んでるだけど」

「……はぁ?」


 眉間に皺を寄せ、不機嫌さを全く隠さずに双葉さんは唸る。こういう顔をされると背筋が凍りそうになる。というか、怖い……。


「色々って何? そこが気になるんじゃん」

「色々は色々だよ。知りたかったら彩織に直接聞いて。私からは言わない」

「ふぅん。ということは彩織ちゃん関係で何かあったってことか」

「う……」


 何も言わないつもりだったのに察しが良い。これこの話題を続けていたらボロが出そうだ。


「それより。次のアパートをここにしようと思ってるんだけど、どう思う?」


 お気に入りに設定していたアパートを双葉さんに見せる。築十年、会社に近い、今より部屋が広い。かなり好条件なアパートだ。


「結構きれいなところだね。……あ、結構ここから近いとこ?」

「うん、上大沢駅の近くだよ。今は水積みずみ駅の近くに住んでるから、会社からちょっと離れてるんだよね」

「じゃあ私のアパートとも近くなるね。タコパ出来るじゃん! 冬はお鍋出来るし!」

「それ良いね。お鍋って少人数でするより、大人数分作ったほうが美味しいし」

「ね。それ以外でも集まりやすいの良いなぁ。私も彩織ちゃんの手料理食べたい」


 そっちか。双葉さんも料理上手だけど、彩織の腕前が気になっているらしい。

 お鍋でもたこ焼きでも。何をするにしても四人で集まるのは楽しそうだな。実現させたいものだ。


「この物件ってもう見に行った?」

「まだ。来月の頭には行くつもり。一応ここ以外にも何件か目を付けてるから、全部見てから決めようと思ってるよ」

「一人で行くの?」

「彩織にもついて来てもらう。私が良くてもあの子が嫌なら違う部屋を選ばないといけないし」


 一人で決めるつもりは毛頭ない。二人とも良いと思った部屋に住みたいから。

 築年数、部屋の間取り、周辺のお店。何を重要視するかは人それぞれだからきちんと意見を聞いておかないといけない。

 私はトイレとお風呂が別で、それなりに部屋がきれいだったら何でも良いと思っちゃうタイプだ。それ以外に大したこだわりはない。

 彩織はどうだろう。やっぱり築年数が浅くてきれいで、近くにコンビニやスーパーがあったほうが良いんだろうか。


「双葉さんはさ、高校を出てすぐ一人暮らしを始めたんだよね?」

「うん、そうだよ。最初は親のすねをかじって一人暮らししてた」


 一人暮らしはお金がいる。特に暮らし始めは何かと要りようだから。家具に家電、消耗品。必要な物は次から次へと増える。


「その時はどうやって部屋を決めたの?」

「うーん……防犯面がしっかりしてて、会社から近いところ。あとトイレとお風呂は絶対別が良い」

「それ、私も同じ」

「だよね? 別の方が良いよね?」

「絶対そう」


 アプリでアパートを探す時、絞り込み条件で真っ先にチェックを入れた。アパートを探す上で最優先事項だと思う。


「さっき見せてくれた物件は洋室が二つあったけど、これってそれぞれの私室ってこと?」

「うん」

「一緒に寝ないの?」

「……一人になる時間も大事じゃん」

「まあ、そうだけど。藤代さんの部屋がどっちの洋室を使うのか知らないけど、新しくベッドを買うつもりなら大きめ買いなよ?」


 ニヤニヤと笑いながら双葉さんは私を揶揄う。言われなくても次はセミダブルのベッドにするし……!


「あんまり揶揄わないでよ。泣いちゃいそう」

「藤代さんが泣くところは見たくないなぁ」

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