42.
野中さんとの打ち合わせが終わり再びネジセットラインにやって来た。先に来ていた
「ごめん、遅くなって」
「全然。うちの部署も昼礼長い時あるから」
「何を調べてるの?」
「ああ、これ?
「しょうど?」
「この検査台を照らす照明の明るさを測ってるんだよ」
双葉さんが手にしている機械は黒く、ボイスレコーダーのような見た目だった。しかしよく見ると真ん中に白い球体があり、レコーダーとは全く違う機械であることが分かる。
「この白いところに光を当てるの?」
「そうだよー。検査する場所が暗いとキズとかへこみに気づけないことがあるからね。検査台は数値が決まってるんだよね、うちの工場」
惜しい、あと少し数値が高ければ、と機械を睨みつけながらぼやく。
「これ、双葉さんが蛍光灯を取り替えるの?」
「さすがに私じゃ出来ないから
「そうなんだ」
そうだ、さっきの話を双葉さんにも言っておかないと。
「あの、明日なんだけど、午前中が別件が入っちゃって。今日なるべく是正を進めたいんだけど、良いかな?」
「良いよ。
「ごめんね。でも明日の午後は空くから。手伝いに行くから」
「ん、了解。でも別件ってなに? 明日、何か工場内でイベントあったっけ?」
「ホームページ用の写真とコメント取りがあって、その案内を頼まれたよ」
ああ、と思い出したように双葉さんは手を打つ。品証では既に情報が出回っていたみたいだ。
「製造課は藤代さんが案内するんだ。すごいね」
「本当は野中さんが案内するはずだったんだけど、急遽出張が入っちゃって。それで、明日の集合も無しにするから各自是正を進めておいてって言われたよ」
「じゃあ明日は
「そういえば黒部さんはどこに出張なの?」
「大阪らしいよ。品質フォーラムだって。今年は黒部さんが代表して報告するみたい」
「そっか、品質フォーラムか。今年こそ優勝出来るといいね」
「毎日空いた時間に報告練習してたし、きっと大丈夫だよ。今年こそ優勝するって
毎年この時期には品質フォーラムが開催される。
各工場、各会社で資料を持ち寄り、どこが優れているか決定するのだ。
去年、うちの工場の成績は優秀賞止まり。惜しくも最優秀賞を逃してしまったため、今年こそはと工場全体がリベンジに燃えている。
「私たちは私たちに出来ることをやろうか。藤代さんの担当を終わらせよう!」
「うん、お願い」
まずは簡単なものを。私の担当である、指示書のサインが汚くて読めない。この問題点は私たちがどうにかするというより、作業者にお願いする形になる。
私はさっそく近くにいる作業者に話しかけた。
「すみません、少しだけ良いでしょうか?」
「はい?」
「指示書のサインなんですけど、もう少しきれいな字でお願い出来ませんか?」
「あー……。俺、字が下手なんだよ。読めないかな、これ」
読めなくは、ない。でも見る人が見れば読めないと判断されてしまう書き方だった。
「じゃあ、きれいじゃなくて良いので丁寧に書けるように頑張ってみてもらえませんか?」
「えっ、きれいじゃなくて良いのか?」
見かねた双葉さんが間に入る。
「きれいな字って全員書けるわけじゃないし、丁寧に書いてもらえれば大丈夫ですよ。きっと急ぎ書きしちゃって読みにくくなってるだけだから」
「わ、分かった。丁寧に、だな? 頑張ってみるよ」
お願いします、ともう一度頭を下げその場を離れた。
私と双葉さんは文字が読めるように、同じ目的に向かって頼みごとをした。それなのに双葉さんの言い方のほうが作業者に響いていた。私の頼み方は何がいけなかったんだろう。
「ふふ。藤代さんも間違ってなかったよ。きれいな文字で書けば自然とみんな読める文字になるからね」
「……言い方が悪かったのかな?」
「というより、きれいに書くってこと自体に無理があるのかも」
「……そうなの?」
「きれいに書けない人もいるからね。さすがに文字を書く練習をしろ、なんて言えないし。でも丁寧に書くのは誰にでも出来るはずだよ。続け字にせず、雑に書かない。それを気をつければある程度、読める字になると思うよ」
きれいな字と丁寧な字。考えたことも無かった。
確かにきれいに書いてと言われるよりは、丁寧に書いてと言われた方が作業者もやり易いかもしれない。
双葉さんの言葉はストンと、引っ掛かる事なく私の胸に落ちた。
「じゃあ他の人にも頼んでこようか。丁寧に書いてね、って!」
残りの作業者にも同じようにお願いした。中には海外からの研修生もいたが、丁寧の意味を聞いて大きくうなづいてくれた。
言い方ひとつで受け取る側のモチベーションが変わる。人の心は難解だと改めて実感した。
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