112.

「おい、北山ァ! お前、藤代ふじしろさんに仕事押し付けただろ!」

「げ。来ちゃったかー……」


 北山きたやまさんに断りを入れて、ラインの中で写真を撮っていたら聞き覚えのある声が。振り向くと山木やまきさんが仁王立ちしていた。


「山木さん、どうしました……あ、名札。すみません、第二棟に来させちゃって」

「良いって良いって。散歩がてら来たから」

「名札ありがとうございまーす。田中さん、新しい名札出来たよー」

「あっ! 逃げやがった、アイツ!」


 ひったくるように山木さんの手から名札を奪い、作業者の元へと歩いて行った。北山さんは逃げ足が本当に早い。


「はー、本当にアイツは……。今度会ったら怒っとくわ」

「でも、ああやってすぐに作業者のところに行くのは偉いですね。作業者思いの良い管理者ですよ」

「藤代さんは褒め上手だな」

「そうですか?」


 思ったことを言っただけなんだけど、山木さんは感心したように何度も頷いた。


「褒めることも大事だからな。俺はアイツの悪いところばっかりに目がいってしまうからアレだが……。ま、褒めるのは藤代さんに任せるよ。安全自主研究でも北山とは同じチームだろうし、よろしく頼む」

「こちらこそ。学ばせて頂きます」


 後ろ手で右手を振る山木さんの背を見送りながら、ちらりと時計に視線を向ける。

 早いな。お昼の休憩まであと三十分程度しかない。時間が過ぎているわりに仕事はあまり進んでいない。

 私は急いで残りの写真を撮り、第一棟の事務所へと早歩きで戻った。







「はい、お疲れ様でーす」


 お昼休憩を挟み、昼礼が始まった。

 野中さんがいくつかの連絡事項を挙げ、指差呼称をする。それがいつもの流れだったけど、今日は違う。

 連絡事項を話し終えると野中さんは多井田さんに視線を向けた。


「えー、安全実践研究なんですけど、さっき詳細決まりました。軽くこの場で説明します」


 やっぱり。多井田さんに視線を向けた時、薄々気づいていた。安全実践研究のことなんじゃないかって。


「今回は前から話していた通り品質保証課と合同で実践します。チームは三つ。年代別で組もうかと思います」

「年代別って……?」

「松野と藤代さんは同じチームかな。若手組な。俺と野中さんはオッサン組。品証の黒部さん達はその上って感じでチームを組みます」

「おいおい、オッサン言うなよ」

「もうオッサンですよ、俺たち」


 午前中に聞いていた通り、若手でチームを組むらしい。松野さんも同じチームだから安心だ。


「明日の朝礼後に一度顔合わせがてら集まります。みんな都合どうですか?」

「俺は大丈夫っす」

「俺も。十時には打ち合わせ行くけど、それまではオッケー」

「私も大丈夫です」

「じゃあ明日、第二棟の丁番ラインに集合でお願いします。俺からの連絡は以上です」


 明日、か。つい最近、品質実践研究が終わったと思ったら次は安全実践研究。改善チームになってからは新しいことばかりで目まぐるしい毎日だ。


「じゃあ昼礼終わろうか。指差呼称しまーす。構えて。安全行動ヨシ! ゼロ災でいこうヨシ!」

「安全行動ヨシ! ゼロ災でいこうヨシ!」


 指差呼称を終えると三人は各々の業務に戻って行った。私も午前中に撮った写真をまとめないと。

 多井田さんに続き事務所に入るとカウンターに誰かお客さんが来ていた。私の席からはよく見えないけど、スーツを着た女の人……。


「藤代さん。三ノ宮さんのみやさんが来てるみたいだよ。せっかくだし、挨拶してきたら?」

「三ノ宮さん……?」


 一瞬、誰のことか分からず野中さんの顔を凝視してしまった。

 三ノ宮さん。何度か頭の中で反芻し、ようやく理解出来た。この前のホームページ関係のことだろうし、私も挨拶してこよう。

 ゆっくりと歩み寄ると、その女の人は視線をこちらに寄越した。


「お久しぶりです。ホームページが完成しましたのでご挨拶に伺いました」

「ご丁寧にありがとうございます」

「おー、藤代さん。ちょうど良いところに」


 楓さんの横には谷崎たにざき課長が立っていた。しまった、かえでさんしか見えていなかった。もしかしてお話中だった……?


「来月の更新に向けて下見に来てもらったんやけど、藤代さん今日の午後空いてる? また工場内を案内したってくれんか?」

「空いてます。私で良ければ」

「助かります。よろしくお願いしますね」


 とんとん拍子に話が進み、また楓さんの案内をすることになってしまった。

 納期が迫っている仕事があるわけじゃないけど、一応野中さんには伝えておいたほうが良いだろう。


「野中さん。すみません、三ノ宮さんの案内を頼まれてしまいました。行ってきても良いですか?」

「おー、良いよ。行っておいで。午前中撮ってくれた写真は俺がまとめとくよ。カメラ貸して?」

「ありがとうございます。お願いします」


 野中さんにカメラを手渡し、再びカウンターへと戻る。

 手元にはメモ帳にカメラ。既に楓さんは準備万端のようだ。


「では行きましょうか」

「はい。お願いします。谷崎さん、帰りにまたこちらに寄らせて頂きますね」


 課長に会釈しつつ、楓さんと私は事務所を後にした。

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