111.

「じゃあ藤代ふじしろさんは五年目ってことか。俺の二個下……で合ってる?」

「合ってます。今年はまだ誕生日が来ていないので二十二歳です」

松野まつのの一個下、北山きたやまの一個上ってことか。そういえばさっきの名札って北山のとこのだよな? さてはアイツ、藤代さんに押し付けたな……!」

「打ち合わせがあるって言ってましたよ」

「だとしてもメールの一つでも入れろっていつも言ってるのに。藤代さんも何か仕事押し付けられたら断ってくれて良いからな。お前が自分でやれって」


 北山さんのことはよく知っているらしく、山木やまきさんの口調は厳しい。


「今回はちょうど事務所に戻るところだったので。私は全然……」

「優しいなぁ、藤代さんは。でもアイツの為にならないから、今度からは自分でやらせてほしい。アイツ、すぐサボるからな」

「分かりました。次からはそうします」


 山木さんは北山さんの事情に詳しい。話しているところは見たことないけど、案外仲が良いのかもしれない。


「よく知ってるんですね、北山さんのこと」

「ご近所さんだからな。小学校の時から知ってるよ。幼馴染ってやつ」


 それは驚きだ。北山さんと山木さんにそんな接点があったなんて。


「初耳です。じゃあ、小学校から就職先までずっと一緒ってことですか?」

「いや。高校は別だったな。俺は工業高校だったから」

「そうなんですか……」

「藤代さんは商業だろ? 北山から聞いたよ」


 自分がいないところで話題に出されるのは苦手だ。北山さんだし、悪口は言わないだろうけど。


「……北山さん、私のこと色々言ってますか? 山木さんに」

「よく話題に出るな。今月の頭に藤代さんは事務所に上がっただろ? それをなんで教えてくれなかったのって噛みつかれたよ」

「よく話題に出るって……」

「憧れの先輩なんだってさ。これからも仲良くしてやってくれよ」


 憧れって……私が? 北山さんにとっての憧れ? 本当に?


「おっと時間だ。事務所に戻ろうぜ、藤代さん」

「え……はい」


 休憩が終わり、私たちは急ぎ足で事務所に戻った。

 名札はこれから作るから。そう言って山木さんは自分の席へと戻って行った。私も自分の仕事を……。


「……写真」


 せっかく北山さんのラインに行ったのに写真を撮り忘れた。また第二棟に行かないと。

 自分の要領の悪さに呆れながらため息をついた。

 再びカメラを片手に第二棟へと向かう。







「あ。藤代さんだ。今日はめちゃくちゃ会いますねー」

「ラインの写真を撮り忘れちゃって」


 打ち合わせは既に終わったらしく、北山さんは管理者机にいた。休憩中なのか右手にはペットボトルが握られている。


「打ち合わせ終わった?」

「ちょうど今さっき終わりました! 新商品立ち上げの話でした」

「新商品が出るんだ。それって北山さんが担当なの?」

「私がってわけじゃないけど。第二棟全体の話なので呼ばれたんです。第二棟は十時休憩前に必ず毎日管理者ミーティングがあるんですよ」

「え。そうなの? 第一棟はやってない……と思う」


 そんなミーティング、第一棟にはない。朝礼や昼礼はあるけど、それはライン単位で実施しているはずだ。やっぱり第一棟と第二棟では文化が違う。


「管理者間でのコミュニケーションを円滑にするためでもあるらしいですよ」

「そうなんだ……。喋るの苦手な人にとってはしんどいね」

「あー、藤代さん苦手ですもんね。知らない人と話すの」

「うん…………うん?」

「だって、私と話す時はいつも少し怯えてるじゃないですか。私の方が年下なのに」


 一見適当そうに見えて、北山さんは鋭い。周りを見ていないようで、実はしっかり見ている。

 だけど怯えていると思われるのは心外だ。


「確かに知らない人と話すのは苦手だけど……別に北山さんは怖くないし、怯えてないよ」

「本当ですかー? たまに顔が強張ってますよ、藤代さん」


 そう言って北山さんは私の頬をつねった。痛い。


「いひゃい」

「頬っぺた柔らか……。って、そうじゃなくて。怖い顔してたら後輩が寄り付きませんよー?」


 心の中でムッとなったが口には出さず、目で訴えた。それを見た北山さんはすぐに両手を離してくれた。


「……北山さんはすぐ来るじゃん、私のとこに」

「そりゃ私は人の目なんて気にしませんし。ましてや藤代さんの顔色なんて気に留めたこともなかったですよ」


 それはそれでどうなんだ。会社員なんだから、せめて上司の顔色くらいは気にしてほしいものだ。


「藤代さんとお話してみたいって言ってる子はたくさんいるんですよ、この会社に。もうちょっと歩み寄りやすい雰囲気を出してもらえると助かるんですが」

「私とお話したい人? 誰それ?」

「ほらぁ、そうやって眉間に皺寄せるから後輩が寄り付かないんですよ」


 今度は私の顔に向かって手が伸びてきたから思わず一歩引いた。伸ばされた北山さんの右手は空を切る。


「ああ、流石に顔に触れるのは良くないですね。すみません」

「さっき頬っぺたつねった」

「頬っぺたは良いんじゃないですか? 先輩と後輩を繋ぐ大事なスキンシップですよ」


 尤もらしい事を言っているが、北山さんが言うとなんだか薄っぺらく感じる。完全に偏見だけど、前科がありすぎて仕方ないと思う。


「とにかく! 藤代さんはもっと親しみ易い先輩でいてください!」

「私が親しみ易くなくても北山さんに関係な——」

「良いですね?」

「はい……」


 言いくるめられてしまった。北山さんのように圧が強い人に何か言われるとついつい頷いてしまう。


 だけど……本当に私と話してみたい後輩がいるのなら、少しくらい笑顔で挨拶しても良いかもしれないな……。

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