181.

「——というわけなんです。私が若いから舐められたんですかねー?」

「いや、それは……どうだろう。でも管理者の言うこと聞かないのは駄目だね。大人としてどうかと思う」


 さっきまでの恋愛相談とはまるで違う、北山きたやまさんが打ち明けてくれた悩みは深刻なものだった。

 若くして現場の管理者になり、自分より年上に指示する立場だから起こる悩み。なんとか解決してあげたい。


「その人はまだ良いんですよ。一応、私の指示を聞いてくれるんで。でも、もう一人の作業者は駄目ですね。全然言うこと聞かない。安全巡回で指摘されてるから直せって言ってるのに……」

「いくつ年上だったっけ? その人」

「えーっと……十二個ですね」

「三十過ぎて、それはちょっと……」


 北山さんのラインの作業者が言うことを聞かない。それを三十歳を過ぎた良い大人が。

 年下が上司でやりにくい気持ちも分かるけど、仕事なんだから割り切るしかない。

 ……って本人に言って聞かせられたら楽なんだけどなぁ。


「この前なんかひどいもんですよ。保護メガネ使ってなかったのを指摘されてるから、ちゃんと毎回使ってくださいねって言ったらシカトされましたもん」

「うわぁ……」

「別に言い方もきつくないし、変なことを言ってるわけじゃないのに。当たり前なことを注意したんですけどねー」


 話し始めたらキリがない。思い当たる節がありすぎるみたいだ。北山さんは次から次へと腹が立った話を繰り出していく。管理者も大変だ……。











「いやぁ、全然解決してないけど話したらスッキリしました!」

「そりゃあれだけ話せばね……」


 三十分間以上、止まることなく話し続けた北山さんは清々しい表情を浮かべた。

 私に話してスッキリするのは良いけど、根本的な問題は何も解決していない。

 私が作業者に何か言っても逆効果だろうし、野中さんあたりに言ってもらったほうが良いのかな。それとも北山さんの上司に頼んでみるのもありか……。


「しかし、こうやって悩みを人に話すのも大事ですねぇ……。解決するかどうかは置いておいて、気が楽になりますよ」

「ん、今日聞いたことはちゃんと改善されるように動くよ。私一人じゃ無理かもしれないけど……。野中さんたちの力を借りて動いてみるよ」

「期待して待ってます!」


 北山さんはそう言って快活に笑いながら席を立とうとした。

 あれ。あと二つは……?


「どこ行くの? あと二つも話聞くよ?」

「そのつもりだったんですけど、今日は止めときます。だってほら。時間押してるみたいだし」


 時計を指差しながら気まずそうに言う。確かに時計の針は十一時を指そうと——


「ヤバ。足立あだちさん、迎えに行かないと」

「すみませぇん。時間たくさん取ってもらっちゃって」


 部屋から出ようとする北山さんに続き、私も慌てて後を追う。約束の時間まであと数分。きっとラインで待ちぼうけしてる。早く行かないと。


「ねえ。さっきの話だけど」

「どの話です? ……あ、山木やまきさんの件は頼みましたよ! 藤代ふじしろさんが頼りなんですからね!」

「そっちはあんまり期待しないで……。って、そうじゃなくて。まだ二つ悩み事があるんでしょ。会社でまた時間取っても良いし、ここで言い辛かったらチャットでも良いから。また話してよ」


 ポンと肩に手を置くと、北山さんはピタリと動きを止めた。そしてゆっくりと振り返り、私の顔を凝視しながら言う。


「どうしたんです……? 藤代さん」

「え、なに……?」


 まさかそんな表情をされるとは思ってなくて躊躇ってしまった。行き場を失った私の右手が空を切る。


「だって、なんだか……優しく、なった?」

「それは……前は優しくなかったってこと?」

「いやいや、違います。そうじゃないです」


 大袈裟に手を振り、北山さんは否定した。


「前だったらきっとそうは言わなかったかなって。相談乗るよって言ってくれるとは思わなかったから……」

「ああ、そういう……」

「はい。私が話しかければ藤代さんはきっと話を聞いてくれるとは思うんですけど。まさか自分から相談してって言うとは思わなくて。少し、びっくりしました……」

「……しょうがないじゃん、北山さんの担当は私なんだから」


 自分でも思う。もっとマシな言い方は出来なかったのかって。

 だけど北山さんを前にするとつい、こういう言い方をしてしまう。ちゃんと可愛い後輩だって思ってるんだけどな——



「藤代さん、照れてます?」

「え」

「しょうがないなーって表情かおしてないですよぉ。可愛い後輩が心配で仕方ないって素直に言えば良いのに」

「はぁ?」

「そうやって眉間に皺寄せてると後輩が寄り付きませんよー! 次は足立さんと面談なんだからもっと笑顔じゃないと!」


 ふにっと私の両頬を揉みながら、北山さんは笑う。力が強くてちょっと痛い……。


「ん……いひゃい……」

「はいはい。笑顔、笑顔」

「んぅ……」


 この子と会う時はいつもこうだな。ペースが崩れるというか、雰囲気に流されるというか。



「足立さんのお迎えですよね、私も行きますー!」

「もう……」


 嬉しそうに私の後を追う北山さんを見ていたら文句を言う気も失せた。というか、何を言っても無駄な気がする。

 この子は何があっても自分のペースを崩さない。ある意味、物凄くマイペースとも言える。


「ついて来ても良いけど、急ぐからね。時間ヤバイから」

「分かってますよぉ。急ぎましょう!」

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